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未き魔王の想起戦線  作者: 殿海黎
第一章 商業都市エンフェルト
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第四話

 応接室を離れ、マリアとクリスは一つの部屋に通された。騎士団の用意した、来客用の部屋だ、とアルマリオが語った。

 清歌の羽根(オーロ・スラッカス)は大規模な騎士団であるらしく、世界各所の様々な都市に拠点を構え、駐在騎士も数多く存在する。多くの騎士団はそのようなことはせず、殆どが王都であるアランザーグを離れず、遠征を行う騎士団も、遠方の都市に拠点を構えるようなこともまず無い。こうして来客をもてなすことが可能な施設を有するのは、清歌の羽根(オーロ・スラッカス)の特徴であり、むしろ清歌の羽根(オーロ・スラッカス)は殆どの団員が各地拠点に駐在しており、遠征も、アランザーグの防衛も殆ど行っていない。

 そして、アルマリオと、アルマリオが率い旅をしている騎士団は、この清歌の羽根(オーロ・スラッカス)とも異なる特殊な騎士団であり、名前を『厳罰の法(クルーヴィ・ロア)』と呼ぶ。

 魔王軍と人族(アンヴィース)の戦争終結後も、魔王軍の残党、情勢に乗った便乗ゲリラ、犯罪組織等が世界各地で活動しているのが現状であり、これらを討伐するために結成された特務騎士団が厳罰の法(クルーヴィ・ロア)だ。清歌の羽根(オーロ・スラッカス)や、アランザーグに存在する数多の騎士団とも異なる目的を持ち、現在もインフェラックスの大規模な犯罪組織社会の壊滅を目指し、目下進軍中、というところ。それが、ちょうどこの街――商業都市『エンフェルト』に訪れ、休息の為に清歌の羽根(オーロ・スラッカス)の拠点に間を借りていたのだ。

 エンフェルトは商業都市と呼ばれるだけあって、非常に商業活動が盛んな都市だが、機械工業や農業は然程でも無く、主たる産業は手工業による製品の売買だ。特に名産として名高いのが、エンフェルトの郊外で飼育される魔族(ゲルプロウダ)『ミューリー』から取れる毛から製糸した糸で織られる織物で、希力(フェルミール)と馴染み易く、丈夫で手触りも良く、世界各地で種族を問わずに愛されている素材である。この中でも、上級のミューリーから採取された毛を、特別な製法で織物に仕上げた布を『ミューリテム』と呼び、人族(アンヴィース)希力(フェルミール)を扱う上で重要な装備の一つとしても名高い。

 このミューリテムの流通を守る意味もあり、エンフェルトには非常に大規模な清歌の羽根(オーロ・スラッカス)の拠点が建てられており、騎士も数多く駐在している。施設は無論、余裕を持って建設されるものなので――マリアとクリスは、この恩恵にあやかることとなった。

 二人が通された部屋は騎士団員向けの質素な部屋ではなく、来客滞在用の上等な一室であった。窓は大きく、枠には貴金属製の装飾が施され、ガラス自体も美しく光を曲げるような加工が成されており、床の絨毯の毛が高く、壁は硬質で美しい紋の浮かぶ白い石、部屋に配置された机や椅子は色が深く、上品な木製の物。ベッドが大きなもの一つだけしか無いことを除けば、半端なホテルよりも充実した設備となっている。

「うわぁ……ここ、本当に私達で使っていいんです?」

 唖然と部屋を見渡すクリスの一方で、マリアは何を気にするとも無く、真っ先にベッドへ腰掛け、背中から倒れ込む。

我己(わがき)も昔は、これよりもっと上等な部屋で暮らしたものだったよ――今思うと、やり過ぎでもあったがね」

 言って、小さく欠伸をし、はしたない顔を見せぬよう、手で口の周りを隠すマリア。

「マリアちゃん、昔はどんなところに住んでたんですか?」

「そうだな……たとえば、この部屋は壁が『オズ鉱石』でできているだろう? 昔なら、これを壁に薄く貼るような使い方はせず、部屋一つ丸ごとがオズ鉱石で出来ていたよ」

 言いながら、マリアはベッドの上をごろりと転がり、壁際へ近づいたら、こつん、と拳で軽く叩く。壁の向こうが空洞になっているのか、軽い音がこおんと長く大きく響く。

「何ですか、そのオズ鉱石って」

「……クリス、本当に勉強を覚える気があるのか?」

「だからぁ! マリアちゃんが一回しか教えてくれないから色々抜けてるだけですっ!」

 ふん、とそっぽを剥くクリスと、これに苦笑し、説明を始めるマリア。

「オズ鉱石というのはね、希力(フェルミール)を弾く効能を持つ鉱石だよ、正確には濃密な希力(フェルミール)を含む鉱物で、故に外部から希力(フェルミール)が入り込むことが出来ず、結果として弾くことになる。地層の特に希力(フェルミール)が強く集まる場所に長い年月を掛けて生成される鉱物で、希力(フェルミール)への耐性が極めて高く、かつての戦争で多く活躍したのだよ」

