02:出会いと別れ
タワー内部は、石造りの構造で草木がなく気温が外に比べて低い。その為、夏場には避暑地として最適なのだが……冬場は、寒くて凍死する探索者も希にでる。
おまけに、道幅は狭い場所でも20m、壁の高さは10m程ある。大人数パーティーでも、横一列に並んで移動できる。その反面、モンスターにとっても行動を阻害する物がないので、どちらにも有利な構造といえる。だが、探索者に一方的に課せられる特殊条件『ダメージ反射』により、モンスターに分がある。
この鬼畜紛いな特殊条件下では、モンスターを倒すのは一見不可能に思われる。だが、長年の研究の末にモンスターを倒す方法が、幾つか確立している。
その中で一番メジャーな戦法が、間接的に始末する方法だ。例えば、モンスターに”火玉”を直接当てた場合はダメージが反射されるが、”火玉”でダンジョンの壁を崩落させて押しつぶした場合はダメージが反射されない。
無論、確立されている方法とは言え危険なのは変わりない。間違って直撃したら、攻撃した方が丸焦げでお陀仏だ。頭のいいモンスターは、自ら魔法を受けに行くから探索者にとっては、笑えない。
当然、このタワーに挑むダオスも数少ない確立された方法を用いる。
一人、タワー内部を深部へと足を伸ばすダオスの前にモンスターが立ちふさがった。
「数は、二匹か」
ゴブリンとウルフが待ってましたと言わんばかりに、ダオスへ襲いかかってくる。モンスターの代表格とも言える非常に知名度が高い二匹……当然、雑魚モンスターとして!! だが、タワーの特殊条件下では、雑魚モンスターだとはいえ討伐の難易度は跳ね上がる。
モンスターが無謀にもこちらに向かってくる様子が滑稽で思わずダオスの頬が緩む。
モンスターは、タワーの特殊条件を理解している。それ故に、逃げ隠れもせず正面から特攻をしてくるのだ。だが、ゴブリンご自慢の棍棒もウルフご自慢の汚い牙も届く事はない。
「”麻痺”、”混乱”」
魔法発動と同時に、状態異常魔法がモンスターに掛かる。ゴブリンとウルフの動きが完全に止まった。
詠唱というキャストタイムを無視した荒業。本来は、魔法を使うにあたり詠唱が必要とされている。圧縮詠唱や詠唱破棄なども実現されるようになってきたが、それを実践レベルで運用するには魔法を得意とする1級探索者並の力量が必要になる。
3級探索者の実力では、詠唱破棄という荒技は難しい。仮に、行えたとしても魔法の効力は激減するだろう。効力が激減した状態異常魔法では、モンスターが持つ魔法耐性の前に無効化される。
しかし、何事にも例外は存在している。それが、”誓い”持ちという存在だ。
ダオスは、状態異常特化型なのだ。
本来、特化型の魔法使いなどは自然発生しない。魔法の才能があるものは大なり小なり複数の魔法に対して才能を有している。ダオスもその例に漏れなかった。血統もあっての事か、殆どの魔法に対して平均以上の才能を有していた。
契約魔法の”誓い”を用いて、状態異常魔法を除く攻撃魔法、回復魔法、補助魔法、儀式魔法、契約魔法、召喚魔法などの魔法に関わる全ての才能を捧げたのだ。その対価として、状態異常魔法だけに限れば1級探索者を上回る実力を有している。
国内外問わず、状態異常魔法に限定すればダオスを上回る実力者を探すのは困難だろう。
「相変わらず愚かな……」
ダオスが瞬時に行ったのは、ゴブリンに”混乱”を掛けて、ウルフに”麻痺”をかけた。混乱状態のゴブリンが手に持った棍棒でウルフを滅多打ちにしている。モンスターは、混乱状態で同士討ちを行っていることに気がついていない。
ゴブリンの棍棒が真っ赤に染まり、やがてウルフが動かなくなった。目標を失ったゴブリンが棍棒で自分自身を殴り始める。
モンスター同士の同士討ち。これが、特殊条件下でモンスターを始末する数少ない方法の一つである。そして、ダオスのやり方である。
ダオスは、ウルフに対して小石を投げて『ダメージ反射』を確認し、解体作業に入った。希に、死んだふりをしてモンスターが逆転勝ちするケースもある。この安全確認を怠り、死ぬ若い探索者は沢山居る。
ウルフからは、皮と肉を剥ぎ取る。そして、自滅したゴブリンの死体と一緒に壁際に残骸を捨てた。みんなの物のダンジョンであるから、当然の配慮だ。死体を道のど真ん中に放置している探索者も多く、嘆かわしい限りだとダオスは思う。
戦利品がダオスのカバンに納められる。
「高かったが、買ってよかった」
ダオスが下げているスポーツバックみたいなものが、『ハイトロン法国』が世界に誇る魔法技術の粋を集めて作った魔法のカバンことポケット・シェルター。見た目は、スポーツバック程度の大きさなのだが、中に詰まる量は外見の30倍もある。タワーに掛かっている魔法を解析している際にできた副産物だ。欠点といえば、バックの重量が中身の総重量と変わらない事だ。軽い物を詰めるならいいが、重たい物を詰めると持てなくなる。
