東京渋谷ストリートハッカーズ4
「よし、遺体を搬送したら署に戻るぞ吉田」
「はい。でも沖田さん、搬送した3つの遺体も全部銃で頭打たれてましたけど、やはりこれも蜘蛛の仕業でしょうか?」
「・・・・・・それはまだ何とも言えないな。蜘蛛は被害者を椅子に座らせて縛りつけるという行為に執着している。そしてその行為をわざとアピールしている。それをしていないという事は蜘蛛じゃない可能性もある」
「じゃあもしもこれが蜘蛛の仕業だとしたら、何で今回は椅子に縛りつけるという事をしてないんですかね?」
「それは少し自分で考えてみろ。いつも言ってるが、常に考えるという癖をつけておけ。そうすれば段々と自分が考えうる中でベストだと思う事が瞬時に導き出せるようになる」
「おーおー、課長にあんなゴリ押しで誘拐事件の捜査許可とって30人も人手使っておきながら、何の成果も出してねぇ奴が何エラそうな事言ってんだ?アメリカ帰りさんよぉ」
沖田と吉田の会話に皮肉丸出しの口調で口を挟んだのは警察学校時代、沖田と同期だった川島だった。
「ちょっと川島さん、そんな言い方しなくてもいいんないですか?」
「うるせぇ、お前は黙ってろ」
「川島・・・・・・お前の方はどうだ?蜘蛛の動き何かわかったか?」
「さっぱりだぜ。ここに来りゃあ頭ブチ抜かれた死体があるってゆーから来てみりゃあ、他に手がかりになるものは何もありゃしねぇ。しかも今回は椅子に縛られてねぇっていうじゃねぇか。これじゃ蜘蛛かどうかもわからんぜ。お前らは誘拐事件なんて当然とっくに解決したんだろうな?」
「いや、誘拐に使った車両とかいくつか手がかりは見つけたんですが、決め手はまだ・・・・・・」
「ハッ、そんな事だろうと思ったぜ。プロファイリングだか何だか知らねぇが、30人も使ってこれじゃ当てになるもんじゃねぇなあ?指揮官殿よぉ」
「ちょっ、川島さんいくら何でも言い過ぎですよ。沖田さんのプロファイリングが解決に導いた事件は数え切れないくらいあるんですから」
「吉田よせ。悔しいが今回は川島の言う通りだ。この非常時にこれだけの捜査員を動員して結果を出せてないんだ。何を言われても仕方ない」
「そんなぁ・・・・・・」
吉田はあからさまに納得がいかないという表情で沖田を見た。
「チッ、お前のそのクレバー気取りの無感情なところも気に入らねぇんだよ」
「オイオイ、こんな非常時にいつまで俺に絡む気なんだ?ずっと聞かないようにしてたがお前もしかして俺の事が好きなのか?」
「ああ!?」
ずっと鋭い目つきだった川島の目つきが更に鋭くなり沖田を睨みつける
「子供の頃よくあっただろ?好きな女に好きなのに泣かしたり意地悪したりしちまうってやつ。そんな感じか?」
「テメェ!ふざけた事言ってんじゃねぇ!くだらねぇ!俺ぁもう行くぜ」
「ハハ、そりゃ冗談だけどな、これは冗談じゃないぞ。誘拐事件は恐らくもう解決してる」
「ええっ!?どういう事ですか沖田さん!?」
その場を去ろうとしていた川島の足が吉田の反応と同時止まる。
「どうもこうもない。要するに俺達警察より早く正確に動いて事件を解決した者がいるって事だ」
「何だと?」
川島は再度沖田に歩み寄り沖田の胸ぐらを掴む。
「テメェ何言ってるかわかってんのか? 警察以外のモンがテメェの指揮下で動いてた30人の捜査官達より早く正確に事件を突き止めて解決したってのか?」
「ああ、そうなるな」
「どこのどいつだ?そのナメた野郎は?」
「恐らく四門恋太。お前も名前くらい聞いた事あるだろ?」
「あの野郎か・・・・・・何であの野郎だとわかる?」
「誘拐に使われた車両が見つかった地下駐車場の方向に向かっている連中を見たからな」
「見た?何だそりゃ?ナメてんのか?それだけじゃ証拠でも何でもねぇじゃねぇか」
「あとはプロファイラーとしてのカンってやつか」
「カンだと?お前寝不足で頭ボケてんじゃねぇのか?お前がこんな状況でそんな証拠にもならねぇ事を軸に動くなんてな」
「違う・・・・・・沖田さんは確信があるはずだ。多分四門恋太が川島さんに狙われないようにワザとこんな言い方を・・・・・・。課長に話した以上四門恋太の事は遅かれ早かれ川島さんにも知られる。川島さんは口は悪いけど検挙率ならあの沖田さんにも引けをとらない優秀な捜査官。狙った獲物は餌に喰らいついた鮫みたいに絶対に逃がさない。多分沖田さんは四門恋太を泳がせて利用するつもりだ・・・・・・それを川島さんに邪魔されないように・・・・・・」
「四門恋太だか何だか知らねぇが、数年前に不良共の頭だったってだけの野郎が今更出てきて何ができる?もしもまたその野郎に会ったら伝えておけ。俺の邪魔しやがったらテメェからブチ込んでやるってな」
「・・・・・・伝えるのはいいがお前も忘れない方がいいぞ。警察が誘拐事件というホームグラウンドで警察以外の者に先を越されたって事をな。もちろん俺が責任をとるが、蜘蛛といい黒木の件といい、このままズルズル行けば警察は負けるぞ」
「・・・・・・上等じゃねぇか。どいつもこいつも必ず俺がブチ込んでやる。どんな手使ってもな」
まるで敵を見るように沖田と吉田を睨みつけると川島は去って行った。
「はあぁ、相変わらず怖いですね川島さん。川島さんが来ると空気がガラッとかわりますよね」
「川島はあれでいいんだよ。あいつは検挙率からもわかるが、名前だけで犯罪者や裏社会の連中を震え上がらせる。そういう奴は必ず必要なんだ」
「でも怖すぎますよ。味方でも容赦なく噛み殺すって感じで」
「ハハハ、アイツは昔からそうだからな。まぁ気にするな。口と態度は悪いが優秀な刑事だ」
「わかってます。それと沖田さんさっき責任とるって言ってましたけど、どうするつもりなんですか? まさか捜査を降りるなんて言わないですよね?」
「そんなワケないだろ。蜘蛛と黒木、この二つの捜査は誰が抜けても駄目だ。だからそんな責任の取り方はしない」
捜査から降りないという沖田自身の意思を聞き、吉田はそれ以上責任について聞くのをやめた。捜査は降りないと言った沖田だが、意思が固く、責任感が強く、中途半端を嫌う沖田の性格や人間性を理解している吉田はホッとした反面、それ以上聞く事が怖かったのだ。
三人の遺体を搬送し、現場を出た沖田は捜査中の捜査官達に撤収命令を出し、渋谷署に引き上げた。
「課長、そんなワケなんで川島にはあまり四門恋太の事を印象付けないでもらえますか?アイツに喰いつかれたら味方の我々でさえ逃がすのは難しいですから」
沖田は苦笑いをしながら言うとワイシャツの胸ポケットから手帳を取り出し自分のデスクの上に置いた。
「それはいいが、誘拐事件を解決したのが四門恋太というのは本当に間違いないのか?」
「はい。十中八九間違いないはずです」
「しかしなぜ誘拐事件が解決したとわかる?」
「口で表現するのは難しいですが、我々があのビルにたどり着く少し前、急に街が落ち着いたんです。そしてあのビルに入ったら3人の遺体と屋上で何か起きてたであろう痕跡。何より屋上へ繋がる扉の破損具合。あれは屋上に行く為に破壊しようと試みた証拠です」
「しかし屋上のすぐ下のフロアには3人もの死体があったんだぞ? それに気付いていながら屋上へ行ったというのか?」
「そうなりますね」
「信じられん。普通ならすぐにその場から逃げるか、警察を呼ぶかのどちらかだろう」
「その通りです。恐らくそんな現実離れした状況に遭遇しても、逃げる、警察を呼ぶ、といった事ができない理由があったんでしょう」
「・・・・・・・・・・・・どんな理由だろうがそれにしても精神力が強い奴だ。その状況で屋上に繋がるドアを破壊しようとしたのも四門恋太だとしたら、何としても屋上に出るという意思の強さがうかがえるな」
「はい。死体を見つけた時はさすがに引き返そうとしたはずです。しかし四門恋太は引き返さなかった。恐らく犯人と接触したと思われます。そして被害者が屋上にいると知り屋上に向かった」
「まさか殺人犯かもしれない犯人と衝突したのか?」
「恐らく・・・・・・」
「その誘拐犯と3人の死体の関連性は?」
「それはまだわかりません。その状況であれば、殺人と誘拐共に同一犯の犯行と考えるのが普通ですが、まだ何とも言えません」
「そうか・・・・・・殺害方法は銃で頭を撃ち抜く蜘蛛と同じ方法だ。椅子に縛り付けてない事を考えると犯人は蜘蛛を模倣した別の人物なのか?」
「それもまだ何とも。ただ一つ確かなのはあのビルに誘拐犯と被害者がいる事を突き止めた四門恋太が被害者救出に向かい、誘拐犯と衝突して事件が収束したという事です」
「・・・・・・・・・・・・もしもお前の考えが全て当たってるとしたら結果はどうなる? 四門恋太と犯人どっちが勝ったんだ?」
「・・・・・・・・・・・・勝ち負けで判断するなら6対4で被害者の救出に成功した四門恋太の勝ちでしょう。しかしあのビルに犯人の姿がない事を考えると犯人には逃げられたのだと思います」
「なるほどな。その逆の可能性はないのか? 被害者を救出できずに犯人にも逃げられるって最悪のパターンだ」
「恐らくそれはないでしょう。もしも被害者の救出に成功していなければ、まだ街は落ち着いてないはずです。あの街の落ち着き方は仕事を終えた時のような感覚に近いものです」
「そうか・・・・・・四門恋太が動いた理由を考えると、誘拐された被害者が彼の友人や知人だったからだと容易に推測できるが、問題はその被害者が誰なのかという事だ」
「はい。それがわかればさっきも言いましたが必ず蜘蛛か黒木病院の後継ぎの捜査の進展に繋がります。それだけにこの誘拐事件、先を越されたのは相当な痛手です」
「四門恋太に直接聞くしかなさそうだな」
「はい。でもアイツは絶対に我々に話す事はないでしょう。もし話せるのであれば、誘拐事件が起きた時点で我々に協力を頼むはずですし、現に遭遇した時アイツは我々に協力を求めてきませんでした」
「じゃあどうすれば四門恋太から情報を聞き出せる?」
「・・・・・・今日接触してハッキリわかった事があるんですが、アイツは心理戦のスペシャリストです。小細工や騙しは多分通用しません。かといって向こうにも何か事情がある以上、正攻法で聞き出すのも無理でしょう。アイツから情報を聞き出すには心理戦の駆け引きで真っ向から勝つか、泳がせて少しずつ情報を盗むしかないでしょう」
「心理戦のスペシャリストとは?」
「正直正確にはわかりません・・・・・・わかりませんが、アイツは見た目や噂とは裏腹に人の感情や心理を巧に利用してきます。今日接触した時も駆け引きであっさり負けました。俺がどんな人物なのか探ったんだと思います。全く警戒してなかったというのもありますが、そんなのは言い訳です。もしも四門恋太が蜘蛛だったら俺は今日死んでました」
「アメリカであらゆる訓練を積んで犯罪心理学とプロファイリングの部門で首席のお前が駆け引きで負けた? 一体奴は何者なんだ?」
「ただのらーめん屋ってワケじゃなさそうですけどね。不思議な奴ですよ」
「何を笑ってる? 四門恋太と何かあったのか?」
「笑ってる? 俺が?」
自分が笑っている事に気付いていない沖田は何かを確認するように自分の顔を触り、再度笑みを浮かべた。その様子を見ていた山田は以前沖田が同じ事をしていた時の事を思い出していた。十数年前、沖田はある外国人麻薬組織の捜査中、自分の指揮下で潜入捜査をさせていた部下が殉職するという事を経験している。
潜入捜査が露見し、麻薬組織にも逃げられ、部下を殉職させてしまった沖田は責任をとらされ捜査を外される。捜査を外された沖田だが、真相を探るため単独で行動を開始した。なぜ部下が殉職したのか?その捜査を進めていく内に、内部の裏切りによる潜入捜査の露見という真相にたどり着く。
捜査を外され何の権限も持たない沖田は、裏切り者を探し出す内部捜査を単独で行うには無理があった。
裏切り者を探し出すには内部に精通し、情報を操作できる権限がある者の協力が不可欠と判断したは沖田は、その事実を唯一信用できる山田にだけ話し、山田の協力を得て裏切り者を探し出す極秘の内部捜査を行う事ができた。
沖田と山田は慎重に内部捜査を進め、裏切り者を突き止める事に成功する。その時に沖田は先程と同じように自分が笑っている事を確認するために顔を触るという行為をしていた。
結局裏切り者は口封じで殺され、沖田に協力した事がバレた山田は沖田を庇い組織としての責任を問われ左遷された。
山田の左遷を聞いた沖田は、自分を信じて協力してくれた山田への大きな借りを返す為に単身アメリカに行く事を決意する。
そして数年後、アメリカから戻った沖田は自ら志願して復職した山田の元へ戻り、アメリカで身につけたプロファイリングで多くの事件を解決に導き、山田への借りを返した。」
しかし、沖田は山田から受けた恩を今も忘れていない。山田もまた沖田への信頼は少しも揺らいでいない。この2人は警察という鉄の組織の中で鉄よりも堅い絆で結ばれているのだ。
「それで四門恋太への対応はどうする?」
「そうですね・・・・・・アイツが何か情報を掴んでいるのは間違いないですから、監視をつけた方がいいでしょう。ただ半端な監視や半端な尾行はこの渋谷ではすぐに気付かれます。この渋谷はアイツの庭みたいなものですからね。街のちょっとした空気の変化もすぐに感じ取ります」
「そうか、それならこっちもスペシャリストで対応するぞ。三神と桐谷を付ける」
「なるほど。あの2人なら安心です。でも山さん、蜘蛛の捜査に戦力を集中しなきゃいけないこんな時に、何で黒木病院の後継ぎの捜索をウチのチームを分散してまで平行して行うんです? 山さんの命令だからやりましたけど、理由も聞かされずはっきり言って納得できないですね」
「仕方ないだろう。優秀なチームを当てろと上からの命令だ。だが本当の狙いは彼の父親だ。俺も詳しい事は聞かされてないが、今まで起きた多くの不審死に関わりがある人物という話だ」
「不審死ですか・・・・・・確かに放ってはおけないですが・・・・・・」
「まぁこの件に関してはあまり深く考えるな。蜘蛛が野放しになってるこの状況を知っていながらの命令だ。上にもよほどの事情があるって事だ。こういう事を引き受けて上に恩を売っておけば後々必ず色々と有利に働く時が来る。俺にとってもお前らにとってもな」複雑な表情をしていた沖田とは対象的に山田はニヤリと野心的な笑みを浮かべた。
「ハハハ、山さんそんな事堂々と言って誰かに聞かれたら大変な事になりますよ?」
「いいんだよ。今俺達以上に結果を出してる奴らがどこにいる? 俺はお前が率いる最高のチームを指揮してまだまだ結果を出し続ける。俺が上に行った時、他の連中が何も言い返せないくらいな。『今は』その時期だ。お前はどうなんだ?やっぱり上に行く気はないのか?」
「ハハ、何回聞かれても同じですよ。俺は上に行くつもりはありません。犯罪をあばいて止める事ができるのは現場だけです。だから俺は現場にこだわっていきますよ」
「それがお前の信念か・・・・・・いつまでそれを貫くつもりだ?」
「もちろん死ぬまで」
沖田は即答する。
「ハハ、死ぬまで刑事はできねぇよ。いくらお前でもな」
「ハハハ。ですね。じゃあそれくらいの覚悟でやるって事で」
笑い合いながらも沖田の眼は真剣だった。
「わかってるよ、お前の信念は・・・・・・必ず俺が上に行って道を作ってやる。だからまずは害虫退治だ」
山田の言葉に力強く頷いた沖田は改めて気を引き締め、頭のスイッチを戦闘モードに切り替える。
時計の針もいつの間にか日付を変え30分を過ぎようとしていた。山田が害虫と呼んだ蜘蛛。その蜘蛛が動き出すと重森に言われた日に突入したのだ。
その事に気付いた沖田は山田の真上に掛かる壁掛け時計を指差しその事を山田に伝える
「わかってる。お前の後ろの時計で見えてるよ。害虫が動き出すんだろ?」
「はい」
「神出鬼没の害虫を退治するにはまず何をすればいい? 川島のチームすらまだ手掛かりさえ掴めてない状況だ。半端じゃない奴らだぞ」
「まずはまた今までの4人の被害者達の共通点を徹底的に探すんです。どんな小さな事でもいいんです。必ず何か共通点があるはずです。それともう一つは四門恋太に紹介された重森をマークします。蜘蛛が今日から動き出すという情報を重森に与えた人物を探るんです。その情報が本当ならその人物は間違いなく蜘蛛に関係がある人物という事になります」
「そうだな。重森の情報が本当でも嘘でも、蜘蛛の情報を重森に与えた人物が新たに浮かび上がってきた事は一つの進展だ」
「はい」
「よし、じゃあまずはその2つを徹底的に調べるんだ。それと重森が情報屋としてどの程度のレベルの人物なのかも調べろ」
「わかりました」
「ただ、四門恋太と重森は我々に情報を提供してくれた協力者だ。彼らの身辺に迷惑をかけるような捜査は絶対に避けろ」
「了解」
「沖田さん大変です!」
突然会議室のドアが勢いよく開き、吉田が必死の形相で飛び込んで来た。
「どうした!? 何があった!?」
沖田が反応するより早く山田が叫ぶ
「蜘蛛です! また蜘蛛の犠牲者が出ました!」
「何だと!? 日付が変わってからまだたったの30分だぞ!」
山田が叫び立ち上がった勢いでパイプイスが倒れる。「吉田、現場はどこだ?」 冷静な応対をする沖田を見て吉田も落ち着きを取り戻し、状況を説明する。
「課長、ウチの管轄です。すぐ行ってきます」
「よし、頼む。四門恋太と重森の方は朝になったら捜査を開始するぞ」
こうして渋谷署はまた慌ただしく動き出した。そしてこの瞬間、警察と蜘蛛の本当の戦いが幕を開けた。




