――私が、運営です!
☆
「【ブルーエンドリニアライン】……着いちゃった。」
時間が刻一刻と迫る中、ヴィスカは波留と落ち合う約束をした【ブルーエンドリニアライン】の最奥に存在するターミナル駅へとたどり着いていた。
まだ波留たちの姿はみえない。
途中で「ちょっとクエストで遊ぶから遅れるねっ」と楽し気な声音で連絡が入ったのだから、まだ来なくて当然だ。
ある意味、好都合だった。
考える時間ができたということだ。……答えが出せるとは思えなかったけど。
既に廃棄されたプラットホームの一角。
原理はわからない宙を浮かぶベンチへと身体を預け、彼女は胎児のように身体を丸めていた。
そのすぐ横を悪漢じみた屈強な男たちが横切っていく。
しかし、ヴィスカに反応する者はおらず、彼らの持っている銃火器の銃口は天井へ向けられたままだった。
「ここにいるよ」
アーマーを半解除状態にしておけば、人型クリーチャー【ブルーギース】の集団に認識はされない。
彼女はプレイヤーでも、NPCでも、クリーチャーでもない。
プレイヤーとしてではなく、『スターダスト・オンライン』に繋がれたM.N.C内.の”染み”がそのまま移り込んでしまったような存在だ。
そんな存在に、願いをもつ資格なんてあるのだろうか。
普段は自分から望んで”見えない存在”なることなんて滅多になかった。
それは自分を存在しない者だと認めることと同義だ。
認めてしまっては、底知れない虚脱感に襲われてしまう。
でも、今はそうではない。ゆっくりと考える時間が欲しいと思った。
……少なくとも、こんな顔を〈イチモツしゃぶしゃぶ〉に見せるわけにはいかなかったのだ。
ヴィスカが今でも迷っていると分かれば、彼まで何を為すべきか見失ってしまう。
「私を消えない理由にしないでください……。」
――ブーメランだ。
言葉のブーメランが後頭部にしっかりと刺さり込んでいる気がした。
ヴィスカの本来の目的は、プレイヤー名〈ロク〉の残滓ともいうべき〈イチモツしゃぶしゃぶ〉から恨まれ、罵詈雑言でも恨み言でも呪怨でも受け止めて、ともに消えることができればいいと思っていた。
そうすることで、少なくとも〈ロク〉や〈HAL〉に刻まれてしまった『スターダスト・オンライン』の傷跡は薄れる。
〈ロク〉から抜き取ったのは、痛覚ショックだけではない。
痛覚の記憶を想起させるかもしれない〈名無し〉〈ヴィスカ〉〈月谷唯花〉に関するものも全部【モルドレッド】に移させてもらった。
あとは『スターダスト・オンライン』ごと私たちを綺麗さっぱり消去してもらえれば、辛い記憶もその記憶に繋がるであろう私たちもなくなって、全部がなかったことになる。
戸鐘波留――〈HAL〉さんは今日にも私の保護を目的としたデータ移送の準備を行うはずだ。
でもそんな過程を踏まずとも、迅速に私の神経系情報をM.N.C.から消去してもらっても構わなかったのだ。
それに、データとして保護されたあと、”私”がどうなってしまうのか誰もわからない。
暗闇でずっと閉じ込められて独りになるのは嫌だ。
「――結局自分のことしか考えてないや。」
なのに、理不尽に【モルドレッド】というクリーチャーに移し替えられたにも関わらず、〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は他ならぬヴィスカ自身のために、『スターダスト・オンライン』を理想の世界にしようと頑張っている。
……嬉しくないわけがない。
「『キミのおかげでこのゲームが好きになれた』だって。」
何度か反芻した言葉を抱き枕の代わりにするかのように囁いて、ヴィスカは弱々しく微笑みを携える。
〈イチモツしゃぶしゃぶ〉はサイロの底で彼女にそう言ってくれた。
その一言のおかげでヴィスカは救われた気持ちになった。
あの一言のせいでヴィスカの決意は揺らいでしまっていた。
彼女は『スターダスト・オンライン』を愛したかった。
全てが裏目に出てしまい、自分はやはりこの世界では不純物なのだと自認する一方だった。けれど、〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は違った。
私が彼を楽しませた。
もっと『スターダスト・オンライン』を楽しませてあげたい。
「――あれ? これって答えだよね………」
バカバカしいほど幾度もの自問自答を繰り返したあと、ヴィスカの絡まった思考の網は絡まりすぎて一つの縄のようになってしまっていた。
紡がれたのはあまりにも単純な回答だ。
というか、紆余曲折しすぎて360度回転したらしい。
自分の意思を確認するためにヴィスカは呟く。
「『スターダスト・オンライン』は楽しいから消えてほしくないです。
まだ遊びたいから私も消えたくないです。」
まるで小学生並みの語彙力……。
でも願いはこれだけじゃない。
付け加えるなら……なんだろう。
えーっと……たしかこう、端的に表せられる言葉があったはず。
そうだ。
「もっとマナーを守って楽しくプレイしてほしいですっ」
当たり障りもない標語のような一言が口をついて出てしまっていた。
でもずっと気になっていたことだ。
「運営がいないからといって、街中でプレイヤーキルが横行するのは間違ってますっ
本名ばかりのキャラクターネームが跋扈するのも、本名を探ろうとする行為もネットリテラシーに反しますっ
相手を不快にする言動をするのは、もってのほかですし、他人のプレイスタイルを制限するような行為にはペナルティを設けるべきですっ」
そういえば一度、イチモツさんにも”街中でのプレイヤーキルは禁止されてないから問題ない”と言われたことがあった。
けど、そんなわけない!
どうして今までこの考えに至らなかったのだろう?
ヴィスカが首を傾げる。
『スターダストオンライン』のために働きたいなら、真っ先にこれらを守らせる抑止力となる必要があったのだ。
そして抑止力となるための能力がヴィスカにはある。
ヴィスカはリザルターアーマー【スレイブニーラビット】を半解除状態から復帰させる。
空圧が抜かれ、肉体とウサギ型アーマーが密着する。
それと同時に辺りをさ迷っていた【ブルーギース】の傭兵たちが一斉に〈ヴィスカ〉をプレイヤーとして認識した。
ターミナル駅のプラットホームはいわば、ダンジョンでいうところの最終局面。
【ブルーギース】らが所持する武装はミニガトリングもあれば、4連装填されたロケットランチャーまで存在する。
張られる弾幕はプレイヤーの接近を拒むのに十分すぎる火力だった。
だが、跳び上がる白銀のウサギに彼らの偏差撃ちが追いつかない。
推進剤のペールブルーを追うようにして、無数の弾丸がヴィスカの後ろへ逸れていく。
放たれたロケット弾の爆風もヴィスカにとっては敵へと迫るための追い風に早変わりする。
そしてヴィスカが【ブルーギース】たちの弾幕を破った数秒後には、プラットホームはすっかり静かになった。
「……っ。 もっと、もっと早く迅速に無力化しないと……。」
ヴィスカが再度、別エリアの【ブルーギース】たちを相手に自身を訓練しようとしたところで〈HAL〉から連絡が入った。
『ヴィスカ?
ちょっと予想外のことが起きちゃったんだ。
――なぜか【ブルーエンドリニアライン】内に”【モルドレッド】”が出現しちゃって、近くまで来てるなら、ちょっと助けてもらえる??』
ヴィスカは思わず悲鳴をあげてしまいそうになった。




