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未き魔王の想起戦線  作者: 殿海黎
第一章 商業都市エンフェルト
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第五話

 エンフェルト郊外のミューリー牧場を訪れたマリア、そしてクリス。厳罰の法(クルーヴィ・ロア)とは別行動を取る――と言っても、監視役としてアルマリオは同行している。

 三人は並んで牧場の道を歩く。

「――ミューリー牧場を見るのは久しぶりだな」

 言って、マリアが柵の向こうに広がる草原を眺めると、先には純白の、綿毛のような体毛に覆われた動物がいた。羊に近い毛質であるが、外見は羊とは大きく異なり、一見すると犬のようにも見える顔付き、そして長い牙。腕と足は人間というより蛙のような形で、腰を下ろし、手で草や葉を千切り、口に運んでいる。

「……なんだか、気持ち悪い見た目ですね」

 クリスが率直な感想を呟き、マリアも苦笑しながら頷く。

「不気味ではあるが、ミューリーの体毛に需要があるのも確かだ。彼らは雑食性で、肉を本来好んで食べるが、品種改良でほぼ草食に近づいている。草を齧って食べるのは人間で言うと間食のようなもので、エサには大量の牧草が必要となっている。毛が生え変わるのは早いので一匹辺りの効率は良いのだが、高品質な毛が得られるのは短い期間だけに過ぎない。素質としてミューリーが持つ希力(フェルミール)の力は、毛が生え変わるごとに消耗される。本来は身を守る為のものだからね――故に、最高品質のミューリーも数ヶ月でお役御免。取れる毛の質に応じて飼育場所も変わり、商品にするほどでもない毛しか刈れないとなれば屠殺する。ちなみに、親側のミューリーは飼育小屋の中から出ないので見られないぞ。ひたすら子供を産み、子供の中から親に相応しいミューリーを選び、また産ませる。これを繰り返すことで、ミューリー牧場は成り立っている」

「……なんでマリアちゃん、そんなに詳しいんですか?」

我己(わがき)はこれでも魔王だったからな、魔族(ゲルプロウダ)に関わる知識なら程々にある」

「程々、ってレベルですか、今の話が」

「ああ、飼育方法までは知らないのでね、折角だ、この機会に学んでみるのも良いかもな」

 どこまでが冗談なのか、あるいは本気なのか、呆れてため息を吐くクリス。

「楽しんでいる所に悪いが」

 不意に、アルマリオが話を切り出す。

「そろそろ目的となる飼育棟に近づく」

 言葉通り、進行方向には、管理棟と考えても巨大な規模の建物が見えてくる。

「ここにミューリーのハーフが……って本当なんですよね?」

 訝しげにクリスが問う。

「ああ――予測ではあるが、卑人族(アンヴィーサム)の不当労役があるとすればここ以外に無い。建設規模、そして今まで清歌の羽根(オーロ・スラッカス)の目を逃れられていた、という点を考慮するとな」

「どういうことだね?」

 アルマリオの説明に、さらに重ねてマリアが問うと、アルマリオは頷き、詳細について説明を続ける。

「この施設はミューリー牧場全体の管理施設でな、流通の客観的都合上、中立の立場を維持するため、騎士団のような権力ある存在の立ち入りを許していないのだ。無論、王族の敷く法には矛盾するが、この街においては牧場主こそが権力者だ、一介の騎士団であれば、喩え清歌の羽根(オーロ・スラッカス)であろうとも中に入ることは出来ない」

「なるほど……となれば、君がこの施設を訪問出来た理由はどうなる?」

「勇者直々に見学したい、ともなれば断り切れんだろう? 加え、俺自身が取引に興味があるという素振りを見せておいたからな、ブラフとして清歌の羽根(オーロ・スラッカス)に格好だけの牽制もしてやったさ」

「ふむ、君らしい手段だね――だが、そこまでして混血の魔族(ゲルプロウダ)を助けたいと言うのか?」

「さあ、どうだろうな」

 アルマリオは皮肉に笑ってみせ、クリスはそれを横目で睨むが、すぐに視線を外し、まだ見ぬ卑人族(アンヴィーサム)の安否に思いを巡らせるのであった。



 施設入場後、牧場の従業員らしい人間に案内され、三人は一通り建物の中を見学する。一時間ほど掛けて見学が終わると、後は好きにしてくれていい、とだけ告げられ、開放される。ようやく本題、卑人族(アンヴィーサム)探しの始まりだった。

