進化
『――【モルドレッド】が【ブルーエンドリニアライン】に出現するなんてありえない。
いくら『スターダスト・オンライン』のクリーチャーが各種生態系に沿った活動をするようプログラミングされているからって、主に”荒野”の月面露出地区を根城にしている【モルドレッド】が真逆の環境下といっていい地下坑道にやってくるわけがないよっ!』
〈HAL〉から通信が入る一方で、他の3人は呼び出しにまったく応じない。
遠目から見て、皆ダメージがあるのかもしれなかった。
ゲーム開発者である〈HAL〉がそう言うのだから、嘘とは思えない。
しかし、〈リヴェンサー〉から前方数百mに見える光景、”彼女”と対峙するクリーチャーは正真正銘【モルドレッド】の姿をしていた。
凶悪な鉤爪や外殻が欠損しているのを見る限り、〈プシ猫〉たちが善戦してくれたようだが、〈リヴェンサー〉はモルドレッドが少女を手にかけようとしているのを見た瞬間、間髪入れずに【Ver.ヴァルキリー】の両翼ユニットをフル稼働させる準備をしていた。
幾枚かの羽を振り撒きながら、それらが発する磁場と相克するユニットの磁場が強力な運動エネルギー―を生み出す。
理屈はリニアレールとそう変わらない。
故に、もっと加速するために〈リヴェンサー〉は【ブルーエンドリニアライン】のインフラ技術を利用した。
今でも使えるか否か、〈HAL〉に問うまでもなく彼はリニアラインの非常時コントロールパネルの電源をONにしていた。
”彼らは再び、兵士を戦線へ送り込むためにリニア用レールを日々点検して回ってるんだ。
ほら、側壁をみてよ――といっても、今は【ジェルラット・ピューパ】のせいでベタベタだけど、荒廃した世界って設定なのに綺麗でしょ?
荒くれもののように見えて、実は職人気質なんだ【ブルーギース】たちは。”
ゲーム内の設定がそうであるなら、戸鐘波留という人物は手抜きせずにリニアラインが動く設定にするはずだ。
〈リヴェンサー〉は確信をもって両翼ユニットを再び起動した。
刹那、重硬度に保たれているはずの両翼が軋んだと思ったときには〈リヴェンサー〉の身体は万力で締め付けられて動かなくなった。
目まぐるしく残像を残しては消えていく風景に、リヴェンサーが呻き声をあげる。
前回のように痛みや苦しみを伴うものではないが、四肢がいうことを聞かないこの状況は、自分が棺桶にでも押し込まれたかのような閉塞感を感じた。
『無茶はダメだ! キミがやられたら【アポカリプス】を実行する人間がいなくなる!』
「〈HAL〉さん! 【モルドレッド】に〈ヴィスカ〉が狙われている!」
『なんだって!? マズいよ! ヴィスカがキャラロストしたら、存在自体が消える可能性もある! 〈リヴェンサー〉くん、ヴィスカをキャラロストさせちゃいけない!』
「――わかっています! 【コーティング・アッシュ】!」
この速度なら、ヴィスカ――”唯花”にモルドレッドが触れる前に叩ききることができる!
推進剤を逆噴射させながら、〈リヴェンサー〉は大剣を構える。
わずかにスピードが抑えられた一瞬の間に【モルドレッド】へと狙いを定めて剣を振るおうとした。
だが、ヴィスカはあえて大剣の斬撃が命中するよう、モルドレッドを庇った。
圧倒的スピードの世界。
誰もが反応できないとふんでいた〈リヴェンサー〉は、あまりにも自然に反応してみせたヴィスカの行動に対応できなかった。
またしても頭をよぎるのは、柊木匠に襲われた際に動けずにいた自分のことだ。
「あぁ……あぁああぁぁああぁああぁ!!!」
〈リヴェンサー〉が悲鳴に近い叫び声をあげた。振り下げた剣はもう止めることができない。
だが、その現実を彼は拒みつづけた。
そのおかげか、あるいはヴィスカの超反応による賜物か。剣が彼女に接触するタイミングをずらすことができた。
大剣【コーティング・アッシュ】に力が乗り切る前にヴィスカは斬られた。
だが手ごたえは浅い。
迷った剣筋が斬撃を波打たせたために深く斬り込むことは避けられたのだ。
「唯花……」
それでも〈リヴェンサー〉が彼女を傷つけたという事実は変えようがない。
車両の壁面へと叩きつけられた〈ヴィスカ〉を眺め、リヴェンサーは膝から崩れ落ちた。
心の動揺を隠しきれずにいた〈リヴェンサー〉のわずか前方には、手負いの【モルドレッド】が一体、幽鬼のようにユラリと立ち上がる姿があった。
傷口から液体がにじみ出て膿ができあがり、それがやっと肉体をつなぎとめているという有様の巨躯だ。
けれど、その身体の右脇付近には光がともっている。
皮膚を透過して見える炎のような煌めきが徐々に激しさを増していく。
ゲーム素人の目から見ても、それが何か嫌なことの前触れであることはわかった。
そして【モルドレッド】の敵意はリヴェンサーへ向けられていることも。
モルドレッドの身体に何発かの弾丸が命中した。
「ナナちゃん、撃って! わたしの持ってる武器だとあいつにくらわない!」
〈ニアンニャンEU〉による【ブルパップ式PDW】の乱射が何発か命中したが、【モルドレッド】はまだ動いている。
「う、うん!」
続けざまに〈プシ猫〉の【アンチハードスキンライフル・ゲルリッヒ】が放たれる。
モルドレッドのような硬皮をを持つクリーチャーに有効な大口径弾薬が巨躯の腕を吹き飛ばした。
しかし、【モルドレッド】は怯むことなく銃撃を受けた方へと向くと、口腔を一瞬だけ膨らませたあと”顔面を爆発させた”。
……そう〈プシ猫〉が勘違いしたところで彼女の足が何者かによって掬われる。
地面へと倒れこむ彼女の目の前にいたのはボロボロになった〈笹川宗次〉だった。
彼はプシ猫の頭上を眺めている。
「火球だ……初めてボス戦してる感じがあるけど……この威力は破格すぎやしねえか?」
〈プシ猫〉も笹川宗次と同じように自身の頭上を見上げた。
そこにはアイスをスプーンですくい取ったかのような大きな窪みが壁面に刻まれていた。
ただ、火球と称するにはあまりにも……その窪みは鋭利に掬いとられすぎていた。
まるでパソコン操作でオブジェクトが切り取られたように、綺麗になくなっていた。
焦げ目や残り火すら見当たらない。
跡形もなく消去された……?
ゾッとする。もしこれがプレイヤーに使われでもしたら、どうなってしまうのか。
「会長! 逃げ――!」
笹川の必死な忠告はリヴェンサーに届かず、彼は依然として立ち尽くしたままだった。
やがて、モルドレッドの身体には再び炎が灯り始めた。




