表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

間幕 緋色に燃ゆる


 ぱちぱち、とそれは鳴っていた。


 湿気を含んだ生木(なまき)が内側から爆ぜる音だ。熱に煽られ、黒い(すす)を飛ばしながら、まだ青い空を仄かに緋色(あか)く染めて、まるでそういう生き物であるかのように炎は揺らめいている。


 丁寧にあつらえられた大きな木箱を飲み込んで。


 彼が叫んでいる。黒いローブの男達に両腕をすっかり包まれて、それでも身をよじらせ獣の慟哭にも似た声を発する。彼のあんな姿を見るのは生まれて初めてだった。


「よせ! やめてくれ!!」


 彼の悲痛な声が、この広い森の中で響き続ける。まだ間に合うんだ、と涙で揺れる瞳で炎を、そしてその隣に佇む女性を睨む。漆黒の布を身にまとい、人のたけほどの杖に体重を預け、野鳥の仮面で顔を隠した女性は、静かに、くぐもった声で彼へ語りかける。


「よすのは貴様だ、ベルトマン」


 それは、幼子をあやすような、聞き分けのない子供に言って聞かせるような、静かで落ち着いた声だった。


「いま離してやったとして、何をするつもりだ。燃え盛る炎へ飛び込んで、入れ物を抱えてどうする。その前に貴様の身体は壊れる。仮にアレを拾い上げたとして、その中に貴様の望むものはもう収まってはいないというのに」


「入れ物? 違う! まだ、まだ間に合うんだ! あの子はまだ生きている!! 空っぽなんかじゃないぞ!」


「……違う。あれは入れ物だ。過去に生きるのはもうよせ、ベルトマン」


「ちがう!!」


 唇が裂け、喉を剥き出しに彼が慟哭する。右腕を振り払い、左肩を剥がして、それこそ獣のように"あの子"の元へと駆けてゆく。紅く、赤く、緋色(あか)く燃え上がるあの子の元へと。


 向かっていく彼の背へ飛びつき、腕を絡みとるようにして、地面へと押し付ける。行かせるわけにはいかなかった。彼の身体は炎へと飛び込むにはあまりに脆くて、弱い。彼女の言う通りだ。そして私は、彼を失うわけにはいかない。どれだけ汚く罵られようと、それがどんなに耐え難く辛い言葉であっても、彼がいなくなってしまうよりもマシだ。世界でたった独りになるなんて耐えられない。そんなことを考えていたように思う。


 やがて、魂が抜けていくように彼は大人しくなった。虚ろな瞳で炎が小さくなっていくのをただぼんやりと、見ている。


 仮面で顔を隠した彼女が、祈りを捧げる。黒いローブの人達も、花を焚べたり、食べ物を放りこんだり、粛々と進められた。


 儀式は、炎が自然と小さくなり、消えてしまうまで続けられる。箱の中に眠るあの子が、炎そのものとなり、身体(いれもの)を置いて森の中へと帰っていくために。森の魔女バーバヤーガは、野鳥の仮面を身につけ、魂を導く案内人として祈り続ける。


 それは、不気味で、どこか神秘的だった。


 ごうごうと燃え上がる炎が、あの子の身体を食べている。あの子の魂をちぎっては、黒い欠片に変えて森の中へと運んでゆく。


「やめてくれ……」


 しわがれた声が、足元から力なく漏れた。




1




 炎の勢いは少しずつ失われ、やがて黒く積まれた炭だけが残る。その中から、小さな種火が燻っているものを拾い上げ、彼女は取り出した瓶の中へと収めた。


「ベルトマン……」


 彼女は、地面に這いつくばる彼の前に立ち、しばらくじっと見つめていた。かける言葉を探していたのだろうか、そしてそれが見つからなかったのかもしれない。何を言っても聞こえない……それくらい、彼は抜け殻のようになってしまっていた。


「森の屋敷は貴様に譲ろう。しばらく、思い出と暮らすといい。……私は出ていくよ。麓の村に居るから、いつでも会いに来てくれ」


 そう言い残し、魔女は立ち去った。炭の入った小瓶を置いて。あの子だったものを残して。


 これは、緋色の記憶。


 私が、まだ私だった頃の、緋色に燃ゆる記憶。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