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我神棗の日記 2

作者: ひすいゆめ

物語が進むにつれて事実も明らかになっていきます。

それは意外な結果になっていくので、楽しんで下さい。

 何とか病院を抜け出して、飛鳥のアパートに向かった。彼女は呪いを解除できただろうか。

 アパートのドアは鍵が開いていた。ゆっくりと開くと、中は真っ暗だった。汗がにじむ。

 すぐに靴を脱いで部屋に上がった。電気をつけると、布団の上で飛鳥が真っ青な顔で倒れていた。意識はないが、腕を握ると脈があった。すぐに救急車を呼ぶ。何故、護は飛鳥にあの薬を持ってこなかったのだろうか。

 サイレンの響く中、僕は護を探しにいった。本当は飛鳥についてやりたかったのだが、護のことが心配だった。自分のアパートに行く。机の引き出しには生物兵器は存在した。つまり、彼はここに来る前に姿を消したことになる。

 …姿を消した?

 呪い、その言葉が頭をよぎった。キリ爺の呪いで護がまさか。すぐに飛び出して探し回ったが、護を見つけることが出来なかった。


 護を探していると、何か胸騒ぎがした。飛鳥の病院に向かって、受付で飛鳥の病室を聞いた。そこに駆けつけると、彼女は意識不明でバイタル機器が事務的に鳴っている。彼女の命に別状がないことにほっと胸を撫で下ろした。

 そこに、気配を感じて振り返る。僕が開けたドアの後ろになんと護が潜んでいた。彼はまるで、何かに操られているように飛鳥の生命維持装置を外そうとする。僕は護を羽交い絞めにして、とにかく病室から離した。

 廊下に出た護はそのまま気を失って倒れてしまった。護も呪いに掛かってしまったのだろうか。医師に護を任せて自分の部屋に向かった。

 机の中の生物兵器の薬瓶を持って、病院に引き返す。飛鳥の部屋に来ると、その培養液を彼女に垂らした。

 次に護を探した。彼はICUに入ったそうだ。すぐにこの薬をかけたかったが、勿論、彼に近付くことはかなわなかった。もどかしい気持ちでICUから護が出てくるのを待った。


 ICUから今日、護が出てきた。変わり果てた姿で。もっと早く、彼が呪いに掛かっている事に気付いて、あの生物兵器を使ってあげられたら。彼も呪いの魂の存在となってしまった。落ち込んでいる暇はない。

 キリ爺の霊と護の霊を呪いから解き放たないと、新たな犠牲者が発生してしまう。その前に、飛鳥の病室を覗いた。彼女は昨日、あの瓶の中のもたらした結果によって、元気になったようだ。

 意識を取り戻し、元気なさげに僕に視線を向ける。

 「彼は逝ったのね」

 僕は無言で頷いた。

 「キリ爺は今、どこにいる?」

 僕の質問に彼女は答える。

 「きっと、最後に見た場所かもしれない」

 それを聞いて、彼が亡くなった事故現場に向かうことにした。


 そこには、キリ爺の霊を発見することも、気配を感じることもできなかった。やはり、学校?でも、見つけることはできなかった。途方に暮れて、帰路につくことにした。


 A高校の中で深呼吸をする。ここにキリ爺はいる。しかし、どこに?すると、真夜中にもかかわらず、池の方で何かが光った気がした。そこに行った。旧校舎から一筋の光が伸びて池の中に消えた。確かに霊的な違和感を感じたが、嫌な気はしなかった。むしろ、暖かい感じである。

 キリ爺はここにいる。池の中に何かが?しかし、今は冬。中に入ることはできない。彼の無念のヒントがないか、部屋に帰って日記を眺めることにした。


 日記の中にある暗号を見つける。最後のページにあった。研究を突き詰めるうちにあることを知った。その真実を知りたいと書いてある。それを解明することがキリ爺の願いだろう。暗号は次のようであった。

 『DS WS TU』

 これを解くことが最善であろう。


 『DS WS TU』

 キリ爺が最後にやり残した何かを示す暗号だ。日記の最後に記された暗号。SとUは今までの傾向だと何歩、方角などだ。ストレート、アップだとすると、まっすぐ、上となる。Dはドア。昇降口だろう。昇降口をまっすぐ。W。西?木?壁?勿論、西だろう。昇降口から壁に突き当たって西。まっすぐ行くとまた突き当たる。そのTを上に行く。または上げる…か。T。突き当たりは壁である。

