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未き魔王の想起戦線  作者: 殿海黎
第一章 商業都市エンフェルト
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第一話

 仄暗く、喧騒から程遠い路地。隅に転がる浮浪者と、悪辣な笑みを浮かべて屯う醜男。貧民街のさらに奥、犯罪者や狂人が流れ着く、真の底辺街。そこに二人――身なりの整った少女が迷い込んだ。

 一人は長身長髪、髪は僅かに赤みがかった黒で、年頃の程よく張った女性らしい体つきに周囲の視線が集まる。だが、女性のひと睨みで誰もが顔を背けた。眼光の袂、瞳の色は左右で異なっていた。片方は夜闇の如く深く暗む黒。もう一方の瞳は――緋色。生き血よりも鮮やかで、外敵に威嚇する獣と見紛うほど瞳孔が細い。この獣性を宿す瞳に怯え、誰も彼女を性の対象として認識不可能であった。むしろ、まるで逆の存在……彼女こそが獰猛な王であり、捕食者であり、支配する存在なのだ、と瞳から悟った。

 その隣を、手を引かれながら歩く少女は、対照的に背が低く、遥かに幼く見えた。顔立ちもあどけなく、恐らくは実際に年齢も離れているだろう。髪も瞳も翠玉のような妖しい緑で、皮膚は浅黒く、柔らかさと健康さを内在させていた。周囲の浮浪者の中には、この少女の方へ卑しい視線を向ける者も居たが、これに少女は礼で返す。相手の下品なニヤつきを見れば分かりそうなことさえ知らない、という様子で、少女はお辞儀し、微笑んだ。

 まるで対照的な仕草の少女二人は、路地の行き止まり――巨大で、不自然に黒ずみ汚れたレンガ塀の前で、突如歩みを止める。そこには背を壁に預け、眠るように項垂れ座り込む男が一人いた。

「すまない、君がこの辺りの目立つ輩を束ねている者だと聞いたのだが」

 少女が――背の高いオッドアイの少女が訪ねる。項垂れる男は顔も上げず、声だけで少女に返答した。

「だとしたら何だァ? クイズが好きでこんな所に来たわけじゃあねえだろ?」

「そうだな……一つ欲しいものがあるのだ」

「お嬢ちゃんは何がお望みだ? 生憎パフェとアイスは売り切れだ、表に戻って探しな」

「それは残念だよ、だが別の物を貰っていくつもりだ、気にしなくて構わない」

 少女は言って――男の胸ぐらを掴む。

「貴様を殺す。是非、家来総出で出迎えてくれ」

 そして、男を路地の伸びる方へと投げ飛ばす。少女とは思えない腕力に驚きながらも、男は冷静に判断を下す。

「――お前ら、ヤレッ!」

 号令。辺りに屯う者共の誰もが少女を敵と認識した。

 少女の背後から、一人の男が剣を手に襲撃し、上段からの斬り下ろしを放つ。だが少女はこれを、半歩身をずらしつつ容易く回避し、男へ近寄り掌底を見舞う。胸部を突く一撃と同時に――緋色の炎が舞い上がり、男の胸部を刳り、打撃の衝撃が骨を砕く。衝炎は脊髄まで貫き、誰の目にも彼の死が確実なものと映る有り様であった。

「……どうした、怖いのか?」

 少女は言を発し、不敵な笑みで挑発した。最初の男の死を見て、少女が超常なる存在であると誰もが悟った。この場には炎を操り、人間をただの一撃で穴の空いた肉塊にする力のある者は居ない。

