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異世界エンドロールに俺の名を。  作者: ゆまち春
第一章 西部劇――スイングドア
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06 衝突はいつも突然に


 保安官が去った後、お客も白けた雰囲気に飲みなおしを図って別の店へと逃げた。


「今日もこれで店じまいだな」


 空が茜色に差しかかるころに酒場は閉店した。


 またもや鍋一杯にシチューを残したマスターとメイドは、掃除を終えた夕餉の席で残飯処理に追われた。


「今日はありがとう」


 二杯目のシチューを平らげて三杯目をよそってアヤカから顔を背けているときに、マスターは言った。

 それは彼の精一杯の勇気でもあった。


「自由な生き方を否定されたくない。そう考えていたけれど、私は声が出なかったよ。

 情けない。周りの人に迷惑だと言われた瞬間に、私の心は簡単に揺らいだ。

 迷惑になるくらいなら、私が身を引いた方が誰かのためになる」


 それは、よくわかる考え方だ。


 マスターの言ったことは、俺の信念にも等しい。宝くじなら前後賞なくらいに。


「そうやって、誰かのために私は自らを束縛の道に歩もうとしていた。

 引き留めてくれたのは君の強い意思だよ。だから、ありがとう」


 シチューをよそい終えたマスターはそれ以上は何も言わなかった。

 天井から吊るされた小さなランプの明かりの下で、二人は黙々とシチューを食した。


「おやすみなさい」


 自宅に帰るマスターをドアまで見送ったアヤカは、けれど俺に手をかけたままどこへも行かなかった。


 そこは夜風が寒いだろうし、さっさと店内に戻ればいいのに。


 それでも、アヤカは欠けた月に呼応するように、呼吸も止めて立っていた。


 もしも俺が人間だったら。

 生きている人間だったら、こんなにも悲しみの中で泣きそうな子を一人にはしておかないだろう。


 抱きしめられるような男気も、笑わせられるようなユーモアも俺は持ち合わせいなかったけれど。


 それでも傍で、その人のために俺は動いてきた。


 俺が道化になっても、相手のために俺は自身を削る。


 モブでいい。既知の世界でも異世界でも、ヒーローになる主人公は俺じゃない。


 俺と同一の信念を持ち合わせていないこの異世界の主人公は、本格的に冷え始めた寒風に彼女の手が震えてから店内に入っても、やっては来なかった。



「おはよう。アヤカちゃん」

「おはようございます。アルフィーさん」


 そして翌日、酒場はいつも通りの営業を始める。


 ドラマにならなかった一夜を超えて。



――――――




 客入りは上々。


 アヤカという新入りメイドの存在が口コミで広がったことと、保安官に名指しで閉店に追い込まれた酒場で最後の一杯を楽しもうとする輩が押し寄せたため。


 お陰で、モーニングのない酒場は昼の開店から大盛況で、足りない食材は傷んでいなかった昨日のシチューを振る舞った。


 どうせ酒のつまみなんて多めに食えればいいぐらいに思っている連中だ。それは正解で、一日置いたシチューはコクがあってウォッカと馴染むと、なんだかんだそれもはけてしまった。


 昼休憩の時間を過ぎて労働者が席を立つと、入れ代わりにごろつきやらならず者がやってくる。


 労働者を従えるのが仕事だったり、ジャスティスシティに宿泊する商人だったり、闇の世界のバイヤーだったりが飲みに訪れる。


 アヤカの人気はどの時間帯でも落ちぶれることがなかった。化粧が落ちないその美貌と、保安官に勇敢と立ち向かった昨日の訴えから、客から「自由の女神」と密やかに呼ばれ始めた。