上には通気口も点検口も隠しドアもなかった。

 壁を良く見ると、小さなタイルがびっしりついている。しかし、目地にシーリングもモルタルも詰まっていない。ボタンのように押す。3つ目で元に戻った。そうなのだ。T=TRICKである。タイル壁を写真に撮って帰った。


 昨日撮った写真を見ていた。タイルのからくりをどう攻略すればいいのか。模様によってある法則に押していけば、隠し通路が開くのだろう。全然、考えても分からない。ランダムに5種類の模様のタイルが並んでいる。それも廊下の突き当たりの壁一面である。上部のタイルは届かない。でも、一面押すことができる。1つの模様だけを押せばいいのか?そんなことでは、すぐに解読されてしまう。

法則を解明しなければ。

 暗号ならすぐに分かるのだが、パズルは少し。模様ごとに色分けしてみた。Aは右下に多く、でも、散らばっている。Bは少なく、心なしか中心部に集中している。Cは下の方しかない。Dは左側に多く散らばっている。Eは上に集中している。何か手がかりがないか、軍曹の研究記録を眺めた。

 数々の資料を見るのに時間がかかり、結局結論が出なかった。


 タイルの壁の面の写真を眺めてあることを思いついた。このタイルのボタンはフェイクだ。トリック アップではない。タイル アップだ。タイルの上。すぐに旧校舎に向かい、あのタイル壁に面した。

 そして、椅子を持ってきてその上に手をやった。一番上のところが5つで1塊になっていて、それが開いた。中に古く大きな真鍮の鍵が入っていた。それはどこの鍵だろうか。この校舎には、もう入っていない場所はないと思われた。軍曹の資料とキリ爺の日記を見返すことにした。


 鍵がどこを開くものなのか、キリ爺の日記を見ていた。しかし、どこにも載っていない。軍曹の資料にもそれらしいものはない。とりあえず、A高校に向かった。すると、パトカーが数台止まっている。また、生徒が呪いにかかったのだろうか。早く、キリ爺を成仏させないと。

 そこに、護の霊が現れた。

 「護、か?」

 しかし、彼は寂しい表情をして沈黙を続けた。そして、指を池の方にさした。

 「池にキリ爺が?」

 彼はそのまま消えた。警官がいるので、翌日、池の方に行ってみることにした。それにしても、護は自分に憑いているのだろうか。


 目を覚ました。気付くと病院の中で入院していた。キリ爺の呪いなのだろうか。

 その経緯から説明しよう。 護の霊の言うとおり、池の周辺を捜索した。池の下の秘密部屋にも何もなかった。キリ爺の霊がここに?呪いの元凶はここに?その雰囲気も気配も感じない。

 と、すると考えられるのは池の中…。この寒い中で池には入れない。ましてはダイビングをしたこともなく、その装備もない。そこで上から覗き込んでみた。水はよどんでいて中は見えない。手をゆっくりと差し入れようとしたとき、池から霧が発生した。

 以前に見た地下室の幽霊の霧のようなものだ。軍曹の呪いは実はまだ残っているのだろうか。そのまま、霧の中で意識が遠くなっていった。


 入院していると、大学の友人が見舞いに来る。たわいもない話をして帰っていく。次に家族が来る。

それもすぐに去り、飛鳥がやってきた。歩けるほど元気になっていたのだ。

 「大丈夫?」

 「ああ」

 「護…」

 「ああ、あいつは僕に憑いているみたい。でも、呪いのせいで人を葬る存在になってしまったんだ」

 「それは大丈夫。護はあの薬で死んだんじゃないから」

 「いや、でもお前もあいつも憑かれただろう?」

 「護は操られただけ。生物兵器に感染されていない」

 「飛鳥は?」

 「私は感染したから」

 「いつ?」

 「神隠しに遭ったとき。私達は物置に幽閉されたけど、その前にあの部屋に私だけ行ったの」

 それを聞いて、誠は呪いで死んだのではないと少し心がまぎれた。


 結局、あの霧は何だったのだろうか。軍曹はまだ存在している?まさか、加賀美だろうか。それとも、カガミの呪いというのは、そもそも彼らの呪いとは別物なのだろうか。入院している現在では、行動も証明もすることができない。脳裏でこうやって思考をするしかないのだ。

