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異世界エンドロールに俺の名を。  作者: ゆまち春
プロローグ 勇者――の仲間の豚
1/38

御多聞に漏れずトラックに轢かれました

「つまりは、アルバイトということだ」


 御多聞に漏れず、俺はトラックにかれて死んだ。


 近年のサブカル文化のせいで、友達にいじられる死因ランキングナンバーワンのあれだ。


 周りを笑わせられたなら、その死に際は俺らしいのかもしれない。


 死後、感じた痛みも砕けたはずの骨も幻であったかのような気分と体で、


 こちらも御多聞に漏れず、俺は神様の前にいた。

 

「というわけでバイト採用。今日から入れる?」


 で、だ。


 ドーム型の部屋に詰め込まれた赤い調度品。


 生物に見えなくもないぬいぐるみがソファに飾られ、明かりの消えたランタンが高い天井から吊り下がっている。

 

 色彩鮮やかな家具の奥には豪奢な机があり、回転椅子に座って頬杖を突く女の子には窓から光が射していた。


 シャボン玉のように刻々と光の色合いを変化させるステンドグラスから射し込む後光を見て、目の前の女の子の形をした人が神様なのだとわかった。

 本能に根付いていたのかもしれない。

 根源記憶の中に彼女の姿がインプットされていて……。


「おーい、現実逃避してるけど聞こえてますかー?

