手のひらの上で踊る
【モルドレッド】の中を燃え盛る炎。
その勢いは一度最高潮まで強くなる。
そこから先は時間が圧縮されたかのように一瞬の出来事だった。
モルドレッドの口腔が膨れ上がり、そこを起点にして小規模な爆発と見紛う轟音と光が生まれる。
薄暗闇に包まれている坑道内を光の輪のような波動が駆け抜け、【モルドレッド】の新技である”火球”は〈リヴェンサー〉目掛けて放たれてしまった。
その場にいた誰もがこの”火球”の破壊力を知っている。
至近距離で命中すればもはや〈リヴェンサー〉は跡形もなく消え去るだろう。
別段、〈リヴェンサー〉というキャラがロストしたところで、プレイヤーである”月谷芥”への被害は少ない。
彼のキャラは既に〈強化屋〉にて能力が上昇されている。
だが、〈学院会〉のメンバーとは違って、上昇してある能力値は全て〈操作技術の投影〉や〈重力耐性〉等、『スターダスト・オンライン』内で有用なものばかりだった。
キャラロストによって生まれるであろう”V.B.W.”――バーチャルブレインウーンズの消失は、殊〈リヴェンサー〉には影響が少ないといっていい。
けれど、この場にいた誰もが、”キャラロスト”という結末に嫌な予感しかしなかったのだ。
イベント【アポカリプス】の実行にリヴェンサーが必要な〈HAL〉は言わずもがな、他の3人――〈プシ猫〉や〈笹川宗次〉、〈ニアンニャンEU〉らは、痛覚を伴うキャラロストを〈オフィサー〉によって体験せざるをえない状況まで追い込まれたことがある。
それらを鑑みれば到底、内の一人である直情的な性格の〈ニアンニャンEU〉にはこのまま〈リヴェンサー〉がやられるのを見過ごすわけにはいかなかった、
「【オクトパス・サイズ】!!」
彼女は可変式の大鎌をフルに伸張させ投擲した。
投擲された大鎌は火球の射線上に交わる。
やがて互いに接触したところで火球は一瞬で破裂し、大鎌ごと周囲10mほどの空間を抉り取ってしまった。
「……あの”火球”、そうか。
正体はイベント演出用にプログラミングされた熱放射……。
だから本来壊せるはずのない車両やフィールドの地形までも変形させられるんだ。
でも、あんな火の玉の形状じゃなかったはずなのに……。」
一足遅れて現場へ駆けつけた〈HAL〉がそうつぶやく。
頭を振って考察をやめる。今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「〈リヴェンサー〉くん、今は退け! キミの機動力ならその異常な【モルドレッド】からは逃げられるはず!
〈ヴィスカ〉のライフゲージは尽きたわけじゃないんだから、意気消沈するのは今度にして!」
彼女の声を聞いてようやく〈リヴェンサー〉が頭をあげた。
背部ユニットに推進剤の光が灯り始める。
そして〈Ver.ヴァルキリー〉の両翼が広げられたところで、またしても火球がその片翼を抉り切って爆破させた。
「そんな、連射できる……? バカ言わないでよ!
元は壁壊して登場させるイベントにしか使われない技だよ!?