「俺は奴ら職員の携わる施設側を調べる、お前達はお前達で好きに調べろ」

 アルマリオは言い残し、別行動を取る。これを見て、マリアとクリスも行動を始める。

「まずは何処から調べようか」

「それじゃあ、ミューリーの飼育棟の方を調べませんか?」

 クリスは提案し、さらに詳しく語る。

「歩いている時に思ったんですけど、ちょっと外から見た時より施設が小さいかな、って気がしたんです」

「なるほど、一理あるな」

 マリアも同意し、二人で飼育棟を見に行くことに。

 飼育等に着くと、ミューリーの世話、繁殖補助係を務める女性従業員が一人だけいた。注目を集めてしまうと捜索もやりづらいので、マリアが囮役を務める。従業員に話しかけ、ミューリーの生態について詳しく訊く間に、クリスは飼育棟のあちらこちらを調べていく。隠し扉でも何でも、怪しい物が無いかと虱潰しに確認する。

 十数分ほど、クリスは捜索を続けたが、怪しい様子のある場所はどこにも見つからない。マリアが話をして従業員を引き止めるのもそろそろ限度か、という頃だった。

「――逃げろ!」

 不意に、飼育棟に声が響き、その方から一人の男性従業員が駆け込んでくる。

「どうしたんですか?」

「詳しくは分からない……だが、どこかからミューリーが大勢脱走したんだ! それも草食じゃない、肉食だ!」

 ミューリーの脱走、という言葉にクリスが反応するが、どうやら混血ではなく純血のミューリーの話らしい。

 一方で、マリアには肉食という言葉が引っかかった。草食以外のミューリーを、それも大勢と呼ぶ程飼育する理由が無い上、ここは管理施設。草食のミューリーの棟でさえ別棟であるのだから、肉食のミューリーであれば、さらに厳重に分離して管理するべきである。そもそも――肉食のミューリーが飼われている、という説明も受けておらず、ミューリーが飼育されている場所もこの飼育棟のみという話であった。

「肉食のミューリーとは奇妙な話だね、この管理施設ではそんな危険な魔族(ゲルプロウダ)を数多く飼育している、というのか?」

 マリアは男性従業員に尋ねるが、欲しい答えは返ってこない。

「そんなわけないでしょう、肉食なんて飼育する意味がありませんよ! こっちも事態が掴めていないんです……ともかく、ここからは逃げて下さい! 勇者様が防衛線を張っているらしいのですが、なにぶん数が多く、通路も一本道ではありません! ここまでミューリーが襲ってくるのも時間の問題です――!」

 男性従業員は、言い終わると後ろを振り返り、この場から逃げ出そうとする。

 だが――もう、遅い。

 そこには草食のミューリーよりも筋肉質で体格も遥かに大きい生物が佇んでいた。野生で存在するミューリーは、生存競争の為に強い腕力を持ち、瞬間的に素早く移動するための強靭な脚力もある。この膨大で強力な筋肉を維持するために大量の蛋白質――要するに肉を必要とする。故に野生のミューリーは人であろうと魔族(ゲルプロウダ)であろうと襲い、その肉を喰らう、本来ならば凶暴な野生種なのだ。逆を言えばミューリーは大量の肉食により肉体が巨大化し、筋力も維持される。

 つまり――この、男性従業員の正面に居るミューリーは、件の脱走した肉食のミューリーということになる。

「あ、あぁ……っ!」

 男性従業員は怯えて一歩後ずさり、逃げる手段を考えられず、ただ漠然と後退し、この動きにミューリーが反応する。巨大な腕を振り、男性を叩くように掴む。草食のミューリーでさえ、腰を下ろしていても成人男性並みの身長があるが、このミューリーに至っては男性の倍近い高さに頭があった。腕も巨大で、木も圧し折る握力で容易く男性従業員の胴体を握り潰し、男性従業員は即死。そのままミューリーは死体を己の口に放り込み、咀嚼した。紛れも無く肉食で、積極的に自ら肉を求め、狩りを行う姿からは、飼育されていた可能性も考えづらくなる。ほぼ野生種の行動だった。

「――クリスッ!」

 マリアに名を呼ばれてクリスは頷き、素早くマリアの方へと駆け寄ってくる。

「頼む、守護の希力(フェルミール)をこの女性に」

「はい、任せて下さい」

 言って、クリスは目を瞑り、マリアの傍らで怯える女性従業員の胸に手を当てた。すると淡い光が女性を包み込み、光は温度を持ち、女性はこの温度に気付き、クリスとマリアのことを見回す。