「へぇ……だったら、世界中このオズ鉱石で家を建てればいいのに。そうすれば、野生の獣型魔族(ゲルプロウダ)の心配をする必要がなくなるんじゃありませんか?」

「残念ながら、オズ鉱石は希少鉱物の一種だ。宝石ほど算出が少ないわけでもないが、無数に家を建てられるほどの産出量でもない。まあ、故にこの部屋でも相当な贅沢をしていることになる」

「……って、マリアちゃんはそのオズ鉱石の家に住んでたんですか!?」

「ああ、というか、城の殆どの部分がオズ鉱石だったよ」

「ブルジョアジーです……」

「そういう無駄な言葉は勉強しているのだね」

 呆れた様子で息を吐くマリアは、そのままオズ鉱石についての話を続ける。

「後は、オズ鉱石は精錬することで『オズ結晶』と呼ばれる物質になる。これは極めて希力(フェルミール)との親和性が高く、内部にも多量の希力(フェルミール)を含有するので、人族(アンヴィース)希力(フェルミール)を使う為、術の補助として活用することがあるな。無論高級品だ、装飾品としても極めて価値が高い。人族(アンヴィース)の間では、ダイヤモンド等の希少な宝石よりも高値で取引されている」

「へぇ」

「ちなみに、君の六歳の誕生日にあげたおもちゃの指輪だが、あれの先端に付いていたものがオズ結晶だ」

「はぁ!?」

 驚きの声をあげ、クリスは一気にマリアへと詰め寄る。

「そんな、初耳です! それにあの時私が欲しいって言ったの、ダイヤの指輪です! あと指輪を貰ったのは六歳じゃなくて七歳ですっ!」

「そうか、七歳の時だったか……まあ、そこはどうでも良いのだがね、当時君があまりにもダイヤの指輪を欲しがっていたものだから、娘可愛さに我己(わがき)もつい頑張ってしまったのだよ。オズ結晶は屈折率、色、硬度、どこを取ってもダイヤのイミテーションに使える代物だ、オズ鉱石を集めて精錬し、リングも我己(わがき)が自ら作り、彫り込みを入れた。このリングに出来上がったオズ結晶を嵌め込み、君にプレゼントしたと言うわけだ」

「そんな……マリアちゃんがダイヤのイミテーションだって言うからてっきりガラスみたいなもんだと思ってましたよ……」

「そうかそうか、ちなみに指輪は今何処にある?」

「なくしましたっ!」

 自棄糞、といった様子のクリス。

「だって、マリアちゃんがそんなちゃんと用意してくれたものだって思ってなかったんですもの。普通におもちゃにして遊んでたら、他の何かと一緒に失くして見つからなくなりましたっ! はぁ……最悪です、そうだと知ってたら、いくら子供の私だって大切にしてたはずなのに」

 言って、クリスもまた、マリアと同様にベッドへ倒れこむ。大きなベッドであったので、二人で寝転がってもまだ広さに余裕がある。

「それは済まなかったな」

 クリスの隣で、マリアが軽い調子で謝るが、これにクリスは不満足そうな表情を浮かべ、問い掛ける。

「マリアちゃん、私がなんで怒ってるか分かります?」

「ん? 我己(わがき)が本当のことを詳しく話さなかったからだろう」

「……もういいです」

 言って、クリスは諦める。大切な母親代わりの人からの贈り物を、それも特に想いの篭った物を、大切に出来なかった自分自身への戒めの怒り――それがクリスの中にある感情であった。だが、マリアがこういった情緒を理解しない、ある種面倒な人間であることは百も承知のクリス。今回のことは諦め、自分は馬鹿であったとして、話を終わらせるしかないと悟っていた。



 二人は部屋で軽い休息を取ると、夕食の為に食堂へと出向く。食堂ではアルマリオと、その鎧と似た色の鎧を身に付ける特徴的な集団が一角を占めており、その中からアルマリオが手招きで二人を呼んだ。

「部屋はどうだった、マリアよ」

「いい部屋だね……少し、オズで出来た壁が薄かったようにも思えたが」

 言って、マリアはアルマリオの隣に用意された空席に腰を下ろし、その隣にも空席が用意されていたので、続いてクリスがここに座った。

「この席一帯の連中が俺の直接の部下、厳罰の法(クルーヴィ・ロア)だ。鎧の色と、右肩に小さく入れた紋が特徴だ、他の騎士団と間違えないよう覚えておいてくれ」

「了解だ、しかし思ったより少人数なのだね」

「ここに居るのは全体の半分以下だ、他は街の繁華街で食事らしい」

我己(わがき)もそう行きたかった所なのだがね」

「まあそう言うな、これから旅を共にする仲間だ、顔合わせは必要だろう――お前ら!」

 会話の途中で、アルマリオが声を張り上げる。それぞれが雑談を繰り広げていた所で注目を集め、厳罰の法(クルーヴィ・ロア)の一同は最初にアルマリオに視線を送り、すぐにマリアの方へと目を向け直した。

