7話
「アナマリアさんに会いたいです!」
「……まァ、そうなるだろうな」
情報を漏らした時点で予想していた展開だ。
ルシアンはため息をつきつつも、レベッカの望みを叶えることにした。
その日は眠り、翌日の朝早く目覚めて出発する。
アナマリアのナワバリは小高い山の八合目あたりに存在する台地だ。
そこには清浄な湖と数多の植物があった。
今はすべてが毒と化しているらしい。
急斜面をのぼっていく。
黒い土が剥き出しになったそこは『坂』ではなく『壁』と呼びたくなるほどの急勾配で、並の体力であればすぐさま息があがるし、並の精神力であればいつまでも終着地点の見えない『壁』が続く光景に心折れることだろう。
レベッカは折れなかった。
なにが彼女をここまで支えるのかは、知らないし聞くつもりもない。
けれどまだ十歳にもなっていないように見える小さな体で、仮にも――かなりペースは落としているとはいえ――『元勇者』であるルシアンに食らいついてくる姿には、一種の感動さえ覚えるほどだ。
「……チッ、めんどくせぇ」
……だからルシアンがのぼってくるレベッカを見下ろして舌打ちをしたのは、彼女の懸命な奮闘とは無関係だ。
――あまりにも、似ていて。
土で汚れくすんだ金髪が、土砂のこびりついた真っ白な頬が。
この島では貴重な一張羅だろうに、白い衣服を汚しながら、ほとんど腹ばいになりつつのぼってくる様子が――
そんな酷い目に遭っていてもなお強さを失わない、碧い瞳が。
あまりにも、かつて愛した人に似過ぎていた。
「る、ルシアンさん、お待たせしました!」
隣に並んだレベッカが、にっこりと笑った。
……顔立ちは似ているが性格は違う。
ルシアンが愛した彼女は――妻は、もっと強かった。
世界を救った英雄が、寄りかかってもいいと思えるほど、強かったのだ。
……こんな小動物みたいではなかった。
「……クソ」
「あ、ごめんなさい……遅くて、ご迷惑を……」
「そうじゃねぇよ。お前はよくやってる。正直、ここまでついてこれるとは思ってなかった」
「褒められた! わぁい!」
「……褒めてねぇ。珍妙なガキだと思っただけだ」
「えええ……」
「……ところで、言うまでもねぇと思っていたことだが、アナマリアは危険人物だ」
「えっ? あ、はい。もう『毒と呪いの』とかいうあたりで、かなりすごい危なそうですもんね……」
「そもそも、監獄島にいる時点でお察しだ。……言われて初めて気付いたってわけでもねぇだろう?」
「……まあ……」
「オレはお前を保護するが、見ての通り老いさらばえた、干物みてぇなジジイだ。二十代や十代のころほどの力は、おそらく、ない。『どんな状況でもお前を守り切る』とまでは言えねぇんだ」
「干物ではないですよ」
「……そこはフォローいらねぇんだよ。……まあとにかく、危険が伴う。そもそも、この島に、ガキが一人で送りこまれたっていう時点で、すでに危うい」
「……はい」
「覚悟はあるのか?」
「……どんな?」
「お前は、自分が今、命懸けの状況にいるってことを、きちんと理解してるのか――そういう質問だ」
なぜこんなことを聞いているのだろう――
そう思いながらも、ルシアンは答えを待った。
そして、
「……もちろん、状況はわかっています」
「そうは見えねぇ、ふわふわしたお嬢さんだと思ったから聞いたんだよ」
「……私には、力があるわけじゃないです。頭だって、武器にできるほどよくはないです。ロクサーヌ様に鍛えてもらいましたけど、大人にはきっと勝てないと思います」
「……」
「だから、覚悟だけでここにいます。頼れるものが覚悟しかないから、覚悟だけはあります」
「…………力の伴わない覚悟は、死への道を舗装するだけだ」
「それでも、私はか細い運を信じてここに来なければいけなかった」
「強制されたのか?」
「いえ、望んで来ました。――あなたに会うために」
……その理由は。
こんな幼い少女が、こんなクソ溜めみたいな島に来てまで自分を求める理由は、きっと――世界の、状況が関係しているのだろう。
……それがどんなものなのかは、聞きたくない。
だからルシアンは「そうかい」と話題を打ち切る。
「目的地はもうすぐだ。行くぞ」
「あ、はい!」
歩み始めるルシアンに、ちょろちょろとついてくるレベッカ。
……年齢のせいだろうか。
やけに、重ねてしまう。
レベッカの容姿は、強い信念を宿した碧い瞳も含めて、かつて愛した人に似ていて――
向こう見ずで、勝算もなく、覚悟と勇気だけで行動をする性格の方は……
若かったころの自分に似ているような、気がした。