「テメエ――魔族(ゲルプロウダ)かッ!」

 少女を取り囲む者の中、一人が怒気と憎悪に罅割れた声を上げ、これに少女は頷き、己の胸に手を当てながら語る。

「如何にも。我己(わがき)魔族(ゲルプロウダ)マリア、そしてこの子はお供のクリス」

 称し、少女マリアは傍らの少女の頭を撫でた。

「よろしく、です」

 腰から丁寧に会釈する少女、クリス。顔を上げると、クリスはマリアの方を見て、くすっと笑った。

「マリアちゃん、これからお別れする人に挨拶なんて変ですよ?」

「そうかな、ただ死に至る哀れな者共にも、せめて一瞬の情愛を与えてこそ聖者と呼べるだろう」

「名乗ることが情愛、ですか?」

「人はいかなる環境にあっても人で在りたいと願う。故に『物』として『壊される』よりも、『人』として『殺される』方が幸せというものだ」

「そうですか、では、マリアちゃんは彼らを人として扱うのですね?」

「いいや、彼らは物にも及ばぬさ。下賎なる輩にこそ、礼を尽くす。礼節とはそうでなければならない」

「でも、殺すのでしょう?」

「ああ、だからお喋りはここまでだ。後は無慈悲に、恰も彼ら自身が望んだように、焔の死化粧で弔うのみ」

 語り終え、マリアは――掌を天に向けつつ、片手を前に差し出し、するとそこから火柱が舞い立つ。

 これが――この力こそが『希力(フェルミール)』。超自然的な現象を操ることさえ可能にする、この世界に遍く存在する力。世界の根源は希力(フェルミール)が成し、全ては希力(フェルミール)の力無くして存在することは出来ず、風や光、大地や生命に至るまで、万象が希力(フェルミール)に依存することでこの世に顕在する。

 この希力(フェルミール)を生まれつき操る力を持つ種族を魔族(ゲルプロウダ)と呼び、他ならぬマリアもまた、魔族(ゲルプロウダ)である。

「人よ、己の人生を思い返せ。それが貴様等の犯した罪の歴史だ」

 言葉の終わりと同時に――マリアの掌の上を舞う火柱が荒れ狂う。幾筋にも分裂し、蛇のようにうねり辺りを飲み込む。周囲の男達は逃げも、抗いも出来ず、炎は彼らの身を貫き、焼き焦がした。

 そして――路地には、誰も居なくなった。マリアとクリスを除き、生きた存在は何処にも。

「……さて、今日も一つ良いことをした」

「人を殺したのに?」

 マリアの一言に、クリスが口を挟むが、マリアは同然だ、という表情で答える。

「街の清掃をすると、みんな気分がいい。我己(わがき)は人の形をしたゴミに、必要な道具と手段で対応しただけさ」

「うーん、マリアちゃん、その言い方だと悪い人みたいに見えるよ」

「ああ、私は悪い人だよ」

「良いことしたのに?」

「もちろんさ。いいかいクリス、人の世に、良い行いなど存在しない、人はただ、出来事を起こすのだ。そして起こる全ての有り様を眺め、結果の一部に『良い行い』という名前を付ける。本来なら存在もしないものに名前をつけ、恰も現実であるように振る舞ってみせる。良いという概念で縛り集めるべき何かがあるかのように演じる。やがてそれを本気で信じてしまった時、人は存在もしない『善い行い』というものを、実感を伴いながら行動する」

「えっと、それは思い込む、っていうこと?」

 マリアはクリスに頷き、クリスは自分の解釈が間違いで無かったことに安堵した。

「本来なら、行いには善行も悪行も無いのだよ、確かに存在するのは誰かの行いで傷つく者と、救われる者が居るということ。全ての人を傷つけることも、救うことも出来ない、それが人の行いだ」

「だったら、どうしてマリアちゃんは自分が良いことをしたって言うの? 存在もしないものをやった、って自分で言い張るのは、虚しくないの?」

「何も。我己(わがき)の行いは善い行いであった、それは恐らく誰かの救いとなり、傷となる。故に我己(わがき)は善い行いをしたとしても、悪人なのだよ。本当の意味での善い行いは、誰にも出来ないのだからね」

「さっぱり分かんない!」

「ふむ……ならば、こう言おう。善い行いとは己の祈り、信仰の形に名前を付けただけの話だ。しかし、言葉通りの『善い行い』は誰にも出来ない。故に私は善い行いをしたが、人を傷つける悪人でもあるのだ」

「うーん、分かったような、分からないような」

「まあ、ともかくこんな汚い路地で話し込むことでも無いだろう、戻ろうではないか」

「そうだね、帰ろう」

 二人は言って、来た道を引き返す。

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