第八話
卑人族の少女を路地裏の宿屋に預けて数日が経ち、クリスは少女とまた会いたい、という思いを募らせていた。だが、約束を守らなければ、という気持ちとは裏腹に、そう何度も顔を出していては、新しい生活に慣れることを邪魔する形になるのでは、という気持ちから、実際には出向くことすら出来なかった。
とはいえ、街にいる間はいつでも会える、焦る必要はないはずだ――とクリスは考え、焦ってはいなかった。約束を果たす機会はいくらでもある、と思っていた。
ある日の朝食の席で、その考えが間違っていたことをクリスは思い知る。
「そろそろ、次の目的地に向かおうと考えている。今日中に支度を済ませ、明日にはここ、エンフェルトを出立する予定だ」
マリアとクリスに向け、対面側に座るアルマリオが言い放った。クリスはわけがわかっていない様子で首を傾げ、マリアはクリスを気にして、アルマリオの発言の意図を、隣の席に座るクリスの方を向いて解説する。
「クリス、忘れているようだが、我己と君はアルマリオの監視を受けることで、旅の続行を清歌の羽根に許されているのだ。アルマリオが何処か新たに目的地を目指すとなれば、当然我己らも同伴せねばならない」
マリアに言われて、クリスは焦りを顔に見せつつ言い返す。
「でも、そんなのこの街だけの話じゃないですか!」
「いいや、アルマリオの監視を拒否したとなれば、我己が行く先々で、清歌の羽根を相手に余計な問題を起こすことになる。それは我己の旅の目的とは真逆の結果を招きうる……クリス、君はアルマリオの監視というのをこの街で自由に行動する為の方便と考えているようだが、それは違う。清歌の羽根は治安維持の為の騎士団だ、我己の反逆はすぐさま全土に響き渡り、執拗な追撃を受けることになるだろう」
「そんなの、マリアちゃんなら逃げながらうまくやれます!」
「信頼はありがたいが、騒動そのものを避けたいのだよ」
「むう……じゃあ、逆に脅しましょう! 私たちがここに残れば、アルマリオさんも無理に街を離れられないはずです!」
クリスはどうだ、と自慢げになりながらアルマリオの反応を伺うが、アルマリオは苦笑いを浮かべて反論する。
「残念だが、君らが残ろうとも俺は勝手に目的地に向かうぞ。それに、俺を野放しにしたら牧場のようなことが何度でも起こるぞ、それでも別行動がいいか?」
「それは……ダメです」
言いくるめられ、落ち込むクリス。それを慰めようと、マリアは食卓からいくつかの料理を小皿に盛り、クリスに差し出す。
「そう落ち込むな、今日にでも、あの子のところへ会いに行けばいい。旅の準備や買い出しは我己がやっておいてやろう」
「本当っ? ありがとう、マリアちゃん!」
「そうと決まればほら、よく食べて元気を出せ、やつれた顔をわざわざ見せに行くのも忍びないだろう?」
「はあい!」
クリスはマリアに差し出された小皿を受け取り、そこに盛られたミートボールとスパゲッティを同時に頬張る。
「あれ、このお肉、なんか不思議な食感です」
「気付いたか、今日は俺ら厳罰の法が滞在する最後の日だからな、ミンチ肉にバロット牛だけを使った特製のミートボールになっている。存分に味わえ」
「ばろっとぎゅー?」
アルマリオの言葉の意味が分からず、疑問の声を漏らしながらマリアの方を見るクリス。発言の主たるアルマリオには聞こうとしない態度に、アルマリオは苦笑するが、マリアは喜んで回答する。
「バロット牛とは、狩猟畜産特区バロットで品種改良された牛のことだ。歯ごたえの良い赤身の肉質と旨みが特徴の品種で、食肉としてはかなり上等な部類になる。脂身が付きにくいが、安い飼料でもそれなりの肉質に育成しやすい為、様々な地区で畜産されている。ミートボールなんかに使うのは、少々珍しいね……普通は豚か、もっと安く脂身のしっかりした牛肉が好まれる。ステーキ以外で出てくるのはあまり見ない」
「へぇ……マリアちゃん、お肉にも詳しいんですね」
感心しながら、クリスはもう一つバロット牛のミートボールを頬張る。
「詳しいも何も、旅と食事は水魚の交わりだ、よい食事が健全な旅を作ると言っても過言ではない。自然と覚えていくものだよ……そもそも、我己はもっと色々教えているはずなのだがね?」
