05 保安官の胸が大きい描写はどこで(ry
「店の看板を下ろせ。
近隣住民から苦情が寄せられてるんだ」
賑わう酒場のど真ん中で、保安官はマスターに告げた。
そんな問題解決ハッピーエンドのテンプレ臭が漂うありふれた切っ掛けを。
あの監督、こんなありふれたドラマの撮影のために異世界作ったのか。思考が富豪の娘の道楽じゃねえか。
大学にもそんな奴はいた。馬に乗りたいと言って競馬場を一日貸し切りにするような、コストというものを度外視した常識しか持ち合わせていない世間知らず。
あいつら今、何をしているんだろうか……。
唐突に、自分が感じた感情に寒気がした。
懐かしい、と。
今まで過ごして来た世界にさよならしたみたいだ。
俺が死んだということを、俺はもう受け入れていた。
あっさりと認めてしまったことによる悪寒は、けれどすぐに収まった。
死後はこういうものだと魂が知っていたのかもしれない。
21グラムにこびりついた記憶にあの神様の顔があったのかもしれない。
そんなおセンチな感情も、その世間という人間の集合体も、元を辿ればその脚本家が作っているわけだから、苦い笑いしか出てこない。
そんな冷めた目線だったのは俺だけで、バーテンダーのアルフィーやメイドのアヤカ、昼間から酒を浴びていたジャスティスシティの労働者たちは酒場経営の危機に息を呑んでいた。
お、疎外感。
「待ってください保安官。
いきなり店を畳めだなんてあんまりです。私にだって生活がありますし……」
保安官に抗議するマスターの視線が、バックヤードの不透明な新入りメイドに向いた。
そりゃまあ、店が存続する限りお前を守ると格好良く豪語した二日後に店を畳むなんて喜劇だ。
抗議したマスターに加勢するように、テーブルで息を潜めていた客も声を荒げる。
「そうだそうだ!」
「横暴だ!」
「でか乳揉ませろ!」
さらし首になった人間の頭部を胸に詰めているのではないかというほど大きな胸の前で、保安官の腕が交差する。
「貴様らの首輪が壊れているから文句を言われているんだ。
店の継続を希望するならその首話を誰かが絞めなければならん。
私が直々、これで絞めてやってもいいんだぞ」
保安官が腰からちらつかせたのはコルセットに艶めかしく絞められたくびれ……ではなく、銀色の剥げた手錠だった。
罪の意識さえなければ怖くないと思っていたが、目の前で逮捕するぞと脅されれば、ドアの身であっても身が竦む。
人なら猶更だ。客たちは保安官に撫でられてあっさりと飼い猫になった。
そしてそれは、酒場の味方がいなくなったことと同義だ。
「さあ主人。店を畳むと約束してくれ。
私も鬼ではない。何も空き家にして引き渡せなどと蛮族紛いのことをするわけじゃない。
引き続き君の家で、酒場以外なら花屋だろうと鍛冶屋だろうと何を営もうが自由だ。
勿論、騒音についての制約はつけるがな」
保安官は、味方がいなくなり只一人孤独の酒樽に突っ込まれたマスターに対して、飴と鞭を使い分ける。
人心掌握の手腕が見事過ぎて、惚れ惚れしてしまったくらいだ。
マスターの目の色も、変化する。
従順な飼い犬のそれへと……。
「待ってください!」
酒場に轟く声に、心が掴まれた。
割れたガラスが泣きだすような、甲高い子供の成分が含まれた悲鳴。
マスター変わりかけた瞳の色彩が、優柔不断な元の色へと戻る。
「アヤカちゃん……」
「アルフィーさん。そんな簡単にやめてしまわれるんですか」
訴える視線はどこまでも真摯に、力強い。
一体何が彼女の原動力なのか、誰も知らない。
彼女が初めて姿を現したのはまだほんの三日前だからだ。
そんな彼女がどうして酒場に思い淹れを持つのだろう?
「……誰かに迷惑をかけてまでやることじゃないからね。
アヤカちゃん。キミこそ、どうしてこの酒場のことを思って」
俺と同じ問いかけをマスターがすると、制服を着る彼女は首を振った。
「私はこの酒場に思いいれなんてありません。
ついでに言えば、別にアルフィーさんに惚れてるとか恩義を感じて喋っているわけでもありません」
「そ、そう……」
マスターが肩を落とした反応がどの言葉だったかは気づかなかったことにしよう。知らない間にフラれてやがるあのイケメン。
死人顔のマスターなんて気にせず、彼女は自らと会話するように熱く語る。
「私が嫌なのは、好きでやっていることに文句を言われること。それから、誰かにその自由な生き方を束縛されることです。
そんなのは、他人が決めていいことじゃない」
酒場はそのとき、真の無言の空間だった。誰も、アヤカの強い言葉に頷くことも反論することもできず、胸の内で受け止めていた。
その言葉が彼女のどんな境遇から生み出されたものなのか。
……筋書きには、『メイドヒロイン(貧乳希望)』としか書かれていないんだが。
監督ちゃんとバックヤード用意してあるんだろうな……。
思わせぶりな展開じゃないことだけを祈りながら、酒場で繰り広げられるドラマの続きを観る。
「だから。アルフィーさんが納得しているなら、花屋でも鍛冶屋でもやりましょう私もついていきます。
でも、自由を奪う横暴にあなたが納得していないのなら。
酒場をやりたいと思っているなら、私は声を張り続けます」
その先に続いた小さな声は誰に聞こえただろうか。
入口のドアにまで届いたぐらいだから、全員に聞こえただろう。