 そんな日々が三日と経つ前に、堪忍袋の緒を切らせた保安官が真夜中の酒場に乗り込んだ。


 二日前は保安官が来れば集合体は示し合わせたように口を閉ざしていたというのに、今の酒場では誰も気づきやしない。


 働きづめのアヤカはテーブルとキッチンを走って往来して、新規の客の顔を向くだけの余裕もない。

 マスターも料理とカクテルの作成に神経を研ぎ澄ませ、殴りつけるように開けられたスイングドアの音など耳に入ってこなかった。


 二人の意識がそれぞれの仕事に向かっていなかったとしても、保安官の到来はきっと気づかなかっただろう。


「おい、おめえ三番街の娘さん口説いたらしいじゃねえか。一杯おごれよ」

「ざけんじゃねえ。俺の掘った銀で掘った娘だ。テメエに払う金なんかねえっつの」

「イカサマだ! ジョーカーをお前が持ってるわけねえ!」

「俺があんたいうところのイカサマをしたって証拠はあんのかよ」

「ジョーカーは俺が隠し持っていたんだよ!」

「おい、酒持って来いアカネ」

「いえいえ。アカネじゃないですアヤカです」

「尻だせアカネ!」

「っ。表出やがれこのジジイ。ろくすっぽ働きもしねえで若い女のケツが揉めるとおもうなよ!」

「ぎゃはははは!」

「わっはっは!」


 バブル絶頂の酒場の中は、連日連夜がお祭りだった。


 天井から吊るされたランプは音波で揺れ、窓ガラスは暴動がなくともひび割れそうで、隣の人間の声さえ上手く聞き取れない空間。それでも笑っていればなんとかなる、と。


 営業停止命令を受け着けない酒場のマスターのような心持ちが悪いように伝播していた。



 はちきれんばかりの笑いは、ランプの一つが割れたことで、その日初めて沈まった。


「いい加減にしろ!」


 保安官は、それよりもドス黒い瞳と銃を持って叫んだ。


 ランプの中で燃えていた火種が真下のテーブルに落ちる。灰皿の中で吸殻が強く黒い煙を発した。


 数えるのも面倒なほど大人数の男共が、酒にカードに紙巻き煙草を手にどんちゃん騒ぎ。


 快楽を咎める気はないが、何事にも限度とルールがある。保安官の顔にはそう書いてあった。


「何時だと思っている。お前らは隣の民家が何時に寝るのか考えたことがあるのか。

 お前らが騒いだことで夜を寝れず、明日の仕事に力を出せずに罵られる炭鉱夫の気持ちを知っているのか。

 お前らは今日、猿のように騒いで気持ちよく寝て明日の仕事を休んでもいいと思っているかもしれない。

 どうせ労働者なんぞ、雀の涙の日給制だ。たまにはストレス発散ぐらいに考えているだろう」


「うっせえ! 隣の家のやつが寝られねえからなんだってんだ!」


 ヴァルテと呼ばれていた女性保安官は、ためらわずに酒瓶を片手に怒声を挙げた男の腹を撃ちぬいた。


 噴水のように飛び出る血を見ておぞましいと思う。


 それは俺だけではなかった。皆が皆、腰の銃や商売道具のピッケルを持ち始める。


「そうやって、お前らは我が身のことだけを考える。これだから嫌いだよ、お前らみたいなどうしようもないクズが」


「女だからって手加減しねえぞ」


「生憎だな。私も保安官という職に就いてから、手加減をしたことがない」


「行くぞお!!!!」


 男たちの野太い声が切った火蓋を、抑え込むために、俺は何度もドアを動かした。けれど耳障り程度のドアの音など雄叫びの前には無力で、互いに互いの敵しか見ていない状況では、独りでに動くドアなど話題の種にすら上がらなかった。


