13:敵情視察
何とか間に合った~。
ミーシャは、ホームに戻り血盟戦を承認した旨を説明した。殺生与奪の権が掛かっている事もあり血盟員達からは、批判の声も上がっている。事実、血盟員の6割が反対していた。
だが、ハーフの一件もあり承認せざる終えなかったのも事実なのだ。加えて、調印の場に呼び出される状況下では、事実上、拒否権がないのだ。出来る事と言えば、相手からどれだけ勝利した際の報酬を引き出せるか、その一点につきる。
仮に、あの場で調印せずに出たとしてもハーフの件で罪に問われるのは明白だった。その場合、『メイデン』のトップであるミーシャは、処刑される。だからこそ、死ぬ可能性を少しでも下げる為、血盟を巻き込んだのだ。
「落ち着け!! 皆が言いたいことも分かる。だが、この状況を好転させるためには必要なことだ。それに、勝てばエース金貨10万枚が確約されている」
一人当たりの取り分を考えても、人生を遊んで暮らせる額になる。
反対勢力を黙らす為、目の前の金で問題から目を背けさせるのは常套手段だ。だが、『メイデン』の者達も馬鹿では無い。勝たねば手に入らない賞金の前に、目の前の敵をどのように対処する方のか問題だ。
「ミーシャ、分かっていると思うが……『ゴスペラーズ』には、13使徒の一人テルミドール・シュタイナーがいるんだぞ」
『メイデン』のメンバーの一人が『ゴスペラーズ』で戦いたく無い名前を挙げた。その瞬間、『ゴスペラーズ』の血盟の情報を初めて知った者達に動揺が走る。それも当然だ。ただですら参加したくない血盟戦に加え、13使徒に名を連ねる大物まで居るとなれば誰だって尻込みする。
「その本人と調印の場に居たのだから、知っているわ。だけど、戦場の場はこちらが選べる。強力な召喚獣は必然的にそのサイズも大きい。十全に力を発揮できない場所を選べば戦い方はいくらでもある。それに、『ゴスペラーズ』は総勢9名……そのうち探索者として活動をしている者は、その半数程度よ」
『ゴスペラーズ』とは違い、『メイデン』は全員が探索者だ。よって、戦闘員での戦力比は、150対4~5名の戦いなのだ。数だけ見れば酷い差だ。
加えて、『ゴスペラーズ』の全員は、"誓い"という致命的な弱点を持っており、異性というだけでキラーユニットになり得るのだ。
ミーシャのその調査は、間違っていなかった。少なくとも、調印直前まではその方法で勝算はあったのだ。
血盟主であるテルミドール、真祖のシャルロット、ドワッ娘のミーミル、ダオスの4名しか探索者の資格を保有していない。要するに、気をつけるべきはこの者達であり、他の者達は非戦闘員と考えているのだ。
よって、ミーシャは、テルミドールを押さえて、各個撃破に移れば勝てると踏んでいる。
『メイデン』のトップ戦力が、強化魔法を限界まで掛け、抗魔クリスタルなどの装備で身を固めての特攻。触れれば倒せるのだ。単純に考えれば決して難しい話でもない。無論、男性に限るが。
その思いをミーシャが説明し、血盟員達が納得した。勝算のある戦い。しかも、勝てば莫大なお金が手に入る。今から浮かれる者達も現れる始末だ。
この勢いに乗り、ハーフの一件を有耶無耶にしたいが為、ミーシャは早速行動に移った。
「では、作戦を練る。2級探索者以上の者は大会議室に集合よ。他の人達は、同盟へのお使いを依頼すると思うから待機しておいて」
『メイデン』という看板を背負っての物資調達が不可能な状況であり、同盟を組んでいる血盟を経由する事で物資を賄う方法を検討していた。だが、『メイデン』に思いつくことが『ゴスペラーズ』に思いつかないはずも無い。
更には、豪商や金貸し……奴隷商までもが『メイデン』の敗北を望んでいるのだ。彼らは、法の許す範囲で『ゴスペラーズ』を援護する。
………
……
…
『メイデン』の会議室では、朝まで会議が続いていた。
「やはり、テルミドールに不利な地形の戦場で戦うほか有るまい。ダオスは、状態異常魔法特化だから遠距離から攻撃魔法の一斉掃射で処理すればいいだろう。それが叶わなければ、数で押せば良い」
身を固めての特攻をするにしても、最低限の作戦は必要なのだ。テルミドールを封殺するための計画が着々と練られている。
コンコンと会議室の扉をノックする血盟員が居た。
その者が会議室の中に入ってくると必然的に注目が集まる。そして、手に持っている情報誌が会議室のテーブルに数冊置かれた。