身体能力向上系の強化魔法を得意とする仲間がいれば荷物が重くてもさして問題にならないが、ダオスにパーティーメンバーはいない。一人で悠々自適に狩りをするのがダオスの性にあっているのだ。
メリットもデメリットもあるが、タワー内部で十分な狩りが一人で行えるダオスにとってはソロの方がメリットが大きい。"誓い"持ち故に、一人の方が安全でもあるのだ。
………
……
…
「――妙に静かだな。夕方だというのに」
時間は、17時を示していた。モンスターの夕食時なので、普段ならばそれ相応の数のモンスターが餌を求めてタワー内を徘徊している。しかし、ゴブリンとウルフ以外にモンスターと出会っていない。
ダンジョンとは、そんな甘い場所ではない。最悪なタイミングで、最悪なイベントが発生するのだ。
ダオスの現在地は、タワー地下3階。数時間もあれば誰でも辿り着ける場所だ。
「こういう時は、良くない事が起きる前兆だ!!」
ダオスの第六感が訴えかける。
ダオスは、10年以上探索者として生きてきた。探索者の直感というのは馬鹿にできない。それが、長年探索者として生き抜いてきた者の勘ならば、信じるに値する。過去の経験から、一番濃厚な可能性は、並の探索者では手に負えないモンスターが沸いた……具体的には、1級モンスターだと決定づけた。
モンスターにも等級が決められている。探索者と同じく1級から5級まである。1級モンスターは、1級探索者と同等の力を持っている。ウルフやゴブリンは、最下級の5級モンスターと呼ばれている。
状態異常特化のダオスは、1級モンスターの状態異常耐性すら貫通させられる。だが、誰が1級モンスターを攻撃して殺せるのだ。モンスター同士で殺し合わせるにしても、複数体居ないとゴブリンやウルフを処理した方法は使えない。
更に、1級モンスターに決定的なダメージを与えるとなれば、1級モンスターか2級モンスターだ。等級の高いモンスターが複数体沸くのは、ソロで活動するダオスにとっては危険極まりない。
無論、自滅させられる可能性もあるがゴブリンのように上手くいくとは限らない。1級モンスター相手に賭けの要素を含んだ勝負は、危険なのだ。
「グウオォォォォォォーーーー」
ダオスが荷物を纏めていると近くからモンスターの雄叫びが響いた。姿こそ見えないが感じる威圧感から、逃げ出すには十分の確証である。
「悪い予感は当たるものだ。1級モンスターか」
ダオスは、カバンから重たい肉などを捨てて身軽にし、全力で上の階を目指して走った。鍛え上げた肉体と危機察知能力をフルに使って、最短ルートで移動する。
………
……
…
必死に入口を目指し逃げているが不思議な事に、1級モンスターが遠ざかる気配はなかった。むしろ、こちらに接近してきている気配を感じ取り、ダオスに焦りが生じる。
ポップアップしたばかりのモンスターはタワーの構造を熟知していない。それなのに、引き離せないという事は、既に狙いを定められているのではないかという不安に駆られたのだ。
「まさか!?」
ダオスが物陰に隠れてからモンスターの気配がする方を覗いてみると、15歳前後だと思われるエルフとドワーフの男女二人組がこちらに走ってくるのが確認できた。探索者達の後ろには、1級モンスターのタイラント・オーガを連れており、ダオスは思わず目を疑いたくなった。
タイラント・オーガは、『ハイトロン法国』南部の山岳地に生息するオーガ系モンスター。体長3mで二足歩行する獰猛なオーガ。赤黒い筋肉質な体は、鎧のように固く鉄製の武器ではダメージ一つ与えられない。
「助けてください!!」
「そこの人!! お願いです。たすけて~」
ダオスは大声で「ふ、ふざけるなあぁぁぁぁ!!」と叫びそうになってしまった。だが、タイラント・オーガに見つかるのを恐れてぐっと堪えたのだ。
しかし、現実は酷く残酷だ。探索者二人の救助を求める声に反応して、タイラント・オーガが第三者の存在に気がついてしまった。だから、ダオスも決心した。気配に気づかれただけで姿までは見られていない……「殺るしかあるまい!! 」と。
「”防御低下”!!」
タワーの床や壁一面の耐久度を激減し、脆くなった床がタイラント・オーガの重みで沈没した。そのまま下の階まで落とせたら良いのだが……タワーの神秘か魔法かは判明していないが、いくら掘っても正規ルートの階段以外では階層移動は行えない。
「これもおまけだ!! “麻痺”、“混乱”、”暗闇”、”遅延”、”睡眠”」