 しかし、ベッドの上では勿論、結論は出なかった。あの池にヒントがある。そして、あのキリ爺の鍵である。


 体調が回復したので、病院を抜け出してA高校に向かった。鍵を握り締めながら、池の周りを回って見回した。あの倉庫が目に入る。倉庫の鍵にキリ爺の鍵を差し込んだ。勿論、開くことはなかった。倉庫の扉は固く閉ざされている。窓から中を覗く。しかし、鍵で開ける場所はないようである。池を見る。

 前回のこともあり、なかなか近付く気にはなれなかった。すると、池から白いものが現れる。危機を感じてさっと池から離れた。

 その白いものは女性の姿になった。

 「私・は・か・が・み」

 そう呟いた。しかし、彼女はあの加賀美とは別物だった。どういうことなのだろうか。そこで、思いつくものがあった。軍曹は生物兵器を人体実験していた。それは捕虜だけに及ばなかったのではないだろうか。

人数が足りず、周囲に住む人間まで…。しかし、またもや気が遠くなって倒れてしまった。


 気付くと目の前にまた病室の白い天井があった。また、あの池の主の呪いにやられたのだ。しかし、あの霊は何だったのだろうか。

 カガミと名乗っていたが、あの加賀美とは別の存在である。あの地下室に出た女性と同じ存在であった。

一体、どういうことなのだろうか。キリ爺が成仏するには、この謎を解く必要がありそうだ。池に何かがあるのだろう。軍曹の呪いは軍曹と加賀美達以外にも、かつて呪った人がいると考えられる。人体実験までさかのぼると、もうお手上げであるが。今はここで休むことにした。


 今日も病床で天井を見ている。すると、誠の霊が現れた。彼は指を窓の方に向けている。話はできないのだろうか。その指の方には、旧校舎がある。また、何かがあったのだろうか。近くの人の会話を聞いた。

 「また、A高校で事件があったそうよ」

 「まあ、嫌だわ」

 「それで、とうとう閉校に追い込まれそうなんだって」

 「じゃあ、今は閉鎖されているの?」

 「そうそう」

 また、呪いが起こったのだ。しかも、とうとうあの学校は閉鎖されたという。とにかく、今日は静養して、明日ここを抜け出すことにした。


 病院を抜け出す。日曜日で職員が少ないために、たやすいことであった。A高校に向かうと、警官が等間隔ピッチで立っている。柵の向こうには、池の方で刑事が捜査をしている。池で生徒が呪いの犠牲になったのだろう。すると、隣に護が現れた。彼は池を指差す。しかし、何を言いたいのかが分からない。

 あの池に現れる女性の正体を知るために図書館に向かうことにした。新聞、雑誌、記録紙。自分の記憶を頼りに手当たりしだい探す。しかし、見つけることができない。そこにある人物が肩を叩いてきた。

彼は刑事で、あの学校の連続する人の死を捜査しているという。あそこで幽霊を見たというが、信用してくれなかった。

 しかし、それをスケッチブックで似顔絵を描いてもらうと、彼はそれを見て凍りついた。

 「これは、加賀美正美?…まさか」

 とうとう糸口を掴んだ。

 「それは誰なんですか?」

 「明日、またここに来てくれ。資料を用意してくる」

 彼はそのまま去っていった。 


 今日、大学の講義を終えて図書館に来た。しかし、昨日の刑事は来なかった。気になって、探しに行こうとすると、若い刑事が現れる。

 彼の話では、昨日の刑事は交通事故に遭ったらしい。命に別状はないが、代わりに行ってほしいと言われたのだそうだ。彼の話では、加賀美正美という女性がかつて連続殺人を行ったそうだ。子供、お年寄りから手当たり次第手にかけて、防犯カメラで犯行が分かった。

