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3話

『生まれるはずだった貴様の子供は回収してホムンクルスの材料にした。

 貴様の血が惜しかったのだ。許せ。


 そのホムンクルスは若くして死んだが、愛する人間とのあいだに子を成した。

 それがレベッカだ。


 貴様はレベッカを連れて監獄島から出てこい。

 そろそろ腑抜けのような貴様にも活が入ったころだろう。


 やる気が出たなら、もう一度世界を救え』





 その手紙にあったのは、神への叛逆であり、生命への冒涜であり、非礼であり、高慢だった。


 まず――ホムンクルス。


 その作製自体が禁じられているわけではない。

 かつて人類を襲った脅威への対応中は斥候として、そして平和になったあとには軽い荷物を運ばせたり、簡単な用事を言いつけたりという小間使いとして、ホムンクルスはそこそこの数普及していた。


 ただし、手紙の中に登場するホムンクルスは二つの禁忌に触れている。


 一つは、ルシアンの子供を材料にしていること。

 胎児だろうが老人だろうが、人を原材料にしてホムンクルスを作製することは禁忌だ。

 特に『生まれ損った胎児を材料にする』などと、生理的に嫌悪感を抱かざるを得ない。


 もう一つの禁忌は、『人そっくりのホムンクルスを作製したこと』。

 直接そう書いてあるわけではないが、『人と愛をはぐくみ子を成した』のあたりから、そうであったのだろうと読み取れる。


 ホムンクルスはあまり人に似せてはいけないという決まりがある。

 そのため、だいたいのホムンクルスは、人の肩に乗れる程度の大きさであり、そのデザインも『二足歩行で三頭身の猫』だったり、『角や翼の生えた犬』だったりする。


 また、知能は低く、単純な命令しか聞けない。


『愛する人間と子を成した』などと、ありえない。

 ホムンクルスには誰かを愛するほどの知性はないし、子を成す機能もない――ありえてはならない。


 そんなモノの材料に、己の子が使われた。

 しかも――死んだ妻の胎内から、はぎ取った、子が。

 手紙を書いたロクサーヌは、ルシアンがその事実を知って、怒り狂うとは想像しなかったのだろうか?


 ……もっとも。

 手紙を読み終えても、ルシアンは怒り狂ったりしなかった。

 ただ、あまりの『変わらなさ』に、笑いがこみ上げるだけだ。



「……相変わらずみてぇだな、あのクソババアは」



 パチパチと火が爆ぜる音だけが響く静寂を、ようやくルシアンの声が打ち破る。


 洞窟だ。

 とはいえ深い穴ではない。


 島内に存在する小高い山の中腹。

 草木一本ない切り立ったそこに、ぽっかりと空いた空洞。

 そこがルシアンの寝床とする場所だった。


 とうに夜となり暗闇に包まれた内部を照らすのは、壁に空けた穴に差しこんだ松明だけだ。

 オレンジ色の光の中に浮かび上がるのは何年使っているのかもわからない薄汚れた毛布が一枚と、それから、土鍋などの炊事用品……

 そして木の枝で壁に突き立てられた、なにかの動物の――四足歩行であること以外うかがえない動物の肉が干してある。


 なにもかもがくすんで見える空間だった。

 そこにあるすべてのものは、ルシアンが生活に使っている『現役の道具』のはずなのに、どれもうち捨てられた残骸のようにさえ見える。


 生気のない場所。

 そこで唯一華やいだ気力を発しているのは、金髪碧眼の幼い少女――レベッカだけだ。



「あ、あの、いい加減、信じてもらえましたか?」



 彼女は洞窟最奥で片膝を立てて座るルシアンに問いかけた。

 ルシアンは、洞窟入口あたりで緊張した様子で経っているレベッカを見つめ返す。



「……ああ、信じたよ。どうやらお前は、本当にオレの孫らしい」

「じゃあ……」

「だがな、いきなり『孫です』と来られても、それでなにかが変わることはねぇんだ。血縁に情は必ずしも伴わない……オレ自身、血のつながった親に捨てられた身だ。お前がオレの孫だから、オレがお前を助けなきゃいけないっていう決まりはねぇんだよ」

「でも、世界の危機に、どうしても、おじいちゃんの力が必要なんです! 私はそのために、おじいちゃんをここに迎えに来たんです!」

「……『おじいちゃん』呼びはやめろ。むずがゆい」

「でも……」

「だいたい――ロクサーヌか、あるいは他の連中か……お前をここに寄越した連中の魂胆が気に食わねぇ。幼い子供なら、孫なら、オレを説得できると思ったか? ……子供をこんな場所に送りこむ連中は、間違いなくロクデナシ(・・・・・)だ。そんな連中の思惑通り動いてやるのは、イヤだな」

「でも、今、世界は――」

「興味がねぇ。聞かせるな」

「……でも!」

「オレには世界を救う義理も、使命もない」

「……」

「昔は天命ってヤツを感じてたこともあったが、どうやらそれは勘違いだったみたいだ。もしくは底意地の悪い『神』ってヤツのサイコロ遊びに付き合わされてただけなのに、勝手に自分を主人公だと思っていた若気のいたりだ。……なんにせよひでえ失敗だった。二度と、世界なんてものを背負う気はないね」

「でも、あなたは――」

「オレを語るのか? オレと今日、初めて会ったお前が?」

「……」

「迎えはいつ来る?」

「え?」

「お前の迎えだよ。お前はどうにもオレを説得して連れ帰る必要があるらしい。しかし、この監獄島から大陸に戻るには、軍艦が必要だ。当然、ここにはない。となれば迎えが来るはずだろう」

「それは……船を出すためには、色々必要で……一番早くても、次の罪人を連れてくる七日後だと思いますけど……」

「……ガラじゃねぇが、その七日間だけは、オレがお前を保護してやる」



 老人は、目を逸らしながら言った。

 少女はおどろきのあまり、目を見開く。



「助けてくれるんですか?」

「……助けるんじゃねえ。ただ、お前はこの島の正式な住人じゃねえってだけだ。罪を犯して来たならともかく、なんらかの事情で送りこまれただけなら、この島の危険を自分でどうにかする必要もねぇだろう。なんせ、お前には償うべき罪がない。なら、この島の環境の洗礼(・・・・・)――罰を受けるいわれもない」

「それなら、あなただって」

「……保護されてるあいだに、守るべきルールを教えてやる」

「え? あ、は、はい」

「一つ、世界の危機について語るな。オレには興味がねぇし、関係もねぇ」

「……」

「一つ、オレのことを語るな。オレの過去、オレの心情、オレの事情、そういうのを、わかった風にしゃべるな」

「…………」

「そして、オレの指示には黙って従え。理由を教えてもらえると思って甘えるな。以上だ」

「でも――」

「あと一つ、オレを『おじいちゃん』と呼ぶな。オレがお前を助けるのは、お前が罪人じゃなさそうだからだ。孫だからじゃねぇし、お前を孫とも思わねぇ」

「私は、あなたの孫であることをすごく誇りに思っていますよ!」

「……そうかい。『思うな』とまでは言わねぇよ。ただ、そういう理想像は早めに捨てた方が賢明だとは言っておくがな」

「……わかりました。約束は守ります。きっと、あなたにとって、世界の危機を話されるのも、あなたの心情を勝手に代弁されるのも、嫌なことなんだと思いますから」

「……」



 もう少しゴネられる、下手すれば泣かれると思っていたルシアンは、眉をひそめる。

 あまりにも、話が早い。


 レベッカの対応は、幼い少女のそれではない。

 大人だって、ここまで物わかりのいい、そして利発な者は多くないだろう。


 ――ホムンクルスの娘。


 錬金術の方には明るくないルシアンだったが、ホムンクルスと人間のあいだに、まともな子供ができるか怪しいとは思う。

 ひょっとしたら、この娘は見た目通りの年齢ではないのかもしれないと感じた。


 問いただすことは、しない。

 そんなことを知ったって、どうせすぐに別れる相手なのだから、無駄だろう。



「あの、おじ……ルシアン様」

「……『様』はよせ」

「る、ルシアン……ルシアンさん?」

「なんだ」

「あなたを連れ帰るのは、あきらめません」

「……」

「けど、それが難しいことはわかりました。だから、私がこの島に来た、もう一つの目的を話します」

「……世界の危機についてはしゃべるなよ」

「はい。……私の目的は、お察しの通り、『大陸にあなたを連れ戻すこと』。そして、それができなかった場合、あなたの所持する『あるもの』を譲り受けるように、言われています」

「……」

「『聖剣』と『聖鎧』……かつて大陸に出現し人類の版図を奪った『魔なる者どもの王』を討ち果たすのに用いたそれらを、私に譲ってほしいんです」

「ハッ」



 予想通りの展開を鼻で嗤う。


 世界の危機。

 元勇者ルシアンを――『力』を求めて来た。


 ならば、それが叶わなかった時に欲するのは、ルシアンの『力』そのものと目される伝説の武具――『聖剣』と『聖鎧』だろう。


 おそらく大陸で色々画策している連中は、すでにルシアンゆかりの場所や人をたずね、それらを探し回ったのだろう。

 しかし手詰まりなので、こうして、孫を送りこんできたのだ。


 無駄なことを、とルシアンは笑う。

 なにせ――『聖剣』も『聖鎧』も、大陸にはない。


 ここにある。


 手紙の一通さえ隠し持たねば所持を許されないこの島に、『聖剣』と『聖鎧』を持ち込み、今もなお所持しているのだ。


 望んで持ってきたわけではない。

 むしろ、譲渡が可能なら、してしまいたい――それがルシアンの本音であった。



「いいぜ。『聖剣』も『聖鎧』も、渡してやるよ。受け取れるかは知らねぇがな」

「ありがとうございます! あ、あと、もう一つ」

「……なんだ。意外と厚かましいお嬢さんだな」

「あの、こちらは『どうしても』ってほどではないんですけど」

「なんだ、ハッキリ、サッサと、言え」

「ええと……」



 レベッカは碧い瞳でチラチラとルシアンの様子をうかがい――

 そして、決心したように。



「……髪とおひげ、切りませんか? ちょっと、モフモフしすぎです」

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