38:試験官
百聞は一見にしかず。
実戦においてもそれは同じである。よって、ダオスはこの絶好の機会に無駄にはしない。安全地帯から一方的に嬲り殺しに出来るのだ。しかも、相手は勇者適性を持つかも知れない者の仲間。滅多に無い機会である。
身体能力が向上したシャーリーではあるが、ダオスが作り上げた溝に落ちてしまえば這い上がる事はできない。魔法が使えれば難しくないが、"沈黙"によりその手は封じられている。加えて、時間を掛けてよじ登ろうとしてもダオスが妨害してくることは明白なのだ。
「今、貴様は、こう考えている。アレンサーが助けに来てくれると」
ダオスの指摘は図星であった。
探索者として活動している以上、シャーリーとて危ない事は幾度もあった。だが、それも全てアレンサーと乗り切ったという過去がある。その為、今回のような絶望的な状況であっても、同じく乗り越えられると信じていたのだ。
大事な事だが、勇者適性を持つ者とて限界はある。確かに、思い人の為なら時に奇跡に近い事を起こす者もいるが、奇跡とは安くはない。対価が必要になる。その対価を支払ってでも助けたい存在……そうで無ければ意味が無い。
「当たり前よ!!」
シャーリーがアレンサーを信じ、愛する心は本物だ。
アレンサーはどうだろうか。化け物と出会う前までのアレンサーならば、仲間の危機を察知して戻ってきただろう。命の火が消えそうな、弱くもろい存在を見捨てて戻ってくるだろうか。ソレが出来るならば、最初から化け物など助けていない。
それに、世の中には、大人の女性より、美少女の方が好きな者だって数多く要る。アレンサーとて男だ。シャーリーが居なくても困る要素がなくなれば、美少女を新たに仲間にする事だって十分にあり得る。
「不可能だ。貴様が信じて送り出した事に加え、化け物を見捨てて帰ってくるような性格ではあるまい。……"暗闇"」
ダオスの状態異常魔法により、シャーリーの視界がふさがれる。視界を塞がれて、まっすぐ立っている事は難しい。その為、床に手をつくような姿勢を取っている。逃げる事も出来ず、視界まで塞がれてしまい手も足も出ない状況へと追い込まれていた。
だが、まだ起死回生の一手がシャーリーにはある。
視界が生きている時に確認した溝の幅、そして強化されている身体能力。ソレを加味して、ギリギリだが飛び越えられると判断していたのだ。後は、ダオスの正確な位置を掴めば不意の一撃で逆転できると。
「同じ状態異常魔法の使い手として、ここまで差が出るとは全く凄いわね。まぁ、"誓い"なんて願い下げだけどね」
「貴様とは年期が違うからな。では、実験を始める。強化魔法を重ね掛けしている対象のデータは、取れる機会が少ない。貴様の死は無駄にはならない」
その瞬間、シャーリーは死を予感した。
もはや、相手の位置など探っている暇など無い。今動かねば、その機会すら奪われると本能で理解したのだ。決死の覚悟をもち、シャーリーはダオスの声がする方へと飛び込んだ。
「っ!! 一か八かぁぁぁーーー」
その様子にダオスは失望していた。
あまりにも単調な行動であり、期待を悪い意味で裏切られたからだ。この状況下に置かれた者が、命をチップとしてやる行動にしてはお粗末過ぎる。無防備で飛びかかって、ダオスが仕留められるのならば、誰も苦労はしない。
「貴様には失望した。もう、用は無い……"睡眠"」
メジャーともいえる状態異常魔法。その為、重要性を忘れがちである魔法だが……実に凶悪な魔法である。睡眠とは人が必要とする物であり、ソレを退けるのは非常に難しい。
決死の覚悟の行動もダオスの状態異常魔法の前に、簡単に破れた。そして、そのまま深い溝への落ちていくシャーリー。余程打ち所が悪くない限り、強化魔法を掛けているので死にはしない。
「そん……な。まだぁ……」
溝の底で無様な姿をさらして寝ているシャーリーに対しても、ダオスは容赦しない。
狸寝入りや何かしらの拍子で目が覚めるかも知れない。あらゆる不安要素を排除する為、確実な死を与えるまで、安心しない。これが、ダオスの強さの秘密でもある。
「かの者に目覚めぬ夢を……"悪夢"」
夢の中は、思うがままである。それを魔法で再現させる状態異常魔法。対象が望む夢を見させる事で心が目覚める事を拒否する表では教えられない魔法である。
今、シャーリーは、自らの窮地に颯爽と駆けつけたアレンサーの夢を見ている。そして、凶悪なダオスを倒し、法天エンプレスを手にし栄光の道を歩むというサクセスストーリーだ。
「……」
決して目を離さない。誰が見ても完封してかに思える状況でも、目を離す時は相手が死んだときにすべきである。
その時、ダオスの後ろからこの度の試験をサポートする者達が集まってきた。
「この一帯の封鎖は、間もなく解除される。試験は引き続き続行だ」
「分かっている。アレの処理が終わるのを見届けてからアレンサーを追う」
タワーの自己修復機能により、溝が埋まっていく。身動きが取れない状態で、深く埋まってしまえば第三者の助け無しでは這い上がれない。それも、窒息死するまでに助け出さないといけないという条件付きだ。
………
……
…
しばらくして、何事も無かったかのように元通りになった。この床の下、シャーリーという探索者が居るなど誰も分からない。
「引き続き試験の続行する。さて、アレンサーは君はどんな反応をするかな」
アレンサー達を追いかけるべく、ダオスは走って行った。
◆◆◆
ダオスが走り去るのを見て、試験官の一人が周りに指示をだして直ぐに散り散りに移動し、ダオスのサポートに回る。
「第八試験まで残っただけの事はあるな。契約魔法で縛られた状態であっても相手を殺したか」
「『ゴスペラーズ』の一員ですからね。血筋から能力に関して、他の候補者を大きき引き離しています。勇者適性を持つと見て、ほぼ間違いないでしょう」
ダオスがアレンサー達の試験を行っているように、ダオスにも実は試験が行われていたのだ。国宝級の装備を持ち、右に出る者が居ない状態異常魔法の使い手、禁術保持者、元法王の血筋など、様々な事を考えれば勇者適性があっても不思議では無い。
法王庁は、『ゴスペラーズ』の全員が勇者適性を持つ者として考えている程だ。それほどまでに希有な者達が集まっている。
「しかし、勇者適性を持つ者同士を殺し合わせるか……。上手く行くものかと思ったが、意外と予定通りに事が進んでいるな」
ダオスにこの依頼を持ってきたエスカロリオがしっかりと調査し計算した上で選ばれている人選だ。アレンサーとシャーリーが、ダオスの妹であるサクラの教え子である事なども選抜された大きな要因だ。
勿論、エスカロリオとて未来を見通せるわけでは無い。化け物にサクラという名前を付ける可能性は考慮の内であったが、ソレをダオスの耳に入り殺し合いになるのは運次第。だから、事件が起こらない場合には、二人の殺害を依頼する予定でいた。
ダオスは、仲間からのお願いを断るような事はしない。借りもあるので喜んで始末する。
「おしゃべりはココまでだ。仕事に戻ろう」
「了解」
二人もダオスを追って、タワーを駆けだした。
ダオスに勇者適性があっても不思議じゃないよね!!
ダオスとアレンサー……果たして、どうなるか。
※契約魔法の効力は、アレンサーに対して有効である為。
ダオスから手出しは出来ない状況です。
命の危険が差し迫るまでは。