 シフト訊いてるんだけど。今日から入れる? ていうか人が足らないから、今日から入って」


 命令口調の女の子。

 俺が特殊性癖なら喜んだかもしれない。いや、特殊性癖でも流石のこの状況では喜ぶことはできなかっただろう。


「確認いいですか?」


 この部屋に来てから初めて声を出した。


「どうぞ」


「俺って死んだんですか?」


「死んだ」


 確認事項終了。やっぱりトラックに轢かれて死んだみたいだ。


 そうだよな。だってあれ、すっげえ痛かったもん。野球の硬球なんて目じゃない。いっそ鋼球が突っ込んできたみたいなもんだ。


「ここはどこですか?」


「天国。記憶なくされてたから困るからお前のプロフィールも先に確認するぞ

 名前は斉藤つばき。二十歳。男。家族構成は両親と妹、それと父方の祖父母、母方の父と七人暮らしをしていた。

 間違えはないか?」


 俺のプロフィールと生きていた頃の記憶が一致する。


 女の子は急いた様子で言う。


「もう聞きたいことはないな? 作業がストップしている。それを進めるために、つばきの力が必要だ」


 お前の力が必要だ。


 胸が疼く。俺が一番好きな台詞だ。


「……あんたは神様なんだよな?」


「正真正銘、人間を作り上げて人間に崇められてきた神と呼ばれる存在だ」


 そんなことを言われてしまったら、もう答えはひとつしかない。


 誰かの幸福のために動くことだけが、俺にできることだ。


 神様に目を向けて、強く頷く。


「俺は何をすればいい?」


 神様は口角を上げて笑った。


「魔王城の最上階手前で燻ってる勇者らの尻を叩いて来い。

 じゃあ、始めるぞ」


 魔王? 勇者? え、なにそれ……。


「ちょ、もっとオーダーは明確で具体的に!」


「決まっておる。異世界転生じゃ――アクション!」


 視界はぶつりと途絶える。




――――――




 頬にあたる水滴は、カーテンから漏れる朝陽のように温かかった。


 それが涙なのだと、開いた目線の先で泣いている女の子が語っていた。


 濃いワインのように光沢を持つ黒髪。横に飛び出たサイドテール。流麗な髪の毛は女の子の表情と同様に、とても素直だった。


「目を、覚ました……。生きてる……生きてるよ!」


 サイドテールの女の子が顔をくしゃくしゃにしてから、遠くに呼びかける。


 地鳴りのようないくつもの足音が耳に届く。


 俺は今、地面に横たわっているのだと気づいた。


 なんだか体が動かしにくい。足や手に枷でもはめているみたいに重い。


 高い天井は薄暗く、まるで洞窟の中みたいだ。携帯は圏外だろうなあ。


 横たわった俺を上から眺める二組の目。


「奇跡よ……あんな傷で生きてるなんて奇跡だわ!」


 お胸とか色合いとかお胸が桃色のシスターが俺を見て泣いていた。


 隣にいる男は鼻をぐずらせていた。


「俺はお前が死ぬだなんてこれっぽっちも思っていなかったけどな」


「ウソウソ。アルフィーが一番心配してたんだから。こいつが目を覚ますまで俺はここを一歩も動かないーなんて」


「な! それは言うなよな」


「あはは」

「うふふ」


 そこには安堵を形にした、優しい空気が流れていた。


 もしも問題点があるなら、その優しい空気を醸し出す男女三人を、俺が知らないということだった。


「ほら、いつまでそこで寝てんだよ。さっさと起きろよ」


 精悍せいかんたくましい肉体に男でも惚れ惚れするような凛々しい顔つき。


 鉄の鎧に身を包んだ男が俺に手を伸ばして、俺を呼んだ。


「ボビー」


「……は?」


 腕は動いた。男の手を握り返すことはできる。だが、こいつは俺を呼んでいるわけではなさそうだ。


 だって、俺は斉藤つばきなんだから。


 女二人も男の手を取ることを促す。


「早く早く。いつまで寝てるんだ」

「そうですよ。……ま、まさか、体が動かないんですか?!」


 おっぱいの大きいシスターさんが、俺の身体をあちこち触ろうとする。


 やめて恥ずかしいなんだこの状況。


「動けるから、触らないでいいから!」


「そ、そうですか……」


 仕方なく、男の手を握り返す。彼を支えに立ち上がると、視点の変化に立ちくらみを起こした。


「おっと……な、なんだこれ」


 高い。いつもの視点より三十センチぐらい高いんじゃないのか。

 さっきまで俺を見降ろしていた三人とは、頭二つ分も違う。


「傷は痛まないのか?」


 男は優しい声音で俺に問いかけた。


 傷?


 ……ああ、トラックに轢かれた時の傷か。


「問題ない。神様と会った時にはもう治ってたみたいだ。というか、死んでからって痛みとか感じるのかな?」


 なんともなしに尋ねてみたけど、男の目はビー玉みたいに丸くなっていた。


「神様って、神様を殺したのはもう一年以上前の話だろう」


「は?」


 神様を、殺した?


 あの赤い部屋にいた女の子を?


「殺した? 誰が?」


「俺とお前で。あんな大冒険を忘れちまったのかよ。

 おいボビー。まさか、今から果たす大事な目的まで忘れちまったなんていうなよ」


「……」


 何が、なんだか……。


 俺は今、一体何をしているんだ?


 というか、こいつは何を言ってるんだ。


「なあ、ボビーって俺のことを言ってるのか?」


「当然だろ! まさか記憶をなくしちまったのか……?」


 記憶はなくしていないはずだ。


 ただ、その記憶にボビーなんて名前はない。


 あるのは、日本で暮らして来た俺の名前だけだ。


「斉藤つばきが俺の名前だろ。流石にボビーなんて外人タレントみたいな名前を誰かに名乗った覚えはないけれど。ていうか、その恰好は何?」


 最初から気づいていたが見て見ぬふりをしていた男の服装に質問を入れる。

 