「うっ……私、お料理はちょっと、興味が」
「まあ、自分で作らないお嬢さんには不要な知識かもしれんな」
煽るように言うマリアに反応して、クリスは意地になって言い返す。
「じゃあ、マリアちゃんはお料理のこと何でも分かるって言うんですか?」
「そうは言っていないが、恥ずかしくない程度の知識はある」
「それって私が恥ずかしい子だって意味じゃないですか!」
「いいやクリス、君は単に物覚えが悪い子だよ、恥ずかしがらなくとも良い」
「きぃ~っ! じゃあ物覚えの良いマリアちゃんなら、こっちのスパゲッティとかも全部説明とかできるんですよね!?」
「説明とかとは何だ、大雑把だな」
どんどんムキになり、自棄っぱちの声を上げるクリスと、呆れて頭を抱えるマリア。仕方ないから付き合ってやろう、と考え、マリアはクリスの小皿に乗るスパゲッティを取って頬張る。
「んむ……何ということは無い、普通のスパゲッティだな」
「ほーらマリアちゃんも分からないことあります! 私だけおバカってわけじゃないんですよ~、だ!」
「何を言いたいのかさっぱり分からんが……スパゲッティに使われている麦の品種は分かるか?」
「……はい?」
「品種だよ、色々あるだろう?」
「えっと、小麦……」
「だからその小麦の品種だよ、おバカじゃないクリスなら知っていて当然だな、以前旅の道中で野生種の解説ついでに教えた記憶がある」
マリアに言われ、調子づいた表情をみるみるうちに曇らせるクリス。当然答えられないだろう、と知っての質問だったため、マリアはすぐに答えを口にする。
「スパゲティに使われるような乾燥麺の場合、ほとんどがブラン麦という品種を使っている。農業特区ブランデンで品種改良された小麦で、過酷な環境でも育成可能な生命力の高さに加え、早生多収で病気にも強いことから、世界中で作られている。麺類や製パン、製菓と広く使われているが、香りや食感を求めれば異なる品種が使われることも多い。また、日当たりさえ良ければどこでも育つことから『日当たり麦』とも呼ばれることがある。繁殖力の高さから、最近では人の手の入っていない場所でもブラン麦が生えているのを見かける。以前、旅の道中で野道に見かけて教えてやったはずだが、忘れているようだね」
クリスは必死に思い返そうと、目を閉じ、項垂れ、唸りながら考え込むが、結局何も思い出せず、大きくため息を吐いて諦める。
「はぁ、全然覚えてないです……というか、そんな難しい話をされて、一回で覚えるなんて無理です」
「そうか、まあ気にするな。無知は罪だが、クリスが罪深い愚かな少女であるうちは、飯の世話ぐらい我己が焼いてやろう」
「むぅ……なんだか納得はいきませんけど、マリアちゃんのお料理は美味しいので許します」
膨れっ面のまま、クリスは興奮を収めて食事に戻り、改まって食卓の様子を眺める。当然のように食べてきた果実、野菜、食肉のことが、クリスにはどこか目新しく思えた。
クリスの目前にはサラダの大皿があり、そこには新鮮な葉物とトマトがドレッシングで和えられている。葉物はサウル草と呼ばれる、ほうれん草に近い品種。ほうれん草ほどアクが強くなく、葉が厚く食感もしっかりしているため、水洗いすれば湯通ししなくともサラダに使える。トマトはシルシャトマトと呼ばれる、極めて寒さに強く、シャクシャクとした食感が独特な品種。どちらも生育しやすい為、世界中でよく育てられており、サラダとなれば必ず見かけるほどに普及している。
サラダの隣には、フルーツの盛り合わせがあり、上にはバルダナ、シルシャベリー、クラウンアップルと呼ばれる三種の果実が特に目立っている。バルダナは、言うなれば丸いバナナであり、黄色い皮の内側はバナナに似た食感の果肉が詰まっている。種が大きいが、甘さと柔らかい食感に、バニラにも似た濃い香りが特徴であり、暖かく豊かな土地にしか実らない贅沢品である。シルシャベリーはシルシャトマトと同様の地域に育つ果実で、ブドウにも似た形で実をつけるが、一つ一つの球体が果肉であり、強い甘みと酸味、独特の食感が特徴。市場に出回るのは品種改良されて水気の多いものが多いが、天然種は水気が少なく、果肉は硬く酸味も強すぎて食べづらい。クラウンアップルは、元々は首都アランザーグで王家への献上品として品種改良された林檎で、大きさは少々小振りだが、果汁は蜂蜜と紛うほど甘く香りが高い。この果汁を濃縮したクラウンシロップなども、嗜好品として名高い。