ゲームシナリオで一回しか使われないはずの”熱放射”がそう易々と使われちゃ、ゲームバランスもグラフィックも崩壊するって!!」
〈HAL〉が怒りを剥き出しにして慟哭する。
そんな彼女の憤りに動じることなく【モルドレッド】は更なる一撃を放つために身体を煌めかせ、再び口腔を膨らませた。
口元からは眩い光が漏れだし、今か今かと放出されるのを待っているかのようだった。
けれど、その火球が発射されることはなかった。
「”――いい隠しルートだ。 こんな地下道に気づかれていたら、〈学院会〉はとっくに崩壊していたかもしれないな。”」
二重三重と重なって太くなった混声が坑道内に響き渡った。
重低音が入り混じりながらも、その声は少しもズレることなく〈HAL〉や〈リヴェンサー〉がいる”周囲360度”から聞こえてきた。
まるで頭の中に響いているんじゃないかと錯覚するほど不自然な声音だった。
「”たかがバグモンスターに月谷芥ともあろう天才がやられるなんて、許されるわけがないだろう?”」
発射の前触れはなかった。だが、声がそう告げると同時に甲高いミサイルの飛翔音が其々の聴覚を刺激した。
〈HAL〉が思わずリザルターアーマーの聴覚機能を手で覆うように努める。
しかし今度は、視界が夥しい量の煙に覆われていく。
「ミサイルランチャー系の兵装! 皆伏せて!」
〈HAL〉が叫ぶや否や、白煙が雷雲のごとき稲妻を走らせて爆発する。
その爆心地は【モルドレッド】だった。
耳を塞いでもつんざく轟音はしばらく鳴りやまなかった。
「オーバーキル……だよ……」
〈HAL〉が茫然とそうつぶやく。
ようやく白煙が明けた視界には、いくつかの肉片だけを残した【モルドレッド】の亡骸が乱暴に巻き散っていた。
「!――そこですっ。」
他のプレイヤーの影を発見し、〈プシ猫〉がスナイプする。
横転した車両の裏に隠れていた一人が倒れこむのが見えた。
「”やるね。だけど、仲間を助けた恩人にやることかい?”」
「撃ちぬいたのは脚です。 敵じゃないなら回復させればいい。これはゲームですから。
もっとも、このゲームに私たち以外のプレイヤーは〈学院会〉しかいないでしょうけど。」
「”いい判断だ。けど、それだけじゃ意味がない”」
〈プシ猫〉の足元が撃ちぬかれる。
その場所にはアーマーが破損して動けずにいる〈笹川宗次〉がいた。
プシ猫は心を乱されながらも、弾の軌道を読んで、敵がいるであろう地点へ銃を構えようとした。
だがその前に、次なる銃撃が彼女の後方から浴びせられた。
「敵は複数……?」
「”おっと、動かないほうがいい”」
「――ッ!!」
ビーム系兵装による閃光が彼女を取り囲む形で発射された。
声の主が言うように、もし〈プシ猫〉が派手に回避動作をとれば、大ダメージを負っていたかもわからない。
驚異を感じたのは、発射されたビームの残光を見たあとだ。
まるで六芒星でも描くかのように、中心に〈プシ猫〉をおいた状態で光は薄れていく。
”それもタイミング違わず同時に”。
撃たれる最中、〈プシ猫〉は複数人の影を見つけることができた。
おそらくもっと潜伏しているプレイヤーがいる。
しかし、それではなおのこと不自然に思えて仕方ない。
遠隔操作系の兵装ならこのような同時攻撃も可能かもしれない。
だが、複数人での攻撃ならタイミングというものがある。
どんなにチームワークがよくても、通信技術や合図の出し方に優れていても、わずかながら攻撃のタイミングはズレるものだ。
けれど、さきほどのビーム射撃は〈プシ猫〉が認識できる限り、同時に射撃されていた。
……いつでも殺せる余裕がこちらにはある。
そういうことなのだろう。
〈プシ猫〉は【ゲルリッヒ】の兵装を解くと、その場で両の手を挙げた。
その際に敵へバレぬよう、個人通信の操作もおこなった。
現段階で不可解なことがある以上、〈HAL〉の指示を仰ぐべきだ。
彼女はそう考えていた。
「”大人しくしてくれて助かるよ。 これでようやく本命を撃つことができる”」
「?」
轟音ばかりが鳴り響く中、鏑矢を射る空気が裂ける音が広がる。
トスンッ。
何の悲鳴もないままに〈HAL〉が倒れた。
「”最高だ……。これで最後の憂いも取り除くことができた。
『スターダスト・オンライン』は正真正銘、俺のものになった……”」




