02 西部劇、はっじまるよー!
荒涼とした大地に、人は街を作った。
荒れ果てた大地に人が根付いた時代。
根無し草だった民族が建国後、その領土を広げようとした蛮族の時代。
土地と資源に名前と持ち主を決めるために躍起になって、命を賭けていた時代。
十九世紀、大西洋側から内陸資源を求めた男たちは山ほどいた。
強制労働者。一発屋。ならず者。一攫千金の夢を見た男たちが集まった。
銀鉱山のある一帯には仕事と金がある。
人の密集地は街になる。
出稼ぎの男たちが住む家。
出稼ぎの男たちを相手に営む店。
営まれる店に品を届ける商人。
銀鉱山の近隣にでき上がった街は、銀の発掘量の多さも相まって栄えていた。
――ジャスティス・シティ
誰かがそう呼んだ。
その街には正義が存在したからだ。
誰も定義できなかったはずの概念を、その時代のその場所では、はっきりと定義されていた。
だから、ジャスティスシティ。
力だけが正義。
これは、荒くれものたちの物語。
そして自らの正義を貫こうとした女の子のお話。
荒くれものにならず者。ジャスティスシティーで名を挙げようとする者たちがこぞって集まったのは、大きくもない大衆酒場だった。
大衆酒場『ベカスカ』。周りを労働者の家に囲まれた二階建ての木造建築の入口にはスイングドア。
扉を開けると煙と安酒と軽いテンポで陽気なピアノが出迎えてくれる。
いくつも並んだテーブル上には、平日も休みも朝も昼も夜も関係なく、酒とカードと紙巻き煙草の山。
紫煙と男たちの帽子の山々の先にはカウンター席がある。
そこでは一城の主が酒を振り混ぜ、ときたまちらりと視線を送り、荒くれものらの一触即発の雰囲気に牽制を入れる。
鉛玉一発で揺らぐ均衡を支える酒場のマスターへの人望は厚い。
彼の名はアルフィー。人に呼ばれるときは専らバーテンのアルフィーと呼ばれていた。
アメリカ大陸二世のマスターの髪は日光に反射する麦色をしていた。屈強な腕っぷしは白シャツに重ねられたチョッキの張り具合からも見てとれる。
二十を過ぎた頃合いのマスターがどうして酒場のバーテンダーをやっているかはまた別のお話。
なんせ……。
「マスター。バーボン四杯だ。負けたこいつのツケだ」
いつもの丁々発止が始まったから。
「ああ?!」
こいつと言われた男がテーブルを叩きながら立ち上がり、対面で笑う男に掴みかかる。
「テメェ。下手なイカサマしかけて勝った気になるなんて随分じゃねえか」
「負け犬はカードの切り方も知らねえみてえだ。そう思うなら保安官殿にでも泣きつけよ」
「バーボンの代わりにテメェの血を浴びるほど飲ませてやるよ」
「んだと?!」
笑っていた男が空だった酒瓶の口を持って、同じテーブルの別の男に叩きつける。
「痛てぇ! ばっきゃろう! なにしやがんだ!」
酒場はヒートアップする。既に他の客は聴衆となって喧嘩の音頭を取っていた。
酒瓶を頭で割られた男が、石を削ったチープな灰皿を笑い男に投げつけた。
既に酔っていた笑い男は偶然にも避けた。そして灰皿は別のテーブルのカードの束を空中に巻き上げ、そのまま客の腹へと突っ込んだ。
酒場はオーバーヒートする。他の客は巻き込まれた喧嘩の一人となって隣人を殴った。
酒瓶に灰皿、足の折れた木椅子に表面が欠けたテーブル。様々なものが酒場の中を飛び交う。
壁に傷がつき窓に穴が開く大乱闘を、マスターはキッチンから眺めていた。
「またか……」
彼はホルスターから銃を抜く。
「ビークワイエットッ!」
森閑撃鉄とジャスティス・シティでは名高いマスターのコルト44口径回転式拳銃。
中身は空砲だが、酒場に響き渡らせるには十分な火薬が詰まっている。
ウェルダンよりも焼けたステーキみたいに焦げた酒場の熱気は、その一発で静まった。
「いい加減にしろ。出禁にされたくなけりゃ出すもん出して今日は帰りやがれ」
お馴染みになったマスターの台詞に怒気はない。だが、彼が撃つときは躊躇わないことを知っている常連は、白けた場から少なく見積もった修理代だけテーブルに投げて店を出た。
マスターが残された酒場の惨状を見て、ため息を一つだけ漏らす。
「また二、三日は店じまいだな」
マスターは瓶の欠片を避けながら歩いた。
酒場の入口には、どんな客でも迎えいれるスイングドアがある。
開くたびにけたたましい音が鳴るそれに掲げられた『OPEN』の看板をひっくり返す。
「よし。ちゃっちゃと直しますか。客も待ってくれてるからな」
マスターは掃除用具を取りにキッチン袖からスタッフルームへと入った。
そこから階段を昇った先は自室になっている。
酒場の喧騒で寝れなくなることがないように、厚い壁で作られていた。
さて、外のざわめきも聞こえなくなったマスターがいる酒場の前に、一人の女の子がやってきた。
二十にも達していない、あどけない顔付のアジア系の女の子の身形はボロボロだった。
開拓地帯に"曰くあり気"な人間などごまんといる。
右を見ても左を見てもそうだ。事情を背負っていない人間は開拓地になどやってこない。
少女は服はボロボロだが輪郭は細く鼻梁が通った綺麗な顔立ちをしていた。
美人で曰くあり気。
惹き込まれる魅力は、裏にスリルが待っている証左でもある。
誰に声を掛けられることもないまま、女の子は酒場の前に立った。
というより、酒場の前で倒れた。
空腹感が食べもののある所まで連れてきてはくれたものの、酒場の看板は『CLOSED』
倒れ伏した女の子は、閉じ切ったスイングドアをぼやけた視界に収めていた。