でも決して、誰も重く閉ざされた棺を開けようとは思わなかった。
「だから、私は逃げてきたんです」
口を開くことを躊躇われる雰囲気。
咳払いで重苦しい空気を吹き飛ばしたのは、我らが頼れる保安官! おっぱいの大きさは伊達じゃない。
どこぞの酒場の店主様はまだ冷や汗を垂らしながら目を回していました。情けないぞー。
「んんっ。どうしても、自由になりたければ力を持つべきだ」
「力、ですか……」
「そうだ。他の人を凌駕する力を。不徳な者に与える鉄槌を。荒ぶる者を抑圧する正義の拳を。
それらを持たない限り、ごろつきの群れにでもちんけな居場所は食い荒らされる。
嫌なら力をもって示せ。
荒くれ者どもの手綱を引けるようになることだな」
言い終えて、保安官は入口の外に出ていこうとしました。
「あ、待ってください」
マスターは思い出したようにキッチン袖から自宅へ戻り、大皿をはみ出しそうなパイを持って来た。
「これ、作ったけど余ったから持っていって」
「買収に応じるつもりはない。しかもパイ如きで。お前は一体わたしのことをなんだと」
「いや、買収とかじゃなくて。ヴァルテさんの誕生日、今日でしょ。おめでとうございます」
純粋無垢な祝福の気持ちをこめられたパイを、保安官は俯きながら受け取る。
口がもごもごと動いていたけれど、こちらは残念ながらスイングドアには届きませんでした。
お皿を手渡しするような距離にいたら聞こえたかもしれないが、私にはわかりませんね。
ていうかあのイケメン、保安官ルートまであるのかよ。なにこれ。あいつのハーレム開拓史だったの? このバイト辞めたいなあ……。
囃し立てるような口笛が観客から飛んだが、床を突き刺すような苛立ちのこもった革靴の足踏みで静まった。
保安官が足踏みをすると大きな胸も揺れるから、どうにか御客様一同には命を張って囃し立てて欲しい。
それにしても、頭の中の筋書きを読んでみるが、おかしい。
答えのない白紙の答案を見せられているようで不安になる。
『保安官:ヴァルテ』と名前が指定されているが、逆に他の事項はほぼ無記入だ。
誰がためかバストサイズが書いてあるけれどプライバシーの権利によって保護されています。
彼女が誕生日であることなどどこにも書いていない。
これはこの閉店騒ぎのイベントに関与するのだろうか? だが、そんなイベントがあるなら脚本に書いてあるはずだし、何よりプレゼントもお祝いの言葉も述べてしまえば、誕生日にすることなんて残っていない。
俺が不思議に思っている間に、咳払いで恥ずかしさを誤魔化したヴァルテと呼ばれた保安官は、マスターを見ながら言った。
「今すぐに店を畳めとは指導しない。
だが迷惑だと思われているのも事実だ。
自分の店なら責任を果たせ」
「わかった。ありがとう」
「仕事だ」
そういって、保安官は出口に歩いた。
……ん?!
読者諸兄! いや、そんなのいないんだけど。
このドラマをご覧の諸君!
ついに。ついに俺の神髄を発揮するときが来た!
酒場のスイングドアは胸の位置に設置されており、加えて保安官の両手はイケメンが作ったパイで塞がっている。
つまり、ドアを、開けるためには、胸で押し開けるしかない!
ここ数日、特に何をするでもなく酒場を眺めたり夜風に靡いてみたり新入りメイドを脅かしていたのはこのためだったのだ。
保安官が両手を塞いでいることに気づく。
彼女はお皿に載ったパイから漂うリンゴの匂いを愛おしそうに嗅ぎながら、お皿ごと両手を胸より高く持ち上げた。
押しつけられたそれは、大きなマシュマロだった。
服から飛び出そうとしていた胸は、外からの圧力にあっさりと屈服して、媚びるように柔らかさを強調する。
「ん? なんでこのドア開かないんだ……壊れてるのか?」
訝しむおっぱ――保安官の声。
いや、人の頭ほどに大きいおっぱいだ。口があってもおかしくない。
やっぱりこれはおっぱいの声だ!
圧迫してくる肉厚を楽しもうと、保安官が開けようとするドアに逆側から力を加える。
新雪を辱めるようなおっぱいが生む擬音に全神経を集中させる。
ああ、柔らかい。どうして神様はおっぱいを作ったんだろう。なんとなくわかった気がする。男には暴力的な力を与えた。女性を従えるために。女性には柔軟性のあるおっぱいを与えた。男性を虜にするために。
現世では男性のほうが強気に出る。
でもそれはゲームのバランス調整が難しいように、神様も少しだけバランス調整を間違えただけだ。
間違えたバランス調整を、逆手にとるようなことはしたくない。
女性だけが非を受ける不快な思いをするのは、俺だって嫌だ。
だから、新入りメイドのその行為を、俺は甘んじて受けた。
「破ッ!」
おっぱいを押しつけられていたスイングドアに、アヤカの正拳突きがクリーンヒットする。
加えられた力の作用に抗うことはできず、ドアは開いた。
蝶番が壊れなかっただけラッキーだと信じた。というかこいつ、絶対に壊す気で殴りやがった。
「ごめんなさい保安官さん。
このドア、少し(理性の)タガが外れてて」
「あ、ああ、うん。いいんだ。
それじゃあ私は行くよ。お見送りありがとう」
怯えた顔の保安官が馬に乗って去っていく。
酒場に現れた天使だと思われていたアヤカの男勝りな暴力性にマスター含めた酒場の客らが静まり返るなか、誰かに語りかけるように、それでいて呟くような小声で彼女は言った。
「エロ天使」