 ところが、令状を持って彼女のアパートに踏み込んだところ、すでに姿を消していた後だったそうだ。

それから、この事件はお宮入りしている。20年前のことである。

 当時、加賀美は21歳だったので、もし健在なら41歳である。だが、他人の空似ということもある。もし、その加賀美が何かの原因で軍曹の生物兵器の呪いにかかったとしたら。調べてみる必要があるようだ。


 加賀美正美という人物のデータはかなり少なかった。20年前当時、大きな事件を起こした割には、何故かあまり報道されず、しかも、すぐに話題は沈静化したらしい。

 この事件を知らない人が多いのも無理はないようだ。おかしいのはそれだけではない。あの若い刑事に聞いたが、彼女の素性がどうもはっきりしない。ここに移住するまで、彼女の動向が分からないのだ。故郷の栃木県の小山市にいたのは、中学卒業まで。その後、どうして家を出たのか、そこからこの街にどうやってきたのかは、警察がどう調査しても難しかったそうだ。呪いの主になるのだから、何か重大なことがあったに違いない。

 それも、軍曹の呪いと関係する何か。しかし、どう調べたらいいのか分からず途方に暮れた。


 栃木県の小山市に来てしまった。ここが加賀美正美の出身地なのか。彼女がどのような人物なのだろうか。しかし、その痕跡を見つけることは出来ない。誰も彼女のことを覚えていないのだ。まるで、彼女が存在していたことが夢のように。結局、途方に暮れてしばらくこの辺りに泊まって調べることにした。すると、あの若い刑事から電話があった。ある事実が分かったので、明日こっちにきて教えてくれるとのことだった。


 若い刑事は昔の記事を持ってきた。それには加賀美が若い頃、失踪したというものであった。地域版で小さい新聞であったので、警察でも見つけることは難しかったのだろう。それによると、彼女が高校に向かったその途中で行方が分からなくなったそうだ。それから、何年かのブランクがあり、あの場所に現れたのだ。

 その彼女の実家と高校の間を歩いていみることにした。細い路地を進む。すると、護の霊が現れてある場所を指さした。そこには、ある施設が存在していた。入り口のゲートは鎖で封印されている。刑事に聞くと、それはどうも昔の病院跡とのこと。廃病院に何が?明日、刑事がいないときに忍び込むことにした。


 廃病院に忍び込んだ。護が示したのだから、何か必ずあるはずだ。中は荒廃としていて、様々なガラクタが散らばっている。埃っぽい冷たい空気が異様な感覚を思わせる。ナースステーションに入り、残っている書類を見た。何故か、数部カルテが残っている。そこで、ピンときてカ行のところを探る。

 あった。加賀美正美。カルテを見ると、感染症とあった。やはり、あの生物兵器に感染していたのだろう。

 だが、何故こんな軍曹の研究施設からかなり離れた場所で?呪いの秘密はここにありそうだ。軍曹が作り出した生物兵器はそれ自体は普通の身体に異常をきたすもの。それに何かここで発生した呪いが取り憑いたのだろう。カルテの最後の方は破られている。

 その最後の病室は305号室。そこに行ってみた。しかし、ベッドが3つ傾いておいてあるだけであった。

 1階に戻ると、護が現れて無言で導いた。

 彼についていくと、地下の霊安室にたどり着いた。そこで胸騒ぎがした。中に入ると、殺風景な部屋の中央に白骨が転がっていた。そして、あのカルテの破られた残りが散っていた。

 『10月3日9時34分、感染症の合併症により、心筋梗塞により死亡』


 カルテを見ながら唖然としていた。加賀美はすでに亡くなっていた。では、あの街で連続殺人をした者は?警察は何故、彼女を容疑者としていたのか、死亡していたという事実を分からなかったのか。それは、もう1人の加賀美がいたから。双子ではなく、指紋もDNAも一緒の。それにしても、あの白骨の周りには加賀美らしき霊気はなかった。すると、あの魂は軍曹の呪いのように、魂だけの人を死に導く存在になったのか。

 すると、彼女の呪いは完全だったのだ。姿まで具現している魂の存在で、生きている者の殺人のごとく人を殺す。彼女の存在と軍曹の研究が合わさって完全な呪いができた。しかし、こんな遠方にどうして。