 男はまさに、僕が勇者です! と豪語するような服装だったし、えっちい服のシスターは十八禁のコスプレだし。サイドテールの娘も忍者っぽい服装をしている。


「何言ってんだよ……。お前はボビーだろ?」

「ボビー君はずっとボビー君です。変化魔法を使われた痕跡はありません」

「うんうん。ボビーはボビーだ。その体だって、声だって。私たちの旅の仲間だったボビーだ」


 言われてみて気づく。自身を見降ろして唖然とした。


 俺の体は、まるで豚のような体型。というか、いっそ豚だった。


 声も野太く、小さい頃は聖歌隊でぶいぶい言わせた斉藤つばきの声じゃなかった。



「いや、俺は斉藤つばさだって」



 記憶が、そうだと言っている。


 どうしてこんなことに……。


 記憶の復帰に力を入れたら、明瞭になった出来事があった。トラックに轢かれた後の出来事、あの赤い部屋にいた神様が最後に放った言葉を。 


 そうか。もしかしてこれが異世界転生――。



「カット!」



 脳をかち割るかの如く強い音には、聞き覚えがあった。

 そして、脳に響く大音量の声の主も知っていた。


「キミ。そこのキミ。そこのバイト君。はい、上向いて」


「うわっ」


 上を向いたら、赤い部屋の女の子がいた。


 神様は空を飛んでいた。


「よかった。生きてたのか。殺されたって聞いて驚いたよ」


 俺が胸をなでおろしたのも束の間、その胸を神様は掴み上げた。


「アホか!」


「な、何がだよ」


 いきなりビンタされてしかも罵られた。


 か弱いビンタだった。


 けれど、訳がわからないから怒ります。


 でも、神様の言い分はもっと訳がわからなかった。


「ボビーは魔王の四天王との大接戦の末に死傷を負ったの。なげき悲しみに暮れる勇者一行。このまま旅を続けるか決意できずにいた勇者たち。けどそこで奇跡的にボビーは復活。クライマックス前の泣き落としのシーンなのよ! 目覚めた第一声は大きな声でブヒーと鳴きなさい!」


「そんな頼みをされたのは初めてだ。ていうかブヒーってなんだよ」


「豚だから当然じゃない。ボビーは半人豚なの」


 言うか言うまいか逡巡するが、どうせ俺はもう死んだ人間だ。今更恥なんて必要ない。


「……言っちゃなんだが、異世界転生ってことは俺が主人公になるんだろ。豚が主人公って大丈夫なのか?」


 聞かなければよかった。


 そう思わせるほど、神様は大きな声で高笑いをした。

 

「あっはっはっ。数百年ぶりにこんなに笑ったわ。ああ、そうね。あなたが主人公。はっはっは」


 女の子の姿をしていなかったらさしもの俺でも殴っていただろう。


「久しぶりにたくさん笑ったわありがとう」


 ……でもまあ。女の子が嬉しそうなら、俺の恥と差し引きはトントンなのかもしれない。


 恥なんてもう捨てたからな。ほんとだよ?


「そうね。あなたにはちゃんと説明するわ」


 神様は感謝か謝罪の証として、俺に説明してくれた。


「主人公はこの男の子。金髪イケメン。内面も美麗優秀と文句のつけどころがない子よ。

 その子がドラマの主人公。あなたは補佐よ」


「どうしてあいつらがいなくなったんだ?」


 神様の方を向いている間に、男たちは消えていた。跡形もなく。声も足音もせずに、消えていた。


「気にしなくていいわ。眠ってもらったの。カメラの止まったシーンで役者が動く理由はないから」


 当然だという態度で神様は言う。


「もう一度だけ聞いていいか?」


「なに? 気分がいいから今だけはなんでも答えるわよ」


 にこやか笑顔の神様に尋ねる。


「ここはどこだ?」


「決まってるじゃない。ここは異世界よ」


「はぐらかすのはやめてくれ」


 笑顔はつまらなそうに溶けていく。おもちゃを返してきなさいと言われた子供のように。


「そう、信じないのね。でもここは異世界よ。それは間違っていない。あなたのいた地球とは別位相にある世界」


「カメラとかシーンとかドラマとか言っておいてか」


 俺が思っていた筋書きは単純だ。


「ここは何の撮影所なんだ。どうして俺を呼んだ? トラックに轢かれた後に俺はここに運ばれたのか?」


 トラックに轢かれたが無事だった俺は、拉致されてこの場所にいる。


 そういうことなんだろう?


「半分あってて半分間違い。ここは確かに撮影所よ。私が作り上げた異世界という名の撮影所。

 それでも幸か不幸か、あなたはやっぱり死んでいる。トラックの運転手に引き殺されている。事故だけどね」


「詳しい説明をくれ」


「時間がないわ。あまり時間をかけるわけには行かないの。後でちゃんと説明するから。

 ……今の私を助けられるのは、あなただけなの」


 萎みそうな声で女の子は言う。


 ずるいなあと思いながらも、仕方ないと心の片隅では諦めがついていた。


 魔法の言葉に負けたフリをするのが男だ。


「今度はちゃんと教えてくれ。俺はどうしたらいい?」


「私があなたに望むことはただ一つ。このドラマを終わらせて。

 筋書きを直接あなたの脳に送る。

 始めましょう――アクション!」


 視界はぶつりと途絶える




――――――



 