「こいつが俺の友人のマリアだ、そしてこのチビがクリス。どちらも客だ、失礼の無いようにしてくれよ」

 アルマリオの言葉に、それぞれの騎士が肯定の返事をバラバラと返し、すぐにマリアへの興味をほぼ全員が失い、中断された雑談へと戻っていく。

「……さて、建前として顔合わせはこれで終了だ、次に今後の俺達の予定について話しておこう」

「丁度いい、我己(わがき)もそこを聞くつもりでいたよ」

「だろうな――明日の予定だが、まずは『ミューリー』の牧場の視察に向かう、これにお前達二人にも付いてきてもらう」

「牧場の視察? どうしてですか、私達、なんのメリットも無いじゃないですか」

 横から文句を、当然の反応として挟むクリス。アルマリオはこれに回答する。

「まず、お前達は俺によって監視されている、というよりも、俺が居るお陰で監視という処遇で済んだと考えたほうがいいだろう、故に俺はお前達から目を離すわけにはいかん。そして明日は元々、予定としてミューリー牧場へ視察に向かう手筈となっていた、これを狂わせるわけにはいかないのでね」

「むう……なら仕方ないですね」

 不服そうに頬を膨らませるクリスと、これに続いてマリアが尋ねる。

「そもそも、君はどうしてミューリー牧場の視察に向かうのだね、そんなものは騎士団の仕事であるとは到底思えん。そもそも、このエンフェルトは清歌の羽根(オーロ・スラッカス)が多数駐在しているのだろう? 牧場の方も彼らが警備しているはずだ、尚更厳罰の法(クルーヴィ・ロア)の出番は無いように思えるが」

「ああ、当然ただ視察すると言うわけではない。実は、清歌の羽根(オーロ・スラッカス)が以前から掴んでいた情報があるのだが――牧場には、ミューリーと人族(アンヴィース)から生まれた卑人族(アンヴィーサム)が飼われている非合法の施設がある、という話があってな、この真偽を確かめる意味合いもある」

 卑人族(アンヴィーサム)、それは人族(アンヴィース)魔族(ゲルプロウダ)の混血から生まれる存在を指す言葉である。本来は希力(フェルミール)を操る力を持たぬ獣を卑人族(アンヴィーサム)と読んでいたが、現代では混血の人を畜生同然、と罵る意味合いを込めて使われる場合の方が多い。卑人族(アンヴィーサム)について語ると長い歴史の話になってしまうが、端的に言えば差別である。卑人族(アンヴィーサム)魔族(ゲルプロウダ)の血が混ざっている為、人間とは外見も、能力も、寿命も異なる場合が殆どであり、こうした異質な存在を、現在でも人族(アンヴィース)は拒絶している。

 ただ、卑人族(アンヴィーサム)もまた人の形をして、知性を持っており、首都の敷く秩序の上では通常の人族(アンヴィース)と同権の存在である。これに逆らう――つまり差別をするということは、王族への反抗である為、騎士団を使って取り締まる場合も多々存在する。

 マリアはなるほど、と真剣な表情で呟く。

「――分かりました、その視察、お手伝いします」

 クリスが、真剣な表情で言う。先ほどまでの不服そうな様子は失せ、今はどこか使命感にでも駆られるような面持ちですらあった。

「そう気負うなよ、クリス」

 マリアはクリスを見て、心配そうに呟くが、クリスは首を横に振る。

「いいえ、大丈夫です」

「そうか……なら、心配はしないことにするよ」

 余計な言葉を掛けることを、マリアは躊躇した。クリスの心中を考え、必要なものは何かと思うと、自然と口を噤むこととなった。

「とにかく、協力してくれるようだな、助かるよ」

 アルマリオが話を戻そうと切り出し、マリアはこれに頷き、言葉を返す。

我己(わがき)の旅にとっても、牧場視察に同行することは有意義なようなのでね、人を人と扱わぬ牧場があると知ったらば、仮に来るなと言われてでも押し通るところだ」

「そうか、何にせよ事は明日の話、今は食事の時間だ」

 アルマリオが言って、視線を動かすと、丁度料理が運ばれてくるところであった。テーブルには料理が盛られた大皿が並び、続いて取り分け用の小皿が各席に配られる。ナイフ、フォークと必要な食器類が全て配られると、騎士団の人間は次々に食事に手を伸ばす。

「ほらクリス、このままだと、お前の分の料理が無くなってしまうぞ」

「そうですね――って、人を食いしんぼみたいに言わないでください!」

「何を言う、気付いたら腹が減った、ぐらいしか言わんくせに」

「自分でお食事の用意が出来ないんですから、仕方ないじゃないですか……お腹が空いたら、空いたって言うしかないんですもの、無力な子供に向かってその言い草は卑怯じゃありません?」

「ふむ、一理あるな」

 思わぬ反撃に面食らうマリアだが、その脇でさっそくクリスが料理に手を伸ばし、欲張って小皿に沢山盛りつけていくのを見て、思わず笑みを零した。

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