血盟戦ともなれば、イベントごととして人気が高い。その対象が、女性のみの血盟で最大規模を誇る『メイデン』が出場するとなれば、見る側としては楽しみだ。よって、金が動くイベントなのだ。『ゴスペラーズ』のスポンサー達もこの波に乗っている。
「ミーシャさん……け、血盟戦やめましょうよ」
血盟戦で有るため、心配なのは分かるが、今にも死にそうな顔をしている仲間に首を傾げた。余程、嫌な情報が載っていたのだろうかと皆が思う。
「『メイデン』存続の危機とは、酷い見出しだな。賭け予想倍率が、『ゴスペラーズ』が1.01倍とは舐められたものだ」
ミーシャが情報誌を確認し、その内容を皆に伝える。確かに酷い情報だが、そこまで悲観するほどでもあるまいと考えていた。
「そこじゃなくて、もっと下の方です……出場メンバーの欄」
『メイデン』のメンバーが全員名前を連ねていた。1級探索者10人、2級探索者19人、3級探索者32人、4級探索者54名、5級探索者39名の総勢154名だ。最新の情報が載っており、ミーシャは、改めて血盟の強さを実感した。
間違いなく、女性のみで構成された血盟としては最大規模と言っても過言で無い戦力だ。
そして、『ゴスペラーズ』のメンバーを見て、ミーシャの顔色が変わった。
「ふざけているのか、あの連中!? こんな事が許されるのか!!」
「どうしたの?ミーシャ」
「どうしたもこうしたもあるか!! 『ゴスペラーズ』のメンバーを見てみろ」
ミーシャは、仲間に情報誌を投げた。
そこには、『ゴスペラーズ』総勢13名の名前が記されていた。ミーシャが何を問題視したか、全員が直ぐに理解した。ある人物達だけがとても大きく名前が記述されていたのだ。
13使徒の内、テルミドールを含めて5名の名前が記述されている。
【剣聖】のヴァレンタイン
【水晶】のフローレンシア
【太陽】のオプティマス
【降魔】のテルミドール
【再生】のアナスタシア
その場に居る者達の顔から血の気が引く。他国にも名が知れている程の実力者だ。
"誓い"という致命的な弱点をもつテルミドールだけならば、『メイデン』にも勝機はあった。だが、覆しようのない戦力差だ。これだけの戦力差があるにしても『ゴスペラーズ』の賭け倍率が1.01倍に済んでいるのは、一攫千金狙いの物好きが居るからだ。
『メイデン』の賭け倍率は、優に800倍に達している。
「か、勝てるわけがないわ。直ぐに、抗議にいきましょうミーシャ。調印して間もないまだなら」
「無理だ。調印した時点で血盟員全員が契約魔法で束縛されている。逃げも隠れもできない。出来ることと言えば……」
両者の合意により成立した契約魔法を反故にする手立ては無い。精々、相手血盟に温情を願うまでだ。
◇◇◇
ダオスは、来たる日に備えて資料の精査や各方面へのお願い状を送っている。『ゴスペラーズ』のメンバーが怪我などしないように、『メイデン』の足を引っ張るための工作に余念が無い。
夕方に刊行された情報誌でも、『ゴスペラーズ』の勝利は揺るがない物だと世間の評価だ。その情報紙は、レイレナード家とゴールドマン家が連盟で売り捌いている。他にも、当日の会場設営などの準備もこの両家がしっかりとサポートして利益を享受する事になっている。
ここまで準備をしてもなお誰も手抜きなどしない。これが、『ゴスペラーズ』のクオリティーなのだ。各々が最大の成果を上げるべく、今も頑張っている。
「ダオス、玄関に集合だ。敵襲だ」
ザックスの言葉にダオスは、まさかと思った。契約魔法で縛られた身で血盟戦開始前に戦闘行為を行うのは不可能だ。第三者が、メイデンに肩入れして攻めてきたのかと最大限の警戒をする。
ダオスは、直ぐに最高の装備を持ち出して現場へと向かった。現場へ向かう途中に合流した仲間も万全の準備に緊張感が増す。
しかし、『ゴスペラーズ』にしてみれば不幸中の幸いだ。例え、相手が全裸の女性集団であったとしても、テルミドールの同僚が『ゴスペラーズ』のホームに残っているのだ。彼らは、"誓い"持ちと違い弱点など無い。
現場は、一触即発の雰囲気だ。
ホームの玄関には、メイデンの幹部達……1級探索者達と数名の2級探索者がテルミドールにもの申していた。
「血盟戦開始前だというのに相手ホームに訪れるとは、一体何用か?」
完全武装のテルミドールと13使徒達。その威圧感で空間が歪む程だ。後方で巻き込まれないように待機するダオスとその仲間達も襲撃に備える。契約魔法を破る事は、出来ない。だからこそ、『メイデン』の者達が注意を引きつけて第三者がそこを強襲というのが手段だと想定したのだ。