 頬にあたる水滴は、カーテンから漏れる朝陽のように温かかった。


 それが涙なのだと、開いた目線の先で泣いている女の子が語っていた。


 濃いワインのように光沢を持つ黒髪。横に飛び出たサイドテール。流麗な髪の毛は女の子の表情と同様に、とても素直だった。


「……目を、覚ました。生きてる……生きてるよ!」


 ツインテールの女の子が顔をくしゃくしゃにしてから、遠くに呼びかける。


 地鳴りのようないくつもの足音が耳に届く。


 ――この感覚は二度目だ。


 横たわった俺を上から眺める二組の目。


「奇跡よ……あんな傷で生きてるなんて奇跡だわ!」


 お胸とか色合いとかお胸が桃色のシスターが俺を見て泣いていた。


 隣にいる男は鼻をぐずらせていた。


「俺はお前が死ぬだなんてこれっぽっちも思っていなかったけどな」


「ウソウソ。アルフィーが一番心配してたんだから。こいつが目を覚ますまで俺はここを一歩も動かないーなんて」


「な! それは言うなよな」


「あはは」

「うふふ」


 そこには安堵を形にした、優しい空気が流れていた。


 ――この空気は、俺がさっきぶち壊した以前のものだ。


「ほら、いつまでそこで寝てんだよ。さっさと起きろよ」


 精悍逞しい肉体に男でも惚れ惚れするような凛々しい顔つき。


 鉄の鎧に身を包んだ男が先ほどと全く同じ台詞で、俺に手を伸ばした。


「ボビー」


 構成物質の九割が脂肪で出来ている腕を伸ばす。


 ボビーと呼ばれた俺は男の手を取って、お腹から力強い雄叫びをあげた。


「ぶひー!」


「完全復活だなボビー!」

「ったく。ほんと、あんたは死んでも豚みたいな」

「いいじゃない。うふふ。本当にみんな生きててよかった」


 頭の中にフローチャートのようなものが流れてくる。


 図面的でかつ文章も多い。けれどその全貌を一瞬で掴むことができた。


 これが神様の言っていた筋書きに違いない。


 読む、というより感じる。


 現状の確認をすると、勇者一行は魔王城で四天王との連戦を繰り広げ、最後の自滅技でボビーが死傷。

 ボビーを置いていくこともできず、勇者一行は魔王城の中で魔王を倒す決意を出せずにいた……らしい。


 魔王城で四天王まで倒して魔王倒さないってどんな選択肢だよ。なんで勇者はそんなところで優柔不断さ出しちゃったんだよ。

 大丈夫かこの脚本……まあいいか。


 役者が脚本の心配をしたってしょうがない。


 頭の中に入った情報をなぞって、ボビーのキャラクターを掴んだ。 


 半人豚。元は魔王軍の手下だったが、勇者たちの理念に共感して旅を始める。

 理念ってなんだ、就活生かよこの豚は。

 

 仲間内の雰囲気が落ち込んでいたら、くだらないことを言って場を盛り上げる。

 要するにムードメーカーってことか。それなら楽そうだ。


 筋書きには台本と違って、台詞や動きは一切記されていない。

 ある程度はキャラクターの裁量で動けるらしい。


 その自由に動ける中で、筋書き通りに物語を進めるのが俺のアルバイトだそうだ。


 じゃあまあ、やるか。


「おいらのせいでゴメンだぶひー。でも、もう大丈夫だぶひー」


 俺の――ボビーの目線を、勇者で主人公らしい男に投げかける。


 意図を汲んだ勇者が、言葉を継いで仲間をまとめる。


「ボビーは無事だ。なら、俺たちは先に進める。

 じゃあ、行こうか」


 勇者に頷くシスターと忍者。


 なるほど。ボビーは確かに俺らしい。


 シスターも忍者も好きなのは勇者だ。そして俺は勇者をおだてる豚。


 姿役割は違えど、生きていた頃と同じことをするだけだ。


 勇者が剣を抜いて目前にあった扉に穂先を向ける。


「魔王を倒しに」


「おー!」

「はい」

「ぶひー!」


 ……つうか、魔王の目と鼻の先でグダグダしてたのかこいつら。




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