 加賀美正美について、いくつか分かったことがあった。廃病院に遺体が放置してあることに疑問を持ったので、もう1度、確認に行った。しかし、遺体はあそこにはなかった。そこで、ある仮説を立てた。軍曹の呪いは、きっかけだったのだ。彼の研究は完成した。その生物兵器がある偶然からここにきた。

 そして、加賀美は感染した。その後、彼女はここで亡くなった。完全な呪いの存在となった加賀美は虚の肉体とともに、あの場所に帰った。呪いの作られた場所に。ヒントがあるのはここではない。今日、あの場所に帰ることにした。


 帰ってきて早々、大学の講義に出席する。少し休んでいたので講義は違和感を感じたが、すぐに慣れて日常に戻っていった。加賀美が何故、あの生物兵器に感染したのだろうか。キリ爺の日記を眺めていると、ある事が載っていた。

 生物兵器の途中経過を報告する為に、サンプルを1回送っているのだ。科学研究施設の秘密機関が当時、東北の某所にあったとのこと。その届ける途中で車は事故を起こして、そのサンプルは消えたとのこと。

それがきっとあの場所だったのだ。加賀美は不運にも感染。そして、あの病院で呪いの存在となったのだ。

 今はこのどこかに彷徨っているのだ。どこに?

 手がかりは連続殺人事件だ。その資料を若い刑事に連絡して教えてもらうことになった。彼の名前は佐藤清彦。清彦は刑事になって2年の新米とのことだった。


 清彦は大きな鞄を持ってやってきた。加賀美が連続殺人を行った記録である。最初は駅のホームで線路に男性を突き落としたことから始まる。次に廃ビルでの突き落とし。大通りでの轢き逃げ。公園での殺傷事件。園児河川溺死事件。沿道で車道に老人を突き飛ばし、車に追突死させる。最後にA高校で男子学生を絞殺して加賀美は姿を消した。この現場を地図に落としていく。すると、A高校を囲んで円状になっている。

やはり、A高校に何かがあるのだろう。


 とうとう見つけた。加賀美はここに霧を出して霊として存在する意味が分かった。呪いを残し続ける意味が分かった。キリ爺が残した鍵は旧校舎の廊下に並んだロッカーの1つのものだった。

 何故、こんなにゴシックな鍵がロッカーのものなのか不思議であった。その中には、白骨が入っていた。

そう、あの廃病院で見たあの白骨。あの時は、残留思念が作り出したものであったが、今回は本物である。

しかし、彼女は1回あの病院で亡くなっている。

 では、呪いで復活したというのだろうか。それとも、誰かが墓を掘り返して骨を持ってきたのだろうか。

だとしたら、その目的は?キリ爺はあの鍵を持っていた。

 すると、キリ爺が行ったのか。だから、呪いを調査していたときに、呪いに近付くと呪われて殺されると警告したのだろうか。もしかしたら、キリ爺は呪いを暴こうとしていたのではなく、軍曹の研究を引き継いで何かをしようとしていたのではないだろうか。

 加賀美は利用されただけ?キリ爺が分からなくなった。


 キリ爺が呪いの魂の存在になった理由は?

 これ以上、呪いを探っていくと命が危ない気がしてきた。加賀美の呪いはどうなっているのだろうか。

 おそらく、キリ爺の件で利用されたことで成仏できずに呪いを広めているのだろう。と、いうことは、彼女と協力してキリ爺の呪いの魂と対決できるのでは?旧校舎の横の池までくると、呼びかけてみた。

 「加賀美。一緒にあの爺さんを倒そう」

 しかし、霊気はなく、何も出てくる様子はなかった。彼女は魂が劣化してしまっているのだろうか。それとも、1人で呪いを撒き散らしながらキリ爺と肩をつけようとしているのか。池の水に手を差し入れる。かなりの冷たさだが我慢していると、霧がまた発生した。 

 そして、白い女性が現れる。以前、霊気はしないので、それは霊という存在ではないのだろう。もう、肉体を持っていた呪いの魂の存在ではないのだろう。霧は周りに広がりまたもや気絶をしてしまった。しかし、何故、3度もここで命をとらず気絶だけをされるのか不思議だった。


 目を覚ましても、今度は病室ではなかった。じめじめした殺風景な部屋。黴臭い空気が漂っている。そう、ここは旧校舎の地下室である。隣には護がまっすぐ前を向いて立っている。その視線の先には白い女性のおぼろげな姿があった。

