千朗
僕がその力を持っているって知ったのは幼稚園の頃だった。
その頃は力も弱くて指で潰せるものくらいしか潰れなかった。
親は長いこと気づかなかった。
でもどうやっても僕の背が届かないようなところのものがへこんだり、潰れたりしているのは気味悪がっているようだった。
あの頃、僕のうちは花屋だった。花屋って言っても五坪くらいの小さなテナントを借りてて昼過ぎから深夜まで開けてて日曜も祭日もなかった。
僕がよくやっていたのは、枯れたりしおれたりして売り物にならなくなった花の茎を少しずつ潰す遊びだった。
僕は幼稚園にいるより店にいる方が好きだった。
花が好きだったからだ。
花の名前を覚えると父親は喜んでくれた。
小学校に上がって大勢の生徒たちの中に入った頃には、力もあまり現れなかった。
その頃が一番楽しかったな。
両親は毎日疲れてはいたけど、毎晩一緒だったもの。
よくおとうさんと銭湯に行って帰りにラーメンを食べた。それから花屋に戻って店番していたおかあさんと代わって、僕はおかあさんとアパートに帰った。
四年生くらいになった時、おとうさんが自分の店を持つんだ、と言って、銀行からお金をたくさん借りた。
ここにお店ができるんだよって僕とおかあさんをその場所に連れていってくれた。二人とも嬉しそうで僕も嬉しかった。
でも、だめだった。
僕にはよくわからない。おとうさんはお店を買えるって言ってた人に騙されてお金を取られてしまったんだ。
テナントにも戻れなくて花屋ができなくなって、でもお金もなくておとうさんはすごくがっかりした。
がっかりしてお酒ばかり飲むようになった。
そうしたらあの優しかったおとうさんがすごく変になって、僕やおかあさんを叩いたり蹴ったりするようになった。
あの日はすごく暑い日で、おとうさんはいらいらしてて、おかあさんは物音一つたてないようにしてたみたいだった。
でも、どうしてかおとうさんはまた怒り始めた。
おとうさんはおかあさんをぶってぶってぶって、おかあさんは鼻血を出して畳の上に転がって、そしたらおとうさんは僕の勉強机の椅子を持ちあげた。
おかあさんに投げるつもりなんだ。
僕は「やめてっ」て泣いて「おとうさんっ」て叫んで。そしたら。
そしたら椅子が潰れちゃった。
おとうさんはびっくりしてちゃぶ台に手をやって、僕はそれも投げるのかと思ったら潰してたんだ。
「やめてやめて」って僕は叫んで。
そのたびにいろんなものが潰れた。テレビに花瓶にテイッシュの箱に食器棚に調味料入れに……。
おとうさんは畳の上におしりをついて僕を見た。
それで言ったんだ。「化け物」って。
「化け物」「化け物」 「化け物」 「化け物」「化け物」 「化け物」
「化け物」「化け物」 「化け物」「化け物」 「化け物」「化け物」 「化け物」
「化け物」 「化け物」 「化け物」 「化け物」―――!
そしておとうさんは家を出ていった……。おとうさんは僕たちを捨てたんだ。しおれた花を捨てるように、いらない葉っぱをむしってゴミ袋に捨てるように。
僕はおかあさんと二人暮らしになった。おかあさんはスーパーのレジの仕事をして僕を育てた。
おかあさんは僕のこと「化け物」なんて言わなかったけど、絶対に僕にモノを潰さないように言った。
でも時々体の中が熱くなってなんだかむかむかするようになると、その力を外に出してた。段ボールとかペットボトルを潰すくらいでそれはいつも治まった。
中学生になった時、僕たちは団地に引っ越した。おかあさんは言わないけど、おかあさんにお金をくれる男の人がいるんだ。
僕は黙っていた。おかあさんがその人を好きならかまわないと思った。
でもおかあさんはその人とつきあっていることを僕に秘密にしている。
僕がこんな力を持っているから?
僕が「化け物」だから?
おかあさんも僕を捨てるの?
僕が怖いの、おかあさん。どうしてお話してくれないの?
僕が悪い子だから? 僕が「化け物」だから?
そう。僕は「化け物」。
だって僕はおとうさんを殺してしまったから。