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異世界エンドロールに俺の名を。  作者: ゆまち春
第一章 西部劇――スイングドア
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04 アヤカちゃん入店しまーす


 アルフィーとアヤカが酒場の掃除を終えたのは日が暮れ切った後だった。


 案の定、住むところもなかったアヤカは酒場の二階に住むことになった。

 自宅警備員という役職を貰っていた。

 アルフィーは酒場のマスターだが、別宅があるそうでそっちに住んでいるらしい。


 嫁入り前の女性ときっちり家を分けるその姿勢は素晴らしいが、これだとサービスシーンがないだろうに。


 そう危惧したのは俺だけじゃなかったみたいだ。


 どうやって暇な夜を過ごそうか考えていたところに、女の子がやってきた。


「よお」

「よお。なんだよ神様」

「バイト中は私のことを監督と呼べ」

「なんだよ監督。暇なのか?」


 手頃な椅子をスイングドアの傍まで運んだ監督は、腰を下ろしてから俺を平手で叩いた。


「たわけ。暇に決まっておろうが」

「暇なのかよ……。つうか叩くな。アヤカさんが起きちまうだろうが」


 ぎいぃと鳴らしている俺でさえ驚くほど大きい環境音だ。

 一人暮らしで家の中からこんな音が聞こえてきたら翌日不動産屋に殴りこむレベル。


「って、お前がいるってことは今はこの世界の時間は止まってるってことか」

「言っただろ。私は時を止められない。それに、時を止めてしまうと夜風も浴びれない。

 コロンブスが発見した大地の風は涼しくていいな」

「お前が作った大地だけどな」

「そうだった」


 本当に気分がよさそうに目を閉じる女の子。もう少し風が入るように、俺は音を立てないように慎重に扉を開けた。


「うっせえ」

「これでも気を使ってるんだよ。

 つうか何しに来たんだよ。風靡を楽しむくらいならドラマが完結した後でいくらでも楽しめるだろ」

「いやいや。アルバイト君にわざわざ演技指導という名の折檻を加えに来ただけだよ」

「さっさと帰れ」


 季節は夏なんだろうか。

 乾燥した空気が流動的に新鮮な夜の匂いを運びこむ。


 青く沈まった空気が監督の赤い髪を揺らす。


 彼女が何を考えているか、俺には全くわからない。


 そりゃあ神様なんて存在を理解できるとは思えない。

 けれど会話は弾んで、楽しい冗談が通じるのに、彼女の思惑はさっぱりだ。


 風に靡く髪を見て、案外刹那的な快楽だけで生きているのかもしれないと思った。


「この後の展開じゃがの。一週間猶予をやる。それまでに話をまとめろ」


 それは指導なんて優しいものじゃなくて、脅迫に近い命令だった。


「できなかったらリセットで、モノローグからやり直しだから」

「厳し過ぎるだろ。ヒットした異世界ループのアニメだって三日毎にセーブポイントあったぞ」

「あんなに何度も人間を生き返らせる位なら、最初から脅して一発でオーケー出させるから。

 それと関係ないけどこのドラマはサクラダリセットを応援しています」

「誰に向かって言ってるんだよ。スポンサーか? まさか天国にまで出資してるのか?」


 茶番終了。


「心配するな。一週間もあれば十分過ぎる。

 何より、私はリセットを滅多に使うことはない。よっぽど筋書きから離れない限りは、人間のドラマとして私は楽しむよ」


 本心なのか判別もつかない彼女の言葉に、俺は鼻を鳴らして答えた。


「可愛くないやつめ。

 一週間後にイベントフラグを建てる。

 それまでに新入りメイドを店に馴染ませておけ」


「俺に出来るとは到底思えないけどな」


 スイングドアにできることは皆無だ。これなら鼠にでも転生しといた方がよかったんじゃないか。


「仕事がないならそれで結構。バイトの報酬は出すから儲けだと思っとけ。

 つばきの生きた時代にはもうどこも"ワイルドウエスト"の世界観を失っていただろう。タイムワープの社会科見学だとでも思っとけ」


 大学生になってまで社会科見学だなんて。


「俺の役割って一体……」


「少しは頭を働かせてみろ。自分の利点を探せ。

 綾香が風呂に入っているときにでも甲高くて鬱陶しい音をぎこぎこ鳴らしてみろ。裸で出てくるかもしれないぞ」


「頭いいな流石監督よっしゃここから本番だ」


「元気なやつめ。まあ、頼んだよ。何の力もなくても、ここにいるなら私よりかは何かができるんだから。

 期待しないで待ってるよ」


 監督は消えた。主のいない椅子だけがその場に残った。


 何かができる、か……。


 まあ、自動ドアにも劣る俺のことだ。

 おそらく何もできないだろうな。


 少々暇だが、メイドになるアヤカさんを見守ってるか。


「そうそう。いい忘れてた」


 消えたはずの神様が戻ってきた。


「眠たくはならないだろうけれど、魂の心理部を閉ざすことはできるから、暇なら閉ざしちゃえばいいよ」

「なんか言い方が怖いんだけれど、要は寝れるってことか?」

「近いね。何かあったら勝手に閉じたゲートが開くから。んじゃ」


 律儀に椅子を片付けて帰っていった。


 つうか勝手にゲートが開くってなんだ。

 それって無理やりにでも起こされるってことなんですかね……。


 電話で叩き起こされる社畜のような生活が待っていることを嘆きながら、俺は眠った。



    ――――――



 誰かの危惧も空しく、修理を終えた翌翌々日から酒場の店員として働き始めたアヤカは、一躍『ベカスカ』の看板娘になった。

 マスターへの畏敬の念や人望は、人気絶頂の若い子娘には勝てなかったよ。