 「加賀美…正美」

 彼女は悲しそうにこちらを見つめている。指を天に指す。加賀美は何かを言いたいらしい。そのまますぐに上に向かった。今まではキリ爺に誘導されていた。しかし、今回は違う。加賀美に従っている。何かが変わるはずだ。階段を上って行く。その途端、意識が遠のいていく。今回はキリ爺の仕業だろう。彼もまた命を奪うつもりはないらしい。


 目を覚ますと、今度は倉庫のような場所にいた。そこで思い出す。呪いの神隠しによって、飛鳥、護がここで発見されたことを。自分もカガミの呪いにかかったようだ。しかし、あのカガミはすでに成仏している。すると、同じ効果を加賀美正美かキリ爺が起こしたのだろうか。可能性は存分にあった。同じ呪いなのだから。しかし、魂の劣化しているとしても完全な存在の加賀美と軍曹の不完全なキリ爺が同等の存在になっているのには、少し疑問に思えた。

 倉庫から窓を破って脱出する。キリ爺の仕業だろう。加賀美はキリ爺のところに誘ったのだから。しかし、何故、キリ爺は神隠しを起こし、こんなに早くここに出現させたのだろう。 

 腕時計で、1日しかたっていないことが分かる。キリ爺の呪いは不完全で不安定な状態なのではないだろうか。今日は出直すことにした。


 1日考えたが、それでもこらからどうしたらいいのか分からなかった。キリ爺の呪いの魂をどうしていいのか、検討もつかない。とにかく、キリ爺の存在が今までの呪いの存在と別格なことは分かる。その性質を突き止める必要がある。早くしないと、また犠牲者が現れてしまう。

 そこで、もう1度旧校舎に行き、池で加賀美を待った。呼んでも池の水に触れても今度は現れなかった。中に進入して地下室に向かう。しかし、彼女は現れない。きっと、何かがあったのだろう。すると、急に外が騒がしくなったのですぐに出る。

 まだ、朝の6時にもかかわらず、大勢の人が工事車両とともに現れる。すぐに姿を倉庫裏に隠す。どうも、学校が旧校舎解体のために業者を呼んだようだ。仮囲いをすぐに張ってしまう。解体が行われれば、手が出せない。すぐに帰路に返ることにした。


 旧校舎は解体され始めた。かつて何度も解体を試みたが、犠牲者を出しながらも成功しなかった工事。今回は成功するのだろうか。屋根から重機で破壊していく。順調に工事は進んでいく。昇降口が解体されたところで突如工事がストップした。

 急に突風が吹き重機は横倒しになった。コクピットの作業員は投げ出されて、それを見ていた教師達によって呼ばれた救急車で運ばれていく。解体箇所はブルーシートで覆われて、工事は一時中断した。呪いのせいであると口々に囁かれた。結局、工事は無期延期となった。


 解体中断された哀れな姿の旧校舎を見上げて思った。ここには、2つの魂がいる。キリ爺は自ら呪いの存在になった。加賀美は偶然にも巻き込まれて呪いの存在になった。対立する2つの存在は互いにこの自分に

何かメッセージを送っている。他の命はその呪いで滅するのに、何故?何をしてほしいのか。何をすべきなのか。

 すると、池から霧が発生し始める。ところが、今度は旧校舎の破壊された場所から黒い糸のような煙のようなものが発生する。互いにそれは混じらずにせめぎあっている。手を触れようとすると、それはパチンとはじけて消えた。池の側の石がバタンと倒れた。旧校舎の壁は重機に破壊されたことで壁にひびが入っている。そのひびは石の裏まで達していて、石が倒れたことで裏側の壁が見え、そこに達したひびが壁の中にドアがあることを教えた。

 そう、ドアが隠されていたのだ。しかし、ひびは細くそのドアをどうこうすることは不可能。破壊をさせまいと呪いで防いでいた理由はこれだったのか。今日は出直すことにした。


 ハンマーとドライバーを持って旧校舎に行く。あのひびにドライバーを差込みハンマーで叩く。外壁のひびがどんどん広がってドアがみるみる姿を現す。1時間かけて外壁をはがして、中のドアのノブに触る。回そうとしたが、鍵が掛かって開かない。ふと、あのロッカーの鍵、キリ爺の残したアンティークのものだ。