様々な料理、食材に目を向け、クリスはそれぞれに特有の物語があるのだな、と考え、楽しくなってくる。未だ知らぬ食材たちの裏話に思いを馳せ、また、これから会うはずの卑人族の少女との再会を思い、嬉しそうに食を進めるクリスだった。
喜び勇んだクリスは、旅の準備をすると言い張るマリアまで無理を言って引き連れ、卑人族の少女が働く宿屋を訪れた。
宿屋の女将は、クリスの顔を見るなり、後ろめたいことでもあるように視線を逸らし、表情を曇らせた。
「あの、あの子に会いに来たんですけれど」
クリスは女将の様子を気にするも、今は卑人族の少女に会うことが優先と考え、居場所を尋ねる。
「ああ……普段通りなら、今は裏手で水汲みをやっているはずだよ」
「分かりました!」
クリスは期待に胸を膨らませ、駆けていく。
だが――宿屋の裏手に向かっても、住み込みの従業員の宿舎を探しても、宿の本館を探し歩いても、一向に卑人族の少女が見つかる気配は無かった。マリアと連れ立って探しているのだから、見逃すことはそうそう無いはず、と考えたクリスは、何か事情があるに違いない、というわけで、女将にもう一度話を聞くことにした。
「あの、女将さん、どこを探してもあの子が見つからなくて……もしかして、今はお使いか何かで出払っているとかですか? それなら、戻ってくる時間まで待っていようと思います」
クリスの真剣に問い掛ける様子を見て、女将はなおさら表情を曇らせ、逡巡した後、ようやく決断したらしく、クリスの目を見据えて言う。
「そうね、やっぱり隠しておくのは良くないものね……あの子はね、もうどこにも居ないの」
女将の言葉の意味が分からず、クリスは首を傾げて問い返す。
「どこにも居ないって、ここじゃないどこか別の場所で働いているってことですか?」
「そうじゃないよ、本当にどこにも、ここにも、遠いところにも居ない。もう……この世に居ないんだよ」
この世に居ない、という言葉を受けて、クリスは意味を受け止めきれず、硬直する。だが、女将は構うこと無く言葉を続け、詳細を語りだす。
「昨日の朝の客だったんだけどね、いわゆる名義貸りって奴で、普通なら宿泊を拒否されるような奴や、足がつくと危ない立場の奴がよくやる手段でさ……普通の安全そうな客の名義で予約を取って、当日来る人間は別っていう手口なんだけど、あの子が初めて担当した部屋がそれでね。教育係と一緒に仕事を覚えさせるつもりだったんだけど、質の悪い客だとは知らずに粗相しちゃって、怒らせて……教育係も一緒になって謝ったんだけど、あの子が卑人族だって知られて、許してもらえなくてね。あの子だけ連れて行かれて、リンチに遭ってそのまま――」
「どうして!」
クリスが、怒りを露わにして声を荒げる。
「どうして助けなかったんですか! だって、守ってあげるって、言ってたじゃないですか!」
「そりゃあできる限りのことはやったよ、でもねえ、宿屋の女将と従業員じゃあ、その筋の危ない客が暴れ始めちゃあ、できることにも限度があるんだよ」
女将の言葉を聞いて、クリスはさっと血の気が引いていくのを感じた。己の思い込み、勘違い、過度で根拠無き信頼感、そういう愚かな一面を自覚してしまったのだ。
「私は女将だ、従業員全員に同じだけの責任がある――あの子だけ特別扱い、っていうのは無理な相談だよ。こんな裏街じゃあ騎士団様が守ってくれることも無いし、用心棒を雇うほど儲かってもいない、助けに行けば行った数だけ死体が増えるんだよ……これは、あの子が卑人族でなくたって、もしも他の従業員が連れて行かれた時だって同じ話だよ」