 俺が無力を感じているときに、割って入ったのはマスターだった。


 それは、異世界に来たときと同様に、乱痴気騒ぎを止める空砲だった。


 貼り詰めた空気にメスを入れる繊細なタイミングと力強さ。


 血が沸騰した保安官と市民らの衝突に、仲裁に入れたのはマスターだけだった。


「小競り合いの喧嘩なら私は見過ごす。

 私と客はガキとその親みたいな、つまらないことに介入する関係性じゃないからだ。

 だが、そうじゃないというなら。人の命がかかっているというなら。私はそれを見過ごすことはできない。

 正義の街のルールに従って、この場の全員から仕事を奪うまで暴力を振るう。まだ死ぬ気がないなら頭を冷やしてから出て行け。今日は店じまいだ」


 聞き慣れた店じまいのフレーズを残して、腹を撃たれた男を背負って、流れる血でマスターの黒チョッキが汚れることも厭わずに、彼は外へ飛び出した。


 それが墓場ではなく、病院へ行くことは想像に難くなかった。


 誰も動けなかった。


 静かな剣幕に気圧された空気の中で、再戦はできない。


 しかしここで先に逃げることは、双方のプライドが許さなかった。


 時間が経つと固まる粘土のように、酒場はこのまま彫刻になってしまいそうだった。


「はいはい。お水です」


 そんな店内をアヤカが動きまわった。


 銃のトリガーに手をかけた男たちの前を颯爽と潜り抜け、全員にコップ一杯の水を渡す。


「それ飲んで頭冷やしたらお代を置いて今日は帰ってください。閉店業務がありますので

 あ、保安官さんはランプの修理費も」


 まるでアルバイトの店員が夜中に忍び込んだ泥棒に事務的な対応をするような淡泊さだった。


 しかし渡りに船ではあった。


 渡された水を誰しもが口に含み、怒りを喉元から流し落とす。


「ごちそうさま」


 小さな声が連綿と続き、男たちがドアを抜けていく。


 最後に残ったおっぱい保安官だけが、水の入ったコップを割れそうなほど握りしめて立ち尽くしていた。


 アヤカは彼女を無視して、灰皿を一か所に集め、箒と雑巾で足元の土汚れを取った。


「保安官さん」


 同じ場所で微動だにしない保安官に、アヤカは頭を下げた。


「お客様が騒ぎ立てたことは申し訳ありませんでした。

 隣家の方々には明日、謝罪に行きます。

 それから、貰った猶予を大切に使いますので、今日はもう」


 丁寧な所作でお帰りを願っていたアヤカだったが、相反して、保安官はコップの水を零して座り込んでしまった。


「保安官さん?」


 問いかけるアヤカ。保安官の上げた顔が見えた。その瞳は泣いていた。


「怖かったぁ……怖かったよぉ」


 その時、俺は思い出していた。

 保安官は前の世界でシスターだった。少なくとも同じ顔だった彼女は、泣き虫に見えた。


 見た目の年齢からしても、おそらくは二十歳前後。

 勇者や俺より少し上くらい。


 人一人を撃つのは西部劇の世界では重く受け止められないのかもしれない。

 が、どの世界でも共通するはずだ。

 大勢の男に囲まれた女性の恐怖というものは。


 腰が抜けたように座り込んだ白髪の保安官は、滝のように綺麗な髪のように、大きな涙を流した。


「よしよし。頑張ったね、保安官さん」


 アヤカは小さな手で、大きな子供の頭を撫でていた。


「全く無茶するなあヴァルテさん」


 入口の外で、小さなため息と一緒に病院から帰ってきたマスターは煙草を吸っていた。


 キザなやつめ。ニヒルな恰好で喫煙してる場合じゃねえだろ。


 俺はこの主人公にやるべきことを教えてやった。


「ん? ドアが勝手に……。アルフィーさん、帰ってきたんですか?」


「げ。なんで勝手に動いたんだ……。ったく、おちおち煙草も吸えない。

 ああ、帰ったよ。保安官が撃った彼も無事みたいだ。

 数週間は仕事が出来ないとの医者の診断だが、自業自得だろ。

 人の痛みは知れなくとも、自分の痛みならよくわかるだろうからね」


 店内に入ったアルフィーが、崩れ落ちたヴァルテの元に歩み寄る。


 イケメンがおっぱいを介抱するのと入れ替わりに、割れたランプの欠片を箒でかき集めていたアヤカがゴミを捨てるため、外に出てきた。


「星は綺麗」


 アヤカはガラスの欠片を捨ててから、スイングドアの上部を撫でた。


「あんたに力はないけれど、頑張ってたのは見てたよ」


 優しい眼が俺の視線と交わる。

 

 ……こいつ、もしかして俺が入ってることに気づいてるのか?


 その場合、どうなるのだろう。


 そもそも、神様にバレてはいけないと言われたことはない。

 いや、エンドロールに名前が載らない理由を聞いたときに、内密にと言われたんだ。


 誰かにバレてはいけないと。


 じゃあ俺が取れる選択肢は、無弁を貫き通して、スイングドアを演じるだけだ。


「ありがとうね、エロ天使」


 ニヒッと口元を歪ませた。


 そのときアヤカが見せた普通の、過度でも装飾的でもない等身大の笑顔は、俺にここが異世界であることを忘れさせるような気がした。



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