4話
「あっ……」
「……なんだ」
「だ、大丈夫! 大丈夫です! まだリカバリーできます!」
監獄島にはまともな刃物――どころか、金属製品がない。
罪人たちの武装蜂起を危惧してのことだ。
なので自然、道具は現地調達となり、道具の作製能力で生き延びている罪人もいくらか存在する。
今、ルシアンのボサボサの髪を切っているのも、そういった職人が作り上げた、石の磨製ナイフであった。
使い手はレベッカ。
座り込んだルシアンに覆い被さるようにして、伸びきった白髪をカットしている。
……だが、たびたび「あっ」とか「……しまった」とかつぶやかれるので、ルシアンとしては気が気でない。
「あ、あの……石のナイフ、初めてで……お、思ったよりは切れますね?」
「……そうだな」
「できたらハサミとかもあった方が嬉しいんですけど」
「そんなものはねぇ」
「で、ですよね」
会話のあとも、ジャキン! という小気味よい音とともに、長年切っていなかった髪がボトボトと周囲に落ちていく。
しばし不穏な沈黙があり――
「……髪はこのぐらいにしましょうか」
「よこせ。ヒゲは自分でやる」
「……はい」
石のナイフを受け取り、伸び放題だったヒゲを処理していく。
だが『剃る』のは不安な切れ味なので、短めに、至極乱暴にカットしていくだけだ。
「……ま、こんなモンだろ。満足か、お嬢さん」
「鏡は……」
「ねぇよ」
服についた髪を乱暴に払いつつ、立ち上がる。
頭をなでれば、逆立った毛のチクチクした感触が手のひらに返ってきた。
「……久しぶりだな。頭が軽い」
「いいですよ! 大丈夫です!」
「『大丈夫』ってなんだ」
「あ、いえ、その、切ってる最中は『やりすぎたかな』って思ってたんですけど……こうして見てみると、すごい格好いいですよ!」
「……」
レベッカが周囲をぐるぐるまわりながら、しきりにうなずいている。
自己弁護のニオイがする賞賛だった。
ルシアンは思わず目を細める。
「……まぁいい。で、お嬢さん――」
「せめて『レベッカ』って呼んでもらったりは……」
「……レベッカ。お前の望みは『聖剣、聖鎧の確保』で合ってるか?」
「え? あ、はい。どれほど大陸中を探しても見つからなかったので、隠している場所を教えてもらえたら……」
「……それをしゃべるには、まず、お前とロクサーヌのババアとの関係を知る必要がある」
「どうして……あ、はい。従います。理由を教えてもらえると思って甘えません。……ロクサーヌ様は私の育ての親です。両親は私が生まれてまもなく亡くなったので、ずっとロクサーヌ様のいる森で育ちました」
「……ってことは、両親のことは満足に知らねぇわけか」
「父はルシアンさんの息子で、母は――旅芸人の女性だったそうです。二人とも種族は人間でした」
「……」
ホムンクルスの娘であることは、告げられていないらしい。
ルシアンが育ての親ならば、たしかに告げない選択をするだろう。
ただ、ロクサーヌの人格を知る者としては、『あの女は嘘もつかないし隠し事もしない』というイメージが強すぎて、少々違和感を覚える。
あっさりと『貴様はホムンクルスの娘だ』と明かしそうな女なのだ。
加えて、『ホムンクルスの娘で、そのことで差別もされようが、鍛えて強くなればそんなことは関係ない。儂が貴様を一流にしてやる』などと続けそうである。
脳筋スパルタエルフババアなのだ。
「ロクサーヌはどんな様子だ?」
渡された手紙を見るに、丸くなった様子はない。
しかし、幼い女の子相手には甘い一面もある可能性はあった。
レベッカはぷにぷにと自分の頬を指で押して考えこみ、
「…………無敵?」
「そうか。相変わらずか」
「あ、いえ、でも、たまに優しいですよ」
「相変わらずなんだな。……まあ、エルフにとっちゃあ三十年はそう長い月日でもねぇからな。ただ――レベッカ、お前はまだ、ロクサーヌにすべてを教えてもらっちゃいないようだな」
「……それは、どういう?」
「あのババアは『聖剣』『聖鎧』のありかを知ってる」
正しくは、『知っている』わけではないだろう。
予測はついているはず、ぐらいが適切な表現だ。
それでも、レベッカがあまりになにも知らない様子なのを見て、ロクサーヌは『聖剣、聖鎧が存在する可能性のある場所の予想』さえ語っていないのだというのはわかった。
……それがレベッカへの信頼のなさからなのか、ロクサーヌの『予測で物事を語るのを許さない性格』からなのかまではうかがい知れないけれど。
「『聖剣』『聖鎧』は、今どこに?」
レベッカが身を乗りだして聞いてくる。
ルシアンは親指で自分の胸を指し、
「ここだ」
「……胸?」
「聖剣と聖鎧は、オレの中にある。体の中――魂に、こびりついてるんだよ」
語る表情に苦みが混じってしまうのは、仕方ないことだろう。
――聖剣と聖鎧。
それこそ、死にたかった彼が死ぬことさえできず、未だ命という重石を抱き続けている原因だった。