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1話

 世界の脅威を退けた英雄は、その後、お姫様と幸せに暮らしました。

 でも――



「判決を言い渡す。『元勇者』ルシアンを五百年の流刑とする」



 ――彼は、全部をなくしました。


 五百年。

 人間である彼の寿命をはるかに超える刑期を言い渡されて、一生、『島』に隔離されることが決定してしまったのです。


 判決を言い渡された彼は、粛々と決定を受け入れました。

 人類で一番強い彼が暴れれば、抵抗はできたでしょう。

 この決定を不服として、彼に力を貸してくれる者だっていたのです。


 けれど、彼はもう、どうでもよかったのでした。


 身ごもった妻を病気で亡くして。

 そして、妻の父――前国王の殺害容疑をかけられて。


 世界の脅威を退けた果てに待っていた運命に、彼は疲れ果ててしまったのです。

 まだ二十代なりたてのはずの彼の顔はすっかり老け込んでいて、三十や四十にも見えるほどでした。


 こうして彼の輝かしい生涯はひっそりと幕を閉じたように思われました。


 けれど。

 彼の人生は、まだ終わっていなかったのです。


 三十年の月日ののち、再び、始まるのでした。





 昼から暗くよどんだ空気の漂う流刑島に新たな船がたどり着く。


 うらさびしい海岸にたどりついた小舟には、武装をした騎士が五名と、それに取り囲まれ、罪人が一名乗っていた。


 接岸。

 寄せては返す波をすべり、小舟が岸へと乗り上げる。


 罪人は両手首を縄でつながれ引っ立てられると、ばしゃばしゃと浅瀬を踏みながら流刑島に降り立った。

 岸辺では物見高い『先輩罪人』たちがボロをまとい、下卑たニヤニヤ笑いを貼り付けながら、新入りの姿をあらためようと首を伸ばしていた。



「罪人、レベッカ! 前へ!」



 騎士たちの中でもいっとう立派な鎧を身につけた者が叫ぶ。

 大柄な騎士たちに取り囲まれ見えない『新入り』の正体が、名前から女だとわかった。

 その時、先輩罪人たちは――その大部分が男性だ――歓迎の指笛を鳴らし、目の色を変えて一刻も早く新入りの姿を目に焼き付けようとした。


 けれど、騎士たちのあいだをすり抜けて出てきた女の姿を見て、歓待ムードは一気に盛り下がる。


 その女は、子供だったのだ。


 まだ『使い物』にもならなさそうな、小さな、子供。

 汚れくすんだ長い金髪。

 意思の強さを秘めた碧い瞳。

 成長すれば美人になる可能性を秘めたその女は、しかしまだ十歳にもとどかぬであろう幼子でしかなかった。


 そして。

 この流刑島で、あんな幼い子供が、『美人』に成長するまで生き延びられるわけはなく――

 わざわざ育ててやろうという物好きもいないだろうことは、想像に難くない。


 ……そもそも、ここは国家転覆やそれに準じる重罪を働いた者の集う場所だ。

 あの年齢でここに送られること自体が『訳あり』。


 触らぬよう、かかわらぬよう。

 先輩罪人たちの心はそう決まったようで、岸辺に集まった物見高い者たちの中には、早速己の『縄張り』へ帰り始める者まで出始めた。


 大人たちの醜い感情を一身に受けながら、ボロをまとった幼い少女は、それでも動じないふりをする。



「レベッカ! 貴様はこれより、この流刑島で『四百年』の刑を執行されることとなる! みだりに騒ぎを起こさば、即座に刑は無期となり、あまりに目に余るようであれば監督官の判断で『死刑』もありうる! そのつもりで、つつましやかに、罪を償うのだ!」



 大声で口上を述べていた騎士がレベッカの正面にしゃがみこむ。

 それは小さな彼女の手首の縄を、大柄な彼らが切るためには、どうしても必要な動作だった。


 だから、その動作を利用して……

 しゃがみこんだ彼は他の騎士たちに気付かれぬよう、兜の下から小声で言う。



「……レベッカ様、必ずやお迎えに上がります。しばし、ご辛抱を」



 厳かに、敬意と誓いをこめたつぶやきだった。

 レベッカは碧く大きな瞳で空を見上げたまま、ほんのわずかにうなずく。


 騎士たちは小舟に乗り帰っていった。

 あくまで島に接岸するための小舟だったのだろう。

 沖合に視線を向ければ大型の軍艦が存在しており、彼らはそこへ戻っていくのだ。


 島の先輩罪人たちは騎士たちが帰ったことで、すっかり興味をなくしちりぢりになっていった。

 通例行われる『新人いびり』もない。

 十歳に満たぬ『刑期百年超え』に自らかかわろうと思うほどの活力が、彼らにはないのだ。


 もし、それでもかかわろうと思う者があるとすれば?

