響け!ソプラノボイス!
☆
「おおぃ! そこに誰かいるんだろ! 助けてくれぇ!!
クリーチャーに襲われてんだぁぁぁあぁぁぁ!!」
『こわいよぉ!お父さぁぁあん!!』
すぐさまヘッドセットを口元から外して喉元と肺袋に空気を溜め込む。
「Gyaaaaaaaaaaxaaaaaaxaaxaxaaaaaa!!!!」
今思えば、これが意図的に吼えた初めての咆哮だった。
大音量によって震えた大気が防護されたガラスへと伝わり亀裂を走らせる。
自分から出た声なのに、反響した迫力にビビッて身体がすくみあがるのを感じた。
「お父さんって、……こんなガキがいてたまるか。
にしても意外にノリノリじゃねえか。」
『やると決めたなら一所懸命にやらせてもらうよ。
こっちだってプレイヤーには煮え湯を飲まされてるんだ。
この際、見せしめに一人くらいキャラロストさせる勢いでやってやる!』
「おぉ、その意気やよし! だんだんとオマエさんが気に入ってきたよ。
だが、さっきの咆哮は【モルドレッド】にしては腑抜けてる感じがあるな。
もっともっと、地上から力を蓄えるようにやってみな。」
『む、さっきのは会心の叫びだったでしょ? 聞いたプレイヤーはきっと震え上がっているさ』
「”野良”モルドレッドが生意気言うな。
俺ぁ、チュートリアル出身のボスモルドレッドさんに話を聞いたことがあるんだよ。
彼から言わせれば、オマエさんなんてカスだ!」
……なぜ僕は人間NPCにこうも悪く言われなければならないのだろうかっ。
壁に投げつけるより、いっそぶん殴って、プレイヤーたちに血だらけのこいつを投げつけてやるのも一興じゃなかろうか?
そっちのほうがモンスターパニック映画っぽいし、プレイヤーを動揺させられるならこの中年NPC――リンドー・ミストレイも本望だろう。
外見は性格を模るというし、自分の生まれたモルドレッドという凶悪な”外見”には逆らえない。
――よし、殺そ
「おいおい! なにボーっとしてるんだ。 早く俺を壁に叩きつけろって言ってんだよ!
もうプレイヤーが入口前に陣取ってる!
あっちのトビラはオマエさんが入ってきた《Unbreakable object》の方とは違って普通に壊されちまうんだよ!」
リンドーは小声でそう怒鳴ってくる。
《Unbreakable object》っていうのは、僕が熱光線で壊したトビラのことか。
『いやでも、足音はまだ遠かったし、走りでもスラスター移動でもまだ余裕があ――る?
!!!!』
青天の霹靂とはかくあるべき、そう騒がしく主張するかのような重低音の銃声が聞こえてきた。
僕の爪では数センチの穴すら開けられなかった貨物車両のトビラが容易くハチの巣状に穴をあけていく。
『こいつらあんたを助ける気ないぞ!!』
慌てて二人で匍匐し、貫通しているのかいないのか分からない銃撃に曝されないよう努めた。
「熱光線吐いたオマエさんが言えることじゃねえけどな!
いいから早く、俺の胸倉をつかめ!
銃声が止んでハチの巣になったトビラがドミノみたいに倒れる瞬間がベストだ!」
『いやいやいや、無理だって! この銃弾の雨で顔あげたら即ヘッドショットでしょ!
今だって若干背中のトサカ部分に当たってるし!』
「当たってんなら大丈夫ってわかんだろが!」
『頭なら即死かもしれないだろ! このアホ中年が!』
「いいやがったなぁ~? さっきのは前言撤回だ! オマエさん、一所懸命にやると宣言しておいてこのザマかっ!?」
リンドーは僕の首を強引につかむと、リザルターアーマーによる腕力で無理やり持ち上げる。
といっても体格差で僕が彼の腕に乗っかってるような形になってしまっている。
『立場逆転してるじゃないか! おい離せって! もう銃声も止んで……る』
ガスンッ。
頭に血が上ったリンドーを宥めている間に、彼の言ったとおり、ハチの巣に成り果てたトビラがドミノ倒しの札みたいに倒れた。
だけども、車両の外からこちらを覗く3人のプレイヤーが見ていたのは、中年太りの男が体格差3倍近くはある怪物の首を絞めている場面だった。
カラン、と間の抜けた金属の反響音だけが坑道内に一度だけ響いた。
……なるほど。僕の予測より早く接近できたのは、プレイヤーが僕の知らない新型アーマーを装備していたから、か。
我に返って状況に気づいたリンドーが、絶望的な表情で僕にだけ聞こえる声で言った。
「ほ、ほえろ。 吼えるんだ、今すぐ。 そして俺を八つ裂きにしろ、できるだろ?」
『え、あ、りょ、了解っ』
彼の尋常ならざる表情に気圧され、僕は叫ぶために深く息を吸い込む。
えっと、地上から力を蓄えるようにして……。
なんだか前にワイドショーで見た腹痩せに効く発声方法みたいだと思った。
「あぁ、おいバカっ、ヘッドセットを外せ!」
――あ。
リンドーに言われて気づくが、時既に遅し。
『すぅっ……きゃぁああぁぁぁああああぁああああああぁあ!!!!』
うわ、めっちゃ透き通ったソプラノ悲鳴出た。