女将に言われるほどに、クリスは意識を黒く塗りつぶされ、次第に足元さえ覚束なくなり、尻餅をつくようにして、床にへたり込む。そんなクリスの様子を見て、女将と、そしてマリアが悲しむような表情を浮かべる。マリアはクリスを心配しながらも、女将からさらに詳しい話を伺う。
「あの混血の少女が悪漢に攫われた時、女将は何をしていたのか教えて頂けないか?」
「宿泊のお客様全員にお伺いして、助けてもらえないか、って聞いて回ったよ……従業員全員でね。結局腕に覚えのある人は見つからなくて、後になって駆けつけたら、もうあの子は……無事じゃなかったよ」
「そうだったか……すまない、意地の悪いことを訊いた」
「いいんだよ、私らがあの子を殺しちまったようなもんだからね」
女将と、そしてマリアも項垂れ、暗い表情を浮かべる。特にマリアは悔しさ滲む様子が明らかに見て取れた。
卑人族の少女の死を知って、クリスは落ち込み、まともに歩くことさえままならぬ状態だった。マリアはクリスを連れ、宿屋の応接間を借り、クリスが落ち着くまで付き添うこととなる。茫然と虚空を見つめるクリスの背中を、マリアは何度も撫でて慰め、言葉をかける。
「ごめんね、クリス」
マリアの言葉に反応して、クリスは涙を零し、ぽつぽつと言葉を漏らし始める。
「……マリアちゃんが謝ることじゃありません。私が、もっとよく考えてあげて、もっといい場所を探してあげたら、きっとあの子は……」
「クリス、無理なことを考えてはいけない。あの子にとって、あの宿屋は他にない好条件の引き取り手だった……確かに今回のような事件に巻き込まれる可能性は高かったが、必ずそうなると決まっていたわけじゃあない。もう少し、あの子が知恵をつけるまで穏やかに暮らせていれば、悪漢の怒りを買うようなことも無かったかもしれない。つまり、何を言いたいかというとだね……」
「――仕方ないことだったのだ、というわけだよ」
言葉選びに迷うマリアの科白を代弁するかのように、声が響く。マリアとクリスが応接間の入り口を見ると、そこにはアルマリオが立っていた。
「正義の味方諸君、哀れな卑人族の少女に救いの手を差し伸べてやった気分はどうだ? さぞ愉快なことだったろう――こうして結果を見てみれば、牧場で悪趣味な金持ちに買われ、愛玩されていた方がよほど幸せで、長生きもできただろうに。卑人族のようなものを受け入れる場所など、総じて全うな場所であるはずがなく、つまり安全も約束されないことは自明の理であったというのに、わざわざ助けて、こんな場所まで連れてきて、リンチにして殺してみたのはどういう趣味があってのことかな?」
「アルマリオ、今は黙っていてくれ」
語りながら近づくアルマリオを、マリアは眼光で牽制しつつ言う。
「クリス――君は気に病むことなど何もない。我己の責任なんだよ、こうなる可能性を知っていながら、そうならないことを期待し、君に何も言わなかった、教えなかった我己が悪いのだ。君はただ、純粋にあの子の幸せを願い、そして最も良い行動をした……その結果起こるかもしれない不幸な出来事、可能性を知らぬままでいてほしい、と願ったのは我己なのだ。全ての責任は我己と――元を正せば、あの牧場で悪辣な商売事に現を抜かした者共と、何もかも分かっていながら、こうなることを望んで仕方ない、勇者とは名ばかりの外道にある」
マリアの瞳に怒りの炎が宿り、これを見たアルマリオは格好だけ降参、とでも言うかのように両手を上げ、嫌味な笑みを浮かべて言い返す。
「外道とは心外だな、俺は真実を知っているだけだ。こうなることを知っていて、それが摂理であるから従ったまでのこと――いくらお前たちが哀れな者を救ってやろうと足掻いても、結局は無駄になるのだ。何人救おうと、あの卑人族のような結末は避けられない。お前たちの救いなど所詮一時の幻に過ぎず、現実に起こる出来事から目を背けた結果享受する、惨めな幸福に過ぎない。真実に幸福たることは不可能なのだよ」
アルマリオの言葉に、マリアは首を横に振りながら言い返す。
「起こる出来事、現実に存在する物体だけを目にしていれば、たしかにそう結論付けられるかもしれない――だが、たとえ何もかも無駄に終わるのだとしても、信じてみたいのだから信じてもいいだろう?」