それはカチリとドアのロックを解除した。息を飲んでノブを回してゆっくりと開いた。中には窓のない正方形の部屋があった。殺風景であの地下室に似ている。

 ここは軍曹のいた年代のものだろう。キリ爺がここの存在を知っていた可能性は少ないだろう。資料で残っていて知っていたことも考えられるが。手にして資料を全て目を通したわけでないので、家にある資料を見れば、それも明らかだろう。中央にある箱に目をやる。その近くまで来ると、鼻にぐっとくる腐臭が漂った。

 蓋を開けると、ミイラが寝ていた。これが誰の者なのか、検討もつかなかった。呪いに関係しているのだけは確かだ。もしや、軍曹が作り出した呪いは、『人間』から作り出されたもので、その原材料がこの人物なのでは?

 しかし、こんなコンクリートの箱に入れているのは何故?今日は引き下がることにした。


 ミイラの正体を確かめるべく、キリ爺が残した資料を読み漁った。軍曹の残した資料の中にそのヒントがあった。『SOD溶液の原料は死した者の魂なり』あのミイラはその原料だろう。見た目は女性。年までは素人の自分には分からない。資料には思春期の若者がいいと書いているので、その年頃の女性だろう。

 そのくらいの年は、モラトリアム期に陥る者もいるほど、感性が不安定になる。子供の思考から大人の思考に脳が変化する時期。医学的見地でも子供と大人の思考の脳のメカニズムは違う。その移り変わりに何か魂も変化をする要素があるのだろう。

 思春期の女性。それ以上のパーソナルデータは分からなかった。


 キリ爺の研究資料の中に不思議なノートがあった。それはすべてアルファベットで、しかも、外国語ではないことがわかった。全て暗号で書かれている。解読法を探すことにした。どんなに探しても、見つけることが出来なかった。そこで、よくある方法を当てはめることにした。

 アルファベットをその順番の数字に置き換える。置換法を試した。適当にある文字列を数字に変えた。

 FBBDKKCBHEABABAGB

 6 2 2 4 11 1 3 2 8 5 1 2 1 2 1 7 2

 それを子音母音の順に2つで1つの平仮名に置換する。

 6.2=ひ 2.4=け 11.1=ん …。

 ひけんしやはかかみ

 被験者はかかみ。

 被験者は加賀美?

 そう、この文章は恐ろしい事実を表していた。


 暗号を解いていて一日が過ぎた。クリスマスイブと言っても、一緒に過ごす者もなし。暇つぶしで1句ずつ変換していく。すると、考えられぬことが浮かび上がった。加賀美正美は軍曹の時代の人間だった。

 しかし、病気で植物状態になったが、その細胞を培養してクローンを作成。その際、あらゆる病気にならないと思われた、当時軍事開発中の薬品を使用した。しかし、それは思わぬ役目を果たす。そのクローンはすぐに成長を始めて5歳の頃、彼女は姿を消した。

 と同時に、オリジナルの加賀美も死亡。その時に、研究所で謎の死を遂げるものが発生。それはクローンが発生させた生物兵器でオリジナルが呪いに感染し、死して呪いの存在となった。

 そんな呪いの魂も軍曹の研究材料になったのだ。


 今日の解読はここまで。


 呪いにかかりこの地で連続殺人を起こしたのは、加賀美のクローンと言うことが分かった。そのオリジナルで軍曹は呪いの研究を行った。その研究がキリ爺を呪いの存在になることの動機になった。永遠の存在になるため?呪いの魂には、ある秘密があるに違いない。

 さらに暗号を解読する。内容は次のようである。オリジナルの魂は、次々と一定のスパンの元に人の命を奪っていった。そこで、どうすればあの魂が成仏するのか色々試した。しかし、どうすることもできなかった。やがて、終戦がきて研究者達が捕まっていく。すると、加賀美の魂は消えてきった。