 スイングドアが腕まくりして出張る必要もなく、アヤカはくるぶしまである黒スカートを踵で踏まずに器用に酒場の中を動きまわった。


「給仕の経験があるの?」

「……少し」


 定年退職した老人が日がな盆栽を眺めるみたいに、やおらグラスを磨くマスターが尋ねた時、顔を背けてアヤカは答えた。


 彼女はたまに、どこか遠いところを見ている。


 それは郷愁を想起させる優しい瞳ではなく、未来の地獄を見据えているかのような虚ろな瞳だった。


 ジャスティスシティーのオアシスとまで呼ばれ始めた酒場は昼頃には噂も浸透して大盛況。

 自動ドアなら開きっぱなしの仕事ぶりを見せつけたスイングドアは、その建て付けに不具合が起きるほどだった。


「おいマスター。もうこんなボロ臭いの剥がしちまえよ」


 俺を掴んで客の一人がそう言った。


「そうだそうだ。音はうるせえし、たまに動かすのが硬えし、新品を買っちまえよ。

 アヤカちゃんのお陰で儲かってるんだ。シルバーのドアでも買ってやれよ」


 店は和やかな笑いに包まれるが、俺には生死のかかった問題だ。絶対にやめてくれ。

 ところがマスターは顎に手をやって悩んでいた。


「シルバーか。それも恰好いいな」


 ガキか! 誰が鉄扉のスイングドアなんて欲しがるんだよ。開けるのに片方二トンとか殺人一家の玄関じゃねんだぞ!


俺が目線だけでやめろと訴えていたら、代弁者がいてくれた。


「アルフィーさん。あのドアはあのままがいいです。

 あのドアには天使が宿っていますから」


 新米メイドさんは本物の天使みたいな声音でそう言った。


 俺が新米メイドさんに救われてどうすんだよ……。


 そう思ったが、感謝せずにはいられなかった。


「アヤカちゃんがそういうなら」


 客たちはデレデレしながらテーブルでいつもの安酒を頼んだ。


 男なんてちょろいですね。俺も含めて本当に。


 アイドルメイドさんは今日から酒場でちやほやされながら過ごすのだろう。


 このドラマの脚本家でもある監督が一週間後に起こすと言ったイベントまで、温い日常を俺は見守ればいいのか。

 こんな楽な仕事はないな。ついでに時給一万円ぐらいあればいいのに。


 それでも、事前に何が起こるのか知っておきたい。


 仕事内容の確認をするために頭の中にある筋書きを読む。


 一週間後のイベントまで何があるのか。


 学校給食の献立表を確認するかのような気軽さで未来を知って、あえなく絶望する。


「ヒヒーン!」


 馬の高らかないななきが、酒場の前に止まる。


 酒場の前を歩いていたごろつきらの表情は、乗馬していた女性を見て険しいものに変わる。


 尖ったつばが全方位に向けられたハリネズミのような帽子を被った女性の顔は、帽子が庇になってよくわからない。


 けれど、女性がどういう人なのかは服装から即座に理解できた。


 馬の手綱を軒に括りつけた女性は、俺を柔らかい手つきで押しのけて、酒場の中に入った。


「空いてる席にどうぞー…………」


 振り向いたアヤカの、みるみるうちに声は萎んだ。


 こけた頬の炭鉱夫たちの窪んだ目頭の先には、ふっくら焼き立てパンみたいに贅沢な肉付きをした女性が入口に立っていた。


 銀色にも近い色素の薄い髪の毛は昼の太陽のように輝き、胸のバッジに光沢を与える。六角星の形をしたピンバッジには、ご丁寧に彼女の職業が刻まれていた。


 保安官、と。


「ここの営業主はいるか?」

「私です」


 よそっていたシチューをそのままに、マスターが保安官の前までやってきた。


 マスターが目の前にやってきたところで、保安官が帽子を脱いだ。


 彼女の姿に驚いて、思わず身をよじってしまった。静かな酒場におんぼろスイングドアの嬌声が響く。


 それでも、誰も俺を見ることはなかった。


 彼女に見覚えがあった。


 酒場の中心では前の異世界で勇者だったマスターと、前の世界でシスターだった保安官が対峙していた。


 俺とは別の驚きを持って保安官に注意を向けた客たち。


 剣呑な雰囲気に小さな息遣いまで聞こえてくる。


「私の見分を察しても憶さずに現れた、という認識でいいな」


 高圧的な態度を隠そうともしない保安官。



 マスターと元忍者だったメイドの邂逅から気づいていたことがある。


 この西部劇の異世界と『高見沢の上のアルフィー』の異世界もまた、異世界同士であるということ。

 二つの世界の登場人物が同じだとしても、彼や彼女らは以前を覚えていない。


 彼らがどういう存在なのかは俺にはわからない。


 俺のような死者がキャストとして監督のわがまま映画の撮影に協力しているのか。はたまた、彼ら彼女らは異世界のオブジェクトとして神様に創造された存在なのか。


 創造された存在だとして、神様が作ったそれらは果たして人間と呼べるのか。


 面識のない二人の様子をじっと見守る客たちの前で、保安官は一枚の紙をマスターに見せつけた。


「お前の店では高頻度で乱闘騒ぎが起きている。

 ガラスが割れて窓が割れて、おまけに銃撃の音もするらしいじゃないか。

 近隣の住宅から苦情の旨を数多く受けつけた。

 これ以上は我慢ならないと。どうにもならないなら燃やしてやるとさ。

 私は保安官として地域の安泰を目指している。

 よって平和のために命じよう」


 それは絶望に値する内容だ。

 

「酒場の看板を降ろせ」


 これこそが、脚本家の言っていたこの一週間でクリアしないといけない関門だ。


 なんて……絶望的なまでに、テンプレートなんだ。


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