6話
逃げ惑うのは男で、追うのは女の家畜たちだ。
狩りだった。
うっそうと木々が生い茂ったその場所で行なわれているのは、人が人を狩るゲーム。
「みんなー。一番早くに追い詰めた子には、『ご褒美』よー」
女の声が飛ぶ。
家畜どもが奮起する。
逃げ惑う男は、思う。
どうして、こうなったのか?
懲役八十年の強姦殺人犯。
彼の人生において、女は『物』だった。
快楽を得るための道具。
支配欲を満たすための道具。
凶暴性をぶつけるだけの道具。
犯しながら腹を裂き、自分の精が注がれた臓器を握りつぶすのが趣味だった。
男はみんな、そういう欲望を持っているものだと彼は認識している。
だというのに――この家畜どもときたら!
口枷をされ、目を血走らせ、自分を追ってくる――男たち。
誰も彼も屈強な体躯をしていて、この監獄島にいるぐらいだから、マトモな倫理観など持っていないのだろう。
それなのになぜ、女にかしずき、女に服従し、女の命令通り自分を狩ろうとするのかが、さっぱり理解できない。
なぜ、犯さないのか?
あれだけの美女だ。
あの豊満な胸を握りながら、乳首を噛みたいとは思わないのか?
あのくびれた腰を両手でつかみ、自分の腰を叩きつけたいと思わないのか?
あのかたちのいい、大きな尻を、背後から犯したいとは思わないのか?
あの長い銀髪を引きちぎって、悲鳴をあげさせたいとは?
あのツヤのある唇からあえぎ声を響かせたいとは?
あの、真っ赤な、妖しく輝く瞳から、光を奪って、絶望に染め上げたいとは、本当に、思わないのか?
「な、なあ! お前たちも男だろう!? なんで、あんな女に従ってるんだ!? ほしくないのか、あの女が! 全員で穴だらけにしてやろうぜ! 女なんかに服従する理由はないだろう!?」
大きな樹に背中をつけながら、強姦犯は叫ぶ。
とっくに周囲は囲まれていた。
口枷をされた連中は、のろのろとした動作で包囲網をだんだんと狭めてくる。
「あの女の命令に従ってるのも、あの女に気に入られたいからなんだろう!? そうだろ!? 気にするなよそんなもの! 好かれなくても、穴は使える! 犯そうぜ! 立場をわからせてやるんだ!」
それは彼流の説得だった。
けれど、彼を取り囲む中に、その言葉に応じる者は一人もいない。
みな、黙って彼を見ている。
口枷の端から荒い呼吸を漏らしながら、目を血走らせ、一言もしゃべらない。
静謐な朝の森の中に響くのは、口枷をされた者どものハァハァという荒い呼吸だけだ。
「おい! おいってば!」
「――この子たちは、知らない人とはしゃべらないわよ?」
女の声が、すぐそばから聞こえる。
彼の周囲を取り囲んでいた家畜どもが場所を空け――女が、現れる。
銀髪の美女。
豊満な体つきをピッタリしたローブで包んだ、人生で一度だってこれほど犯したい見た目の相手には巡り会った記憶がないほどの、最高の被害者。
被害者のくせに、加害者を追い詰めている、理解不能の存在。
「このッ……!」
常に女を食い物にしてきた彼は、この状況でも、女に飛びかかるという選択をした。
周囲を屈強な連中――女の家畜どもに囲まれていたけれど、この期に及んで、自分が口火を切れば、周囲の家畜どもも同調して女を犯し始めるだろうと思っていたのだ。
だから、豊満な胸をつかもうと手を伸ばし――
彼はなんの前触れもなく、黒く冷たい土の地面に倒れこんだ。
「……あ……?」
体が動かない。
手足は痺れて指先一つ動かすことができないし、舌だってもつれて言葉を発することができない。
ただ、眼球だけが、どうにか動いた。
うつぶせの状態で精一杯眼球を上へ向ければ――
いつの間にかすぐそばまで来ていた女が、自分の手の甲を踏む光景が見えた。
女の履くハイヒールのカカトが、手の甲に突き刺さっている。
血が流れているし、穴も空いているのに、痛みさえ感じない。
「ア……ア……」
痛くないことが、恐怖だった。
たしかにそこにあるはずの手足は、穴が空くほど踏まれても、なんの反応も示さないのだ。
「不思議ねぇ。体がそんなに大きくないのに、毒が回るのに時間がかかったわ」
毒。
なにかを盛られた覚えはない。
武器で体を傷つけられたわけでもない。
いつ、どうやって、毒など仕掛けたのか?
「貴重だわ。珍しいわ。研究したいわ。……決めた。あなたも、わたくしの家畜にしてあげる!」
「……アア……アアア……!」
「嬉しい? 嬉しい? ……うふふ。そうよね。最初は不安かもしれないけれど、大丈夫! すぐに幸せしか感じられなくなるわ! ……さ、みんな、新しいお友達を連れ帰りましょう!」
二十代前半と思われる美女は、十代の少女でも浮かべないような無邪気な笑顔で、パンパンと手を叩く。
家畜どもが、倒れ伏し動けない体に集まってくる。
そこで、強姦犯はようやく後悔した。
……ああ、そうだ。
やつこそが『牧場主アナマリア』。
その美貌で男をおびき寄せ、ゆったりと心身を犯す、あまりにもあでやかな毒の華――