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9話

 人数差は問題ではない。

 彼我の力の差はこの程度では埋まらない。


 背に弱者をかばうのも初めてではない。

 むしろ、足手まといを常に引き連れて戦いを続けていた。


 老いは。

 ……老い、衰えた肉体は問題だが、それ以上に精神が問題だ。


 心に熱が宿らない。

 ずっと昔に切れてしまった緊張の糸は未だ戻らず、守るべき者を守りきれなかった。


 一つずつでもいい。

 思い出せ。

 戦うというのは、守るというのは、どういうことだったかを。



 ――抜剣(ばっけん)



 黒いマントで体を覆ったのみの、帯剣もなく鎧をまとうこともしていない老人の手に、突如として槍が出現する。

 手品のような不可思議な光景。


 初見の者は突如出現した武器におどろき、一瞬動きを止めることが多い。

 しかしアナマリアの家畜どもに、そういった人らしい情緒は望めないようだった。


 槍にかまわず、突っこんでくる。



「……めんどくせぇ」



 ――聖剣は心の力を具現化するシステム。

 その形状は自在に変えることができる。


 刃物におびえることのない相手だとわかったので武装を変更。

 真っ白い一本の杭のようだった槍から穂先が失われ、ただの棒と化す。

 棒となった武器で迫り来る家畜どもを突き、叩き、倒す。


 加減はした。

 それでも骨折ぐらいはまぬがれない攻撃だ。


 そもそも、捉えることのできない速度で突かれ、吹き飛ばされれば、だいたいの者が混乱をきたし、おびえる。

 だが、殴られても、家畜どもが正気を取り戻す気配がない。


 毒と呪い。

 彼らを『人』に戻すの並大抵のことではないのだろう。


 ……そして。

 ともすれば、彼らを家畜にした毒は――

 すでにレベッカを侵しているかも、しれない。



「……一応聞くが、解毒薬を渡す気は?」



 家畜どもを棒で打ち払いながらたずねる。

 アナマリアは家畜の向こうで笑い、



「もちろん、あるわ。わたくしの家畜(ペット)には元気でいてほしいもの」

「そうかい」



 つまるところ、『捕獲するまで解毒薬を飲ませる気はない』ということで――

 解毒薬自体は存在する、という意味でもある。

 なおかつ――少し希望的観測が混じるかもしれないが――今、レベッカを昏倒させた毒と、男どもを家畜するのに用いた毒とは、違うものであるという意味も受け取れた。


 そして、家畜化毒と、今レベッカが昏倒する原因となった毒が違うという考えを発展させると――

 レベッカが受けた毒は、致死性のものである可能性も生じる。


 ……だんだんと戻ってきている。

 弛緩した精神は戦いの中でようやく、マシになってきた。

 けれど、それで状況が好転するわけでもない。



「急ぐ必要があるか。……クソ」



 昔ならば。

 こんなことは考えたくはないけれど、かつての若かりしころであれば、レベッカが倒れる前に手を打っていただろう。


 経口での接種。

 武器などに塗られた毒を、傷から接種する。

 毒と聞いて、その二つの可能性以外を警戒していなかった。


 聖鎧に守られるだけだった日々が、自分をあらゆる脅威へ鈍感にしてしまっている。

 万能の防御。あらゆる毒、痛み、呪いをはね除ける神様からの授かり物――聖鎧。

 

 かつて、聖剣と聖鎧を授かったころ、『武装に使われる』ことだけはないよう気を付けていた。

 今は完全に武装に甘え、武装に使われてしまっている。


 もし自分に聖鎧の加護がなければ?

 ……そう考えながら行動することを、いつのまにかやめてしまっていた。


 ――思い出せ。

 敵はいつだって、想像を超えてきた。


 警戒が足りたことはない。

 まして、子供を守るつもりなら、もっとありえないと思える可能性にまで想像を巡らせるべきだった。


 保護すると言ったのに。

 そして、保護できるつもりでいたのに。


 取りこぼす。

 また――取りこぼすのか。



「少し痛いぞ」



 倒れても吹き飛ばされても向かってくる家畜ども。

 これを、相手の体を気遣いながら撃退するのは、時間がかかるものと判断した。


 ルシアンの手の中で、棒が形状を変えていく。

 先端部分が大きくふくらみ――棒だったものは、純白に輝く大きなハンマーへと変化した。


 地面に、思い切り叩きつける。


 柔らかな黒土が地中から爆破されたかのように吹き上がり、同時に、迫り来る家畜どもがまとめて吹き飛ばされた。

 骨折相当の打撃を与えても立ち上がってきた家畜どもは、今の一撃で動かなくなる。



麻痺(・・)だ。……さて、アナマリアよ。テメェの手駒は一掃しちまったが、まだ抵抗するか?」

「……」



 アナマリアがほほえみ、首を傾ける。

 その耳の穴から、なにかが、ドロリとこぼれ落ちる。


 紫色の粘液。

 それは見る間に結晶化していき――


 毒々しくも美しい、剣となった。



「そうかい。徹底抗戦かよ。……めんどくせぇ」

「面倒なら、あなたこそ、やめたらどう? ……幸せにしてあげるわ。あなたも、その子も、わたくしの家畜として、不幸なんか感じないようにしてあげる。わたくしは、『あいつら』よりも上手にあなたたちを蕩けさせられるもの」

「『あいつら』ってのは――いや、いい。興味がねぇことだ」



 ハンマーを剣に変化させ、一瞬で距離を詰めた。


 アナマリアはまったく対応できていない。


 近接戦闘能力に優れているわけでもなければ、好戦的なポーズをとって罠に誘導しようという魂胆でもないらしい。

 剣を持ったのは、ただの、玉砕覚悟の徹底抗戦。


 なぜ、そんなマネをするのか?


 ……気にすることではないはずだった。

 いちいち『敵』の事情まで斟酌(しんしゃく)する意味なんか、まったくない、はずだった。


 だというのにルシアンは、かつても今も、敵の事情を、味方の想いを、無意識のうちに知ろうとしてしまう。


 それは『優しさ』という名の欠陥だ。

 そして呪いの武具(せいけん)は、ルシアンの欠陥に寄生している。


 勇気と優しさ。


 ……どれほど時が経とうと、どれほど無頼を気取ろうと、どれほど他者への興味を抑え込もうと顔をのぞかせる、生来の性向。

 それが今、また、顔をのぞかせて。



オイ(・・)やめろ(・・・)



 アナマリアの動きを封じるため、首筋に当てた、剣の腹。

 彼女の体に触れたそこから、聖剣がいらないモノを読み取る。


 ……かつて、戦いの中で何度も何度も味わった感覚が、また襲い来る。


 他人の過去。

 ざらついた感触をもって聖剣から流れ込むのは、知る必要のまったくない、他者の『戦う理由』そのものだった。

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