 彼女は自分を呪いの存在にした者が捕まったことで成仏したのだ。


 軍曹が研究した内容は結局、詳しく載っているものはなかった。呪いの魂の性質はどういうものなのだろう。引き続き、暗号を解くことにした。


 今度は暗号の法則が急に変わった。数字の羅列である。数字を五十音にしても意味にならない。そこで、数字をアルファベットに直す。ある文字を抜粋して考えることにした。


 451481192320518 

 DEADHASWATER

 これでは分からないので、単語を見つけて間を空ける


 DEAD HAS WATER

 死は水を持っている。何を意味しているのだろうか。この調子で別の文章を訳しようと思った。しかし、この法則で訳せるのはこれだけであった。きっと、この言葉には深い意味があるのだろう。


 あの池は何かある。あの場所に全ての原因があるはず。人の心を惑わす。呪いという禍々しい存在がある。ただの池ではなく、その場にある神聖な場所があるはず。

 池の下の研究室に向かった。あの壊れた壁のドアの中にあった地下への隠し通路を通り、池の下にある洞窟を見つける。死は水を持つ。池をもっている死というのは、全ての根源だろう。キャンプの用意を万全にした。明日以降、探検に向かう予定だ。その結果は、帰ってきてから書くことにする。

 それでは、それまで。


 洞窟探検をしていた。今日、やっと帰ってきた。実は、洞窟は人工的なもので、人体実験のさらにおぞましいものを施行されていたようだ。

 改造された人間の標本が並び、研究施設が大きなスペースに並ぶ。ここでは語りつくせぬのし、疲れているので、詳しい話はまた後ほど。


 研究室は戦前にしては、かなり進んだ施設であり、奥には冷凍された人体が保存されていた。これだけ完全な冷凍装置をこの時代に製造されていたことに驚く。彼は肉体と魂の分離の実験をされていたようだ。

コールドカプセルに太いパイプがつながり、その先に意味不明な鉄の箱があった。

 中を見ることはできない。頑丈な鍵で施錠されているのだ。その後のことはまた明日。


 施錠された機械から何が出てくるか分からないので、数時間戸惑っていたが、思い切って近くの救急用の斧を取り出して、それを下ろし砕いた。

 呪いの正体は何だろうか。中には、仰々しい機械ではなく、基盤につながった鉄板に乗った1枚の石の板であった。

 それは鉄のようでもあり、粘土のようでもあるが、かなり古いものであることだけはわかった。表面には妙な文字が刻まれていた。それを写メに撮って欠片を鞄に入れた。石に魂を入れる?石が人体から魂を離すのか?加賀美やキリ爺が呪いの魂となり漂っているので、石に魂を入れるのではないと推測できる。

 魂が何故、その石で剥がれるのか。それが何故、人を殺すのか。そこで、この場を後にすることにしたのだ。


 思い返しはこの辺で、今日はその石について調べていた。ここ数日でそれがヒエログリフという古代エジプト文字であることが分かった。その中の何度も出てくる、1つの単語の意味は『CLOWN』であった。

それが真実に近付いているのかは分からない。その石の成分を解析してもらうように、大学の知り合いに頼み、石版の写メを飛鳥にメールで送った。

 全員の返事を待つことにした。


 石版の結果は出た。エジプトで発掘されているロゼッタストーンと同じようなものらしい。石の質自体は特に変な成分は含まれていない。精神作用を起こすものはない。

 次に『CLOWN』という言葉。

 英語では、クラウン、つまり、道化という意味であるが、当時のヒエログリフに書かれた文字に英語が使われているはずもなく、固有名詞であるだろう。

 あとは飛鳥の第6感の分析を待つしかない。今日も彼女からの結果は来なかった。


 石版の怖さを知ったのは、今日であった。それは魂を体から外すものではなく、魂を破壊して仮初の魂を入れるものであったのだ。ところが、軍曹は傍目から見て、普通の人間が魂が体から離れて行動しているように見えた。

 本当は、魂が石版から召喚された仮初の魂に侵食されて、破壊されて、仮初の魂は人格や残留思念を受け継ぎつつ体に宿ったのだ。そこで、体が破壊されるためにその召喚された仮初の魂は宙を漂う。それは、人の命を奪う。

 3年ごと、4年ごと、ではなく、人の命を奪うにはある条件があるようだ。その魂は体が必要なのだ。操られた人、殺された人に宿りながら、特殊