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唯我の王


 映画のワンシーンを真似て、僕は両腕をあげて無抵抗を示す。

 けれども、【10mm徹甲マシンガン】の大口径弾はこちらの腹部を抉った。

 けたたましい機関銃の重奏があたりに響き渡り、マズルフラッシュがいくつも光をまき散らして視界が眩む。


”《プレイヤー名〈田中伊沙子〉から攻撃を受けました》

 《プレイヤー名〈西野晃〉から攻撃を受けました》

 《プレイヤー名〈ごとうごとう〉から攻撃を受けました》

 《プレイヤー名〈ジョルノ岡本〉から攻撃を》

 《プレイヤー名〈いしぐ〉》…。”



 他プレイヤーとの敵対を示す赤いフォントのHUDが表示され、画面は一面に広がっていく。

 だがしかし、あの銃口から放たれる全ての弾丸がこちらに命中しているのであれば、今頃僕はキャラロストしている。

 なのにライフゲージの減りは、マシンガンのけたたましい銃声に比べると非常に緩慢に思えた。

 しかも弾が命中した部位はいずれも致命傷にはならない箇所である。

 それでもこちらが少しでも反撃に転じようと、身体を動かすと弾道は身体側へと逸れてダメージが増加するのだ。

 

 そのせいで僕は指一本動かすことが躊躇われる状況に陥っていた。


 せめて【試作限定解除型ビームソート】さえ手に入れれば、一気に状況は打開できるのに。

 無理にアーマー操作して兵装を呼び出せば、弾丸の軌道が逸れてこちらのライフゲージを大きく削られてしまう。

 自分のキャラならまだいいが、〈北見灯子〉のそれであるという事実が、僕の決断を鈍らせていた。

 この状態で彼女が無事なのかどうか定かではないが…… 今朝方、柊木匠の醜態を見てしまったせいで強引な突破がためらわれる。

 


 学院会のプレイヤーたちは無抵抗な〈北見灯子〉を攻撃したせいで、バンディット化していく。



「……?」



 だが突如として〈学院会〉の面々が一斉に引き金から指を外した。

 軍隊演習のそれでも見ているかのように、まったく同じタイミングで銃声が止む。

 残されたのは不気味な静寂と発砲によってまき散らされた硝煙ばかりだ。



「「「「楽しんでもらえたかな? このデモンストレーションは。」」」」

 


 ……ッ。


 男女混合、低音も高音ものべつ幕無しにまったく同じ言葉を吐くプレイヤーたち。

 声は幾重にも厚みを帯びて、巨人が喋っているかのような響きを持っている。


 初めに感じたのは嫌悪感だ。



「尊敬に値する〈ロク〉、オレの射撃もお手の物になっただろ?

 あの時は君にばかり頼って【エルド・アーサー】と戦わせてすまなかったね」



 〈水戸亜夢〉が喋る。

 だが言動は猫を被ったいつもの彼女のものではなかった。

 

 こちらの訝る視線に気づいた彼女は、突如表情を”無”にした。



「ごめんごめん。 混乱させるのはまずいよな。

 しっかりと〈古崎徹〉を演じなきゃいけない時もあるんだって、わかっているんだけどね。」



 今度は彼方で声があがった。

 学院会の面々は声がした箇所から一糸乱れぬ動きで退き、芸能人の凱旋がごとく道をあける。



「鈍臭い輩には辟易することばかりでさ、たまにはいじめたくもなる。」



 開いた道を歩くのは正真正銘、〈古崎徹〉のプレイヤーキャラだった。

 彼は呼び出した【ビームソード】の兵装を地面へかざした。

 

 古崎徹がしたのはそれだけなのに、一人のプレイヤーが地面へと額をこすりつけるようにして【ビームソード】の出力範囲内へと入ってくる。


 今彼がソードのエネルギー出力を有効にすれば、間違いなくそのプレイヤーの頭は熔解されてしまうだろう。



「〈トール〉、オマエが彼らを操っているのか?」



「操ってる? そんなレベルの話じゃないよ、これはさ。

 ――ヨッと」



 【ビームソード】の放出器から閃光が伸びた。

 その光刃は、依然として地面に額をこすりつけるプレイヤーの首皮をアーマーごと熔かしている。



「瀬川遊丹が目覚めたんだってね。

 じゃあ彼女や月谷芥から聞いてるかな、マスナーブ・コンバータのことも、【チャフ・グレムビー】のことも。」



 されるがままに熔かされていくプレイヤーに、古崎徹は微笑みを浮かべていた。

 その姿は校庭の蟻をいじめる小学生じみている。



「学院会の連中がこぞって様子が変なのは【チャフ・グレムビー】のバッドステータスを植え付けられたから。

 そのバッドステータスは、グレムビーの毒針に刺されたものをクリーチャー化させるというもの。

 種明かしさえできれば、オフィサーやオマエのやり方なんて浅はかだ。」



「その通り。”昨日の時点では”それが答えだった。

 浅い考えだったことも認めるよ。

 けど今は違うんだ。 【チャフ・グレムビー】は所詮、クリーチャー化させるってだけのゲーム内の枠組みに納まった”システム”にすぎない。」



「でも今回はより画期的な方法だ。

 だって、”クリーチャー”の粗末な神経系情報じゃなくて、〈古崎徹〉自身の神経系情報を撃ち込めるんだからね!」


 

 今まさに首を焼き落とされそうになっているプレイヤーが、ちぎれそうなほどに関節をねじって僕のほうを向き、古崎徹の言葉を引き継いだ。



「ッこの!」



 奇怪すぎる光景に圧倒されるのが怖くなり、僕は思わず【ビームソード】を呼び寄せて〈古崎徹〉へと刃を振るった。


 古崎はプレイヤーへビームソードを離すと、こちらの攻撃へ応戦する形で剣を掲げた。

 ビームの放出が互いにぶつかりあうことで共に拒絶しあい、稲妻と激しいラップ音を起こしてソードの柄が弾かれる。


 ――それでも、こっちのほうが早い!


 乱れた体勢は姿勢制御バーニアを一定方向へ集中的に推進させることで立て直し、勢いそのままに〈古崎徹〉へと光の刃を突き立てる。


 奴のリザルターアーマーは他の学院会メンバーと同じように初期のままだ。

 リヴェンサーやオフィサーのような次世代モデルではないのだから、ビームソードの一撃を耐えられるわけもない。

 


 ビームソードの刃は突き立てられるや否や、〈古崎徹〉の鳩尾あたりを一瞬にして熔解させ、向こうの景色が見えるほどの風穴をあけた。



「――ムカつくくらい鮮やかな操作技術だな、ホント」



 【試作限定解除型ビームソード】は瞬く間に古崎のライフゲージを削り切ってみせた。


 だからといって、全てが終わるわけでもないことを僕は理解していた。


 ……。


 四方八方を囲まれているせいで、誰が放ったのかは分からなかったが、僕の胸には銛のような弾丸がいつの間にか刺しこまれていた。

 


「〈ロク〉と戸鐘波留、キミたち二人のおかげでおれはようやく”王様”になれるんだ。

 〈北見灯子〉の中でキッチリ見ていてくれよ。」



 誰の声かもわからなかったが、中身は〈トール〉なのだろう。


 そうか。

 こいつは姉さんが僕にそうしたように、自分自身の神経系情報を複製したのか。 

 【チャフ・グレムビー】の特殊能力を改造して、”クリーチャー化”ではなく〈古崎徹〉に上書きされるように書き換えた……!!


 ――狂ってる。


 そう糾弾しようにも、ゲームの中なのに僕の意識は遠のいていった。


 



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