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雑魚系ボスクリーチャーLV.3

              

                ☆



「『ぶぇく!』gyruuuu……!!」



 くしゃみが出た、のだと思う。

 到底そうとは思えない唸り声が僕自身の中から響き渡り、我ながら背筋が固まる。


 同時に喉元に感じる熱い感触で吐き気を催す。

 思わずよぎるのは、夕食後にたらふく食べてすぐ寝たときに感じる胃液の感触だ。



「『もしかして逆流性食道炎!?』Fuuuuuuuuggggaz!!」



 ヘッドセットから声が漏れてしまい、クリーチャーとしての雄叫びも聞こえてくる。

 同時通訳の副音声機能のような混声で、僕は一人狼狽えていた。


 いや、冷静になろう。普通に考えてクリーチャーが生活習慣病じみたものにかかるわけないじゃんか。


 と心の中で突っ込みをいれた直後、こちらの努力を嘲笑うかのごとく、急激に喉元を伝って熱光線が発射された。


 赤と白を混ぜ合わせた光の渦が、前傾姿勢によって放たれたことで干からびた大地を塵芥に変えていく。

 


 な、なんじゃこりゃああぁあぁああ!?

 くしゃみしたかと思ったら熱光線出てるじゃないですか、ヤダー!



 確かに新たな攻撃方法がないもんかと思案していたけども、こんな形で急激に取得する流れは求めていない!

 制御の仕方がわからない。

 普通のプレイヤーに比べれば巨躯である【モルドレッド】の重量であっても、口から吐かれているこの光線の反動は強烈だった。


 ――気を抜けば首が持ってかれる!


 これ下手に首の力緩めたら絶対に「ぐぎっ」と逝くパターンだ。


 特撮の巨大怪獣さんたちは、この熱光線をしっかり制御しているわけだ、まったく頭が下がる。

 って言ってる場合じゃない。

 ともかく、放射が終わるまで首筋の力は緩めないようにせねば!!



 ありえないほどのエネルギー質量が地面の一部をピンポイントに貫く。

 足元に転がっていたブロック塀の欠片や、鉄骨片、車輪のようなものまで、ことごとくを燃やし尽くして消し炭に変えていく。



 枯れた大地は抉られていき、地平線に歪みを生じさせるほどのクレーターじみた窪みが生まれ始める。


 そんな威力を間近で受け止める僕の身体が無事か否か、そりゃあ当然のごとく、黒のタールじみた不気味な皮膚がブクブクと泡立ち始めている。


 

 8割方、首や背骨が折れるかもしれないが口を頭上へ向けるか、あるいは身体が溶ける心配をしながら熱光線が止むのを待つか。


 もはや絶望の二択が迫られたところで、ようやく熱光線が弱まり始めた。

 すかさず口を閉じて、無我夢中で咥内を駆け巡る何かを、飲み込んだ。



『吐く時間が長すぎて呼吸できなくなる時っぽい……』



 たかがくしゃみごときで、ここまで大事になる自分が情けない。

 〈北見灯子〉と〈水戸亜夢〉の素人二人に負けてしまったことも、だ。


 強兵装の【ビームソード】を持っていたにしろ、後れをとってしまい逃げ遂せた事実は変わらない。

 これでは〈学院会〉を追い出して”ヴィスカ”とこの世界を奪い取るなんて、到底無理なように思えた。


 尻尾をクッション代わりにして、うつ伏せに倒れ込む。

 それなりにクリーチャーの身体には慣れてきたと思った矢先にこれだ。



『さっきのくしゃみは誰かが僕を雑魚だと嘲笑でもしたせいかもしれないなぁ』



 ……まさか【モルドレッド】に”中の人”がいるなんて思わないだろうけど。

 


『やっぱり、こっちも兵装がほしい。 ビームソードを爪で受け止めるなんて一か八かの戦い方は現実的じゃないんだ。』



 もしあの時、〈北見灯子〉が遠距離用兵装を使用していたなら、スラスターもバーニアもない【モルドレッド】では攪乱されて一方的にやられた可能性が高い。

 現に、〈水戸亜夢〉による遠距離狙撃には、まったく対応できないまま一撃を喰らってしまったわけだし。


 ……じゃあ、さっきの”熱光線”を使ってみるのはどうだろう?

 あの熱量なら迂闊にプレイヤーも近づけないし射程も十分ある。


 放出の制御さえできれば……。



『課題がふえるなぁ。』



 今更ながら改めて思うのは【モルドレッド】は強力な兵装の前ではやはり”雑魚”ってことだ。

 チュートリアルで戦ったときは【10mm徹甲マシンガン】を使ってダメージを与える選択肢はなかった。

 だけど、威力のある武器ではダメージは通るし、それなりの機動力はあっても、装備が整ったプレイヤーには多分追い付けない。


 自分が苦戦を強いられた相手が突如雑魚扱いを受けるって、まるでバトル漫画みたいな展開だ。



『兵装がほしい。欲を言えばアーマーがほしい。 

 ……クリーチャー用のリザルターアーマーなんてないのだろうけど』



 爛れた黒タールの皮膚はタールがビームソードや熱光線の影響で表皮が剥がれ、真っ白な新しい皮膚が露わになっていた。

 描写が細部までよくいきわたっている。


 ……【モルドレッド】ってどうしてこんな黒い脂ぎった皮膚になるのだろう?


 ふと疑問に思い、身体を凝視しようと頭を俯かせると、とある異変に気付いた。



『なんだ、あれ。』



 熱光線によってできた小規模なクレーター。 その中心部の深い場所に小さな穴ができていた。

 近寄ってみるとそれは、窪みへと流れる流砂を拒むようにして人一人が入れそうな空間を空けていた。



『地下世界に通じているのか……? 変だな、穴に土が流れていかない。』



 まるで”ここから先は別のエリア”と言わんばかりに、開いた穴は土埃を拒んでいた。


 ゲーム内のバグか何かだろうか?


 穴へと手を伸ばす。

 人一人が入ることはできても【モルドレッド】では右腕一つしか入らない。

 無理やり土を崩して右腕を突っ込むと、穴の向こうは空洞になっているのがわかった。

 オマケに穴の向こうは湿気が多いようで、【モルドレッド】の爛れた肌が喜んでいるのを漠然と感じることができた。



『……行ってみたい、けど、一度ヴィスカに知らせておきたいかもな』



 しかし。

 穴から腕を抜こうとした瞬間、足場の土が崩れた。

 地下世界へ続く穴は見る見るうちに広がり、【モルドレッド】の巨躯すら飲み込むほどの大穴に早変わりする。



『っあぁあぁああああああああ!!』



 僕は地上にいたはずなのに、更に地下へと落ち込んだ。


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