まさに、外道なやり方だ。
「いくらでも謝罪する。だから、血盟戦の一件……私達の敗北時について温情を頂きたい」
「何を言い出すかと思えば、その程度の事を言うために来たのか」
頭を下げる『メイデン』血盟主のミーシャに全員が失望する。負けそうだから、温情お願いしますねと言われて、はい分かりましたで終わるほど世の中甘くは無い。
そもそも、事の発端は、『メイデン』にあるのだ。加えて、調印式の場でも『ゴスペラーズ』は、『メイデン』の意向を最大限にくみ取った条件を用意しているのだ。ここまで、お膳立てして今更無かった事にしてくれとは、笑い話にもならないだろう。
「その通り……です。13使徒の4名が直前に血盟に加入するなど、前代未聞だ」
「まるで、我々に非があるような物言いだな。勝負とは時の運ではない。戦争とは準備の段階で勝敗が決まる。まぁ、絶対とは言わないがな」
9割以上、戦争は準備で勝敗が付く。そして、それを覆せる存在が13使徒の様な者達なのだ。勝利のために、最善を尽くすのはごく当たり前の事だ。
勝利を確信していたからこそ、血盟戦を申し込んだ『ゴスペラーズ』は王道だ。
「……ハーフの一件が出されては、受けないわけにもいかなかった」
「見苦しい言い訳だな。身から出た錆だろう。仮にその申し出を我々が受けるとして何の得がある? 殺生与奪の権以上に、魅力的な物が提示できると」
勝てば、殺生与奪の権が手に入る。どのような使い方をしても誰からも文句は言われない。当然、一方的に結んだ条件ではない。『ゴスペラーズ』の者達も殺生与奪の権とエース金貨10万枚、ハーフの一件を無かった事にするとまで約束しているのだ。条件は、イーブンだ。
『メイデン』が勝てば、13使徒の内5名を手中に収められる。国家転覆すら可能になるだろう。
対等な条件で結ばれたはずなのに、不都合だと少しでも感じると無かった事にしようとするお花畑の思考に『ゴスペラーズ』の者達から不快の念が飛ばされる。なにせ、『メイデン』の者達は、万が一、自分達が勝利した際の条件緩和など一切話に出していないのだ。要するに、ノーリスクでハイリターンを手にしようとしている。
「た、例えばどのような物ならば……」
「その程度、自分で考えて欲しい物だな。そうだな~、法王様と同じく蘇生魔法を使える者を代わりに差し出すとか」
居るわけもないと全員が思った。蘇生魔法なんて使えるものがポンポンいたら世の中が崩壊しかねない。
「ほ、他には。出来るだけ現実的な」
「注文が多い。では、タワー・オブ・アダルトの最深部に眠る宝で」
確実に存在する物で許してあげようというテルミドールの優しさが彼女たちの感情を鷲づかみにする。蘇生魔法のような世界中を探しても法王様ただ一人しか使い手がいないであろう存在より幾分も確立が上がった。
「ふざけていますか?」
「それは、貴様等の方だ、『メイデン』諸君。温情を与える対価を示したら、ソレは無理だ。アレも無理だと駄々をこねる。正直、喧嘩を売りに来たのかと言いたい気分なのだが」
テルミドールの当然の意見に、『ゴスペラーズ』の全員から「そうだよな」と声が飛び交う。急な訪問にも律儀に対応し、温情が欲しいと言われて納得のいく落としどころを提示したら二回も駄目だしされて、気分を害さない方が可笑しい。
メンバーが少ない為、勝利の可能性を少しでも上げるために努力を惜しまない者達。それに対して、大所帯である為、相手に敗北した際の事を考えて今から温情を得るために、努力する者達。後者の連中が、努力する方向が間違っていると言わざるを得ない。
「それは、違う!! 私達は!?」
「もう、十分に話し合った。平行線で決着が付かないと分かっただけで満足いった。後は、戦場で決着を付けよう。早々に、我々のホームから立ち去って貰おうか。メイデン諸君。君達とこれ以上会話する事は何も無い」
対話での決着が付かない以上、当初の予定通り血盟戦で決着を付ける他あるまい。
ダオスは、祖父の手帳に書かれている『窮鼠猫を噛む』という言葉を思い出す。己が相手の立場であれば、この状況をどのようにして覆すか考えてみる。
そして、考えついた。これは、敵情視察だと。『ゴスペラーズ』全員の装備を確認しに来たのだ。『メイデン』の限りなく黒に近いグレーのやり方にダオスは思わず感心してしまった。
こんな危険な血盟は、早めに御退場してもらうしかないとダオスは心底思った。
次は、非道を働く血盟に天誅を!!
に、日曜日に投稿できるようにがんばる(遠い目