語りつつ、マリアはクリスの頭を撫で、微笑む。
「心は現実のものでも、世界のものでも、真理や摂理といった超自然の支配者のものでもない。我己の心は我己の、クリスの心はクリスのものだ。内心の幸福を、君ら外部の物体にとやかく言われる筋合いはない。クリスは――このままでいい。結果として報われないのだとしても、誰かが傷つくのだとしても、君が心から本当に善いと思った行いを続けて欲しい。それが我己の内心の幸福であり、願いだ」
マリアの言葉が紡がれるほどに、クリスはその内容に聞き入り、そして思い返していた。エンフェルトに到着して間もなく、マリアと共に路地裏の悪党のグループを始末した時の言葉。
『我己の行いは善い行いであった、それは恐らく誰かの救いとなり、傷となる。故に我己は善い行いをしたとしても、悪人なのだよ。本当の意味での善い行いは、誰にも出来ないのだからね』
今ならば理解できる、とクリスは思っていた。マリアが自らを悪人と断じ、善い行いは誰にも出来ないと語った理由。
「――マリアちゃん」
クリスは弱々しい声でマリアに呼びかけ、その胸元に顔を埋めて隠しながら涙を流し、言葉を振り絞って己の思いを語る
「私、ダメな子です、悪い子なんです。あの子を助けようとして、結局何にもできなかった、助けられなかった……でも、きっと救えたはずなんです。これからも、きっと誰かを、私のできる限りの力で救える時が来ると思います。だからその時は、今度こそちゃんと助けてあげたいから、もっとよく考えて、もっと色々分かってあげて、善い行いができるようになりたい。それで誰かが傷つくかもしれなくても、何にもならないかもしれなくても、そうならないように考えて頑張りたいんです、マリアちゃんみたいになりたいんです!」
クリスの心からの言葉を受けて、マリアは驚き、しかしすぐに慈しむような微笑みを浮かべ、応える。
「我己のようになりたい、というのは頂けないな――君は私よりもずっと優しく、綺麗になれる」
言いながら、マリアはクリスの頭を撫で、精一杯にクリスの不安や後悔を癒やしてやろうとしていた。クリスもまた、マリアの行為に甘え、じっと胸元に顔を埋めたまま震えている。そんな二人の様子に、アルマリオは困惑し、頭を掻きながら不満げな声を漏らす。
「なんだ、仲良しじゃないか、気に食わんな」
アルマリオの冗談めかした言葉には、マリアが冗談で返す。
「そうだ、我己とクリスはとても仲良しで、君はお邪魔虫だ。早々に部屋を出ていってもらえるかな?」
「それはすまない、俺も用は済んだところでね、どうも成果が薄く納得はいかないが、退散させてもらうよ」
言って、アルマリオは応接間から出ていき、ドアの閉じる音が響いた後には、クリスの啜り泣く声と、その頭を撫でるマリアの手が擦れる音、二人の衣擦れの音だけが残った。残響よりも長く、部屋には暫くそんな音だけが響いた。
その後、マリアとクリスは二人で旅の支度の為に街へ出向き、買い出しの為に商店を見て回る。必要なものを買い揃え、清歌の羽根の拠点に戻り、普段よりも豪華な夕食を済ませた。
翌日の早朝には、既に厳罰の法が出立の準備を進めていた。マリアとクリスも合わせて出立の準備を進め、エンフェルトでの最後の朝食を迎えた。
朝食の席に並ぶ料理は、早朝にも関わらず豪華で、普段と変わりなく美味しそうに見えて、クリスには、これからも頑張れ、と言われているかのように思えた。
「マリアちゃん」
「なんだね」
「たっぷり食べて、力をつけましょう。それで、あのアルマリオとかいう変態に目に物見せてやるんです!」
「いい考えだ、よく食べたまえ」
マリアとクリスは一礼し、食事に手を付けるのだった。
第一章は、ここ迄で完結となります。
遅筆故、更新等遅れてゆくことになるかと思いますが、何卒宜しくお願い致します。
ここまでお読み頂いた方は、是非ブックマークをして頂くか、評価や感想等を頂けると幸いです。
今後の執筆の励みにもなり、未熟な私めの文章の改善する為の肥しともなります。
それでは、是非今後共、未き魔王の想起戦線におけるマリアとクリスの紡ぐ物語にご期待下さい。