「今、守護の希力(フェルミール)を使いました……あと二十分ほどであれば、あの程度のミューリーに襲われることは無いはずです、その内に逃げて下さい」

「え、あの――」

「質問せずに逃げてッ! このままだと死んでしまいます!」

 クリスに怒鳴られ、女性は突如、先程の光景を脳裏に再生してしまう――男性従業員が握り潰され、捕食される瞬間を。

 注意されても尚、女性は動くことが出来なかった。二十分間安全だ、と言われても、身体を恐怖が縛っていれば意味が無く、これを悟ったクリスはどうにか他に言葉を掛けようとするが、マリアに制止される。

「時間の無駄だ。ここで彼女に時間を使うよりも、騒動の根幹を叩く方を優先するぞ」

 言われ、仕方なし、と頷くクリス。既に飼育棟には十数体の肉食ミューリーが入り込んでいるが、これで脱走した数のごく一部であると考えると、この場で逐一殺す、という無駄の間に他の職員が危険に晒されてしまうことになる。女性従業員に関しては、二十分という逃走に必要以上な程貰った時間を有効活用してくれる、と願う他ない。

 二人は判断を決めて駆け出し、通路を塞ぐ邪魔なミューリーに向けて、マリアが炎の塊を生み出し、射出。高熱の火球が無数のミューリーを貫き、焼き焦がし、死体に変えて道を開け、二人はここを駆けて行く。目指すは、ミューリーが脱走を始めた場所――外に向かって脱走しているのであれば、脱走方向を遡れば、自然と深部まで辿りつけるはず。そして安易な予測に過ぎないが、そこには恐らく混血のミューリーに関わる何かがある……と、マリアとクリスは考え、直走る。



 通路を駆け抜けるマリアは、炎の剣を複数生み出し、これを宙へ浮かべて同時に操作。道を阻むミューリーを切り分け、先を進み、この後ろをクリスが追随。マリアが殺さず見逃したミューリーに、可能な限り束縛の希力(フェルミール)を使う。その場に光の蔦で拘束され、全てのミューリーが行動不能になる。こうして道中を完全に制圧しながら、二人は進む。

 やがて、通路途中の壁が破壊された場所まで辿り着く。見ると、壊れた壁の奥には地下へ向かう階段が続いており、ミューリーも地下から出てきている様子。

「行くぞ、クリス」

 マリアが呼びかけ、クリスは頷く。二人は揃って階段を一気に駆け下り、道中のミューリーをマリアが薙ぎ倒していく。炎の剣で切り裂かれ、無数の死体が炎上する。

 やがて階段を降り切ると、そこにはアルマリオが壁に背を任せ、ミューリーの逃走を阻止するでもなく、欠伸をしながらそこに居る。

「――どうして、助けないんですかっ!」

 クリスが声を上げ、咄嗟に強力な守護の希力(フェルミール)を使う。通路自体に守護の希力(フェルミール)を使うことで、これ以上のミューリーが地上に行くことを防ぐ。

「……何だ、もう来てしまったのか」

 不敵に笑いながら、アルマリオは二人を見るが、この態度にクリスは更なる怒りを露わにする。

「貴方がもっと真面目にしていれば、ここの従業員の人は死なずに済んだんですよ!?」

「何の義務で、俺が彼らを守らねばならん――そもそも、ミューリーを逃したのも俺だ」

「なんで! どうしてそんなことをするんです!」

「何故とは愚問だな、愉快だろう? 自らを悪事で――社会への裏切りで成立させる者が、同じ悪の肩書を信頼し、そして裏切りに遭い、死んでゆく。俺はそれが見たくてここに来ただけだ」

「相変わらず良い趣味をしているな、君は」

 嫌味な言い方で非難するマリアだが、その表情は険しい。一方で、アルマリオは気にせず言葉を続ける。

「そろそろお前達にも、俺の旅の目的を教えてやっても良いだろう……マリアよ、貴様は己の罪を清算する為に旅をすると言ったな?」

「ああ、我己(わがき)が魔王としてこの世界に残したもの――世界の負の遺産を、可能な限り潰す。彼らを抱いて我己(わがき)も死ぬ、それが我己(わがき)の望みだ」

「俺はその逆だ。お前の残した負の遺産や、世界に元来存在する全ての悪意を育て、戦争もいずれ起こし、この世界を再び地獄に突き落とす。いいや――本来、世界は地獄だ、取り繕う皮を剥ぎ取り、地獄に住む人間を悪魔に変える。その為に俺は世界を巡り、悪しき世界に更なる悪を伝え歩く。殺し合い、裏切り、奪い、互いに己の利益だけを鑑みることこそが真実であると、真実を貫き通さねば死ぬだけだということを、現実を通して伝承していく――それこそが俺の望みだ」

「そんな……貴方、勇者なんでしょ!?」

 クリスが横から怒りをぶつけるが、マリアはそれを制する。

「やめなさいクリス、彼は戦争が終わって以来ずっとこうだ。いいや――最後に我己(わがき)と戦った時以来、と言った方が良いかな」

「ああ、そして約束したな……俺とお前、どちらが正しいのか、それを証明しようじゃないか、と」

 証明する、という言葉の意図が分からず、クリスはマリアの方を見た。

「クリス――つまり我己(わがき)と彼は、どちらの信念が正しいか争っているのだ。我己(わがき)の信念が正しければ世界は良い方向に変わり、彼の信念が正しければ、世界は悪しき方へと流れる。故に、我己(わがき)も彼も世界を変えようとする。変えることの出来た方こそが、正しいのだからね」

「……わけわかんないです! なんでそんな無駄な争いをしなきゃいけないんですか! 悪いことを罰していく、苦しい思いをする人を助ける、それだけじゃ駄目なんですか!?」

「クリス、それで世界が変わるなら、誰も戦争は起こさないよ」

 言って、マリアはクリスを自分の腕の中に抱き締める。

「すまないね、本当に、この勝負は我己(わがき)の自己満足に過ぎない。しかし、彼の信念を見逃すわけにはいかないのだよ、分かってくれないかな」

「……分かりません! でも、止めもしません、マリアちゃんの旅がその為の旅だったと言うなら、私は黙っています」

 言って、クリスはマリアの腕を振り払い、離れる。

「話は終わったか? 俺はいくら続けてもらっても構わんのだが」

 アルマリオが煽るように言うと、クリスがキッ、と睨みつけるが、これをアルマリオはまるで意に介さず。

「ともかく、今回の俺の目的は既に果たした、後はお前達の目的だ。この先へ行けば、卑人族(アンヴィーサム)の捕らえられている場所まで行ける――肉食ミューリーのエサになっていなければ、だがね」

「……一つ尋ねる」

 マリアが口を開く。

「混血の魔族(ゲルプロウダ)達は、ここで何の為に捕らえられていたのだ?」

「簡単な理由だよ、牧場の定番、毛刈り体験というやつだ――ただ、体験者は牧場の高額融資者限定の会員制、気に入られたミューリーは購入されることもあるそうだ。補足すると、卑人族(アンヴィーサム)の殆どが美しい女性の姿をしていたよ、恐らくあれはハーフよりも、もっと魔族(ゲルプロウダ)側の血が薄い状態だろうな」

「……やはりか」

 マリアは苦々しく表情を歪め、クリスもまた、同じように顔を顰め、そして俯いた。

 人族(アンヴィース)、及び人型魔族(ゲルプロウダ)の人身販売は世界各地どの街でも、王族の敷く法令上禁止されているが、需要は存在する。その隠れ蓑、あるいは言い訳として卑人族(アンヴィーサム)という存在が使われる。卑人族(アンヴィーサム)魔族(ゲルプロウダ)人族(アンヴィース)の混血であり、法の上では人族(アンヴィース)魔族(ゲルプロウダ)のどちらとも定義されていない為、人身売買を禁ずる条文の抜け穴となっている。また、習慣上で卑人族(アンヴィーサム)は人と見做されおらず、人族(アンヴィース)からも、人型の魔族(ゲルプロウダ)からも忌み嫌われている。首都アランザーグ近辺では表面的な差別こそ減っているものの、未だに地方では卑人族(アンヴィーサム)の扱いは家畜以下、忌むべき存在、タブーとして扱われている。

 故に、民族的習慣から抜け出した、資産的な富裕層はこれを利用する。人族(アンヴィース)魔族(ゲルプロウダ)を捕らえ、交配させ、子孫の生産を続け、生まれた卑人族(アンヴィーサム)は社会から人として扱われぬ、家畜以下の存在である為、喩え人身売買が行われていようとも、咎める者も居なければ、法も存在しない。

「早く、助けましょう」

 クリスは言うと、マリアの返事も待たず先に駆け出した。マリアはその背を追い、すぐに前へ出て、地下通路に蔓延る肉食ミューリーを希力(フェルミール)で薙ぎ倒しつつ、奥へと進んで行った。

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