魔力消費を惜しまず全力の状態異常攻撃を行いタイラント・オーガの行動を阻害する。1級モンスターとて、ダオスの飽和的な状態異常魔法を食らっては回復にはしばらく時間を要する。だが、数分もすれば、何事もなかったかのように活動を開始する。しかし、時間稼ぎには十分である。
タイラント・オーガの動きが一時止まっている隙に、逃げてきた探索者二人組がダオスの元に合流してきた。
「た、助かりました。貴方は、命の恩人です」
「はぁはぁ、ありがとうございます。それにしても1級モンスターの耐性を貫通させられるんですね。倒せますか?」
1級モンスターに追われて死ぬ気で走ってきた二人は、感謝を述べる。だが、その言葉はダオスの心に何も響かない。むしろ、謝罪の言葉ひとつない二人組に幻滅している。
だが、謝罪の言葉も感謝の言葉もダオスは求めていない。どちらにせよ、生き残る為やる事は決まっているからだ。
「だったら、命の恩人の頼みだ。死んでくれ」
「「えっ!?」」
「”沈黙”、”麻痺”、”遅延”」
ダオスは、この二人をモンスターに差し出して逃げる事を決意していた。幸い、ダオスの姿は見られていない。この二人組の探索者を差し出し、捕食されてる合間に逃げるのだ。
二人組の探索者は、何が起こったのか一瞬では理解出来ていなかった。詠唱破棄で行われた尋常ではない威力の状態異常魔法。対人戦で極めて有効な状態異常を決められてしまった二人には、最早どうする事もできない。
「「……!?!?」」
「探索者として必須装備すら持ち合わせて居ないとは……では、来世で会おう。初心者諸君」
ダオスは、己を逃がす為に殿を務める二人を置いて全力で走った。二人の想いを察して振り返る事などせずに死ぬ気で走った。
◇
前世の偉い人は言った。モノを食べる時は、誰にも邪魔されず自由でないといけないと。ダオスの目の前には、塩と胡椒で味付けをされた肉、バターをたっぷり使って炒めた野菜が付け合せとしてのっている。成人病に真っ向から喧嘩を売っているかのようなハイカロリーの食事だ。
ダオスは、労働後の食事は美味いと感じ、充実した時を過ごしていた。命懸けの戦いから逃げ切ったとなれば美味いのは当然だ。
「あ、店員さんオレンジジュースも持ってきてね」
「あのね~、酒場でオレンジジュースって子供じゃないんだからさ」
ダオスは、店員の態度に憤りを感じる。酒場だからジュースを注文していけないルールは存在していない。仮に、ジュースの注文がダメならば最初からメニューから削除しておくべきなのだ。メニューにある以上、それを注文して客が悪いというのはおかしな話だ。
それに、ダオスが食べている肉は、酒場で一番高いお肉で利益率の観点から言っても上客である事は間違いない。
「私はお客、お金も払う。いいから持って来い」
「チップをくれたら考えてあげるわ」
店員が胸の谷間にチップを詰めろと言わんばかり、胸元をダオスに見せてきた。
実に効率的な稼ぎ方だが、ダオスには通用しない。それが通用するならば、ダオスはこの場に居なかっただろう。
チップという悪習をダオスは快く思っていない。そもそも、給金を貰っているのにチップとか理解できないのだ。納得出来ない事は、絶対にやらないダオスである。
「……」
完全無視して、お肉をナイフで切って美味しく頂いている。店員は、別に1人だけではないので、別の店員を当てにしているのだ。
「っ!! わかったよオレンジジュースね」
男なんて胸元みせればチョロイと思っていた女のプライドをへし折りつつ食べる肉は最高に美味いと感じていた。去っていく店員の後ろ姿が滑稽で笑いを堪えるのが辛そうなダオスがいる。
周辺では、1級モンスターが地下3階で討伐されたと酒を飲みながら騒いでいる探索者達がいる。討伐されるまでの間、少なくとも死者20名以上との事だが、マシな方だ。
「1級モンスターを葬ったという事は、守護者でも現れたかな」
迷宮が攻略されない第四の要因、それが守護者の存在だ。守護者と呼ばれる者は1級冒険者の更に上の存在。過去にタワーの最深部に到達して世界の理から外れた者の事だ。500年以上は生きていると言われる不老不死の守護者は、世界の理から外れている為、タワーの特殊条件を受け付けない。大人の遊び場である『タワー・オブ・アダルト』を何があっても守ると明言する人だ。また、タワーを壊そうとする者を容赦なく殺すとも明言している。
タワーは、最深部にある宝がなくなると崩壊する。経験者である守護者が語っているので疑いようの無い事実である。
「今回は運が悪かったが、次は依頼も兼ねて深くまで潜らないとな」
浅い階では、儲けなど殆どない。むしろ、宿代や食事代、準備などを考えると完全に赤字だ。
ダオスは、明日に備えて鋭気を蓄える。