 それは――



 ずしん。



 汚れた砂浜を踏む重苦しい足音で、よどんだ空を見上げていたレベッカは視線を下げる。

 足音の正体は、自分に近付いてくる大柄な男であった。


 ボロ切れのようになった衣服をまとった、禿頭(とくとう)の、大男。

 背の高さはレベッカの四倍もあり、上腕の太さがレベッカの胴体ほどもあるそいつは、幼い少女の頭から、裸足のつま先までをなめ回すように見て――



「……うん。うまそうだ」

「うまそう、って……」



 レベッカはあとずさる。


 まだ残っていた野次馬の罪人から、笑い声があがる。



「お嬢ちゃん! そいつはな――『刑期二百年』、罪状は『人喰い』なんだ。お嬢ちゃんは『ご飯』に選ばれたのさ!」

「ご、ご飯って……人を……!? し、島の管理者はなにをしているんですか!? こんな暴虐、どうして見過ごすんですか!?」

「管理者サマは罪人同士の殺し合いなんて興味ねーよ! むしろ、新入りがいきなり減ってくれたら管理の手間がなくなって楽だ、なんて思ってるかもなあ!」



 事前情報と違う。

 国家が布いているはずの『法』は、この流刑島まで効果を及ぼしていないらしい。


 動揺しているあいだに、『人喰い』の大きな腕が、レベッカの腕を無造作につかみ、持ち上げた。



「おお、柔らかい……生でも、いけそうだ。大人の肉は、生だと、硬いし、臭いんだ。お前は、いい肉だなあ。やっぱり子供は最高だ。……ううっ……二度と……! 二度とありつけないかと思ってた……! 嬉しいなあ……嬉しいなあ……」

「こ、この……! 放して! 放しなさい! 誰か! 誰かッ!」



 レベッカは助けを求める。

 けれど野次馬たちは、ニヤニヤ笑いを浮かべて、遠巻きに見ているだけだ。


 握られているだけでギシギシときしむような痛みを発する上腕。

 レベッカは蹴って抵抗を繰り返すのだけれど、彼女の足が顎に当たろうが腹に当たろうが、『人喰い』はひるむ様子がいっさいない。



「も、持ち帰る前に、一口だけ、一口だけ、いいよな……?」



『人喰い』が興奮した様子でつぶやく。

 彼の目は、『人』を見るそれではなかった。

 大好物を見る子供のように、わくわくして、澄んでいた。



「……うっ……ぐっ……」



 レベッカの喉が恐怖でひきつる。

 目の端に涙が浮かんで、体が勝手に震え出す。


 この状況なら、視線をめぐらし、少しでも自分を助けてくれそうな人を捜してしまったのは、仕方ないことだろう。

 それでも、下卑た彼らに『助けて』とあられもなく叫ぶことだけはしなかった。


 それは彼女の気高さがゆえだ。

 どう見たって助けには来なさそうな人たちに、それでも懇願をするのは、彼女の矜持が許さなかった。


 けれど、どれほど気高く、誇り高くとも、彼女は幼い少女……弱者にすぎない。

 自分は『肉』として喰われるのだという未来が彼女の中で確定事項になった時――



「おい、やめねぇか」



 しわがれた声はレベッカのすぐそばから響く。

 おかしい。

 周囲を見回しても、近くには誰もいなかったのに――


 すぐ真横。

 レベッカの腕をつかむ、『人喰い』の腕――を、つかむ、人物があった。


 それは真っ黒な、ボロのマントをまとった老人だ。

 ボサボサの髪は真っ白に染まっていて、ぼうぼうと生えた長い、やはり真っ白な髭で口元が隠れて見えない。

 背は高くもなく低くもないその人物は、いつの間にかそこにいて、人喰いの腕をつかんでいた。



「なんだ、お前。――まずそうな年寄り」

「オレのことなんざどうだっていいだろう。やめるか、やめねぇか、ハッキリしな」

「……やめるわけねえだろ!」



『人喰い』が『食事』を再開する。

 その歯がレベッカの足に食い込む――寸前。


 レベッカは、なぜか、老人の腕の中に落ちた。



「……?」



『人喰い』に上腕をつかまれた感触は消えていない。

 だから彼女は自分の腕を見て――


 ――鮮血を噴き出しながらうごめく『人食い』の腕を見た。

 肘あたりから、金属製の刃物で切断されたような、上腕を。



「ぎゃあああああああ!?」



『人喰い』の悲鳴だ。

 ……彼が先に大声をあげていなければ、レベッカが代わりに叫んでいたことだろう。



「な、なにすんだジジイ!? いや――なにをした(・・・・・)んだ!? どう見たって刃物なんか持ってねぇだろうが!」

「『わからない』のは、テメェとオレに力の差があるからだよ。『二百年』の軽犯罪者(・・・・)が。オレのことは知らねぇのか?」

「……ま、まさか、アンタ、『五百年』……!?」

「わかったら選べ。死ぬか、片腕で生きるか」



『人喰い』は、悲鳴をあげながら、肘から先のなくなった腕をおさえつつ、遁走した。


 それを見送り――

『五百年』は、そっと少女を浜におろし、彼女の上腕を握る『人喰い』の腕を外す。



「……じゃあな、お嬢さん。今回は気まぐれで助けたが、この島で他人の力をアテにするな」

「ま、待ってください! あなた、『五百年』って……」

「この島じゃあ刑期の長さで呼び合うのはおかしなことじゃねぇよ」

「あなた、勇者様ですよね!? 勇者ルシアン様!」

「……」



 老人は目を細める。

 その鋭さに、レベッカはひるみそうになるが、踏みとどまり――



「わ、私、あなたの孫なんです! ――あなたに会いに来ました、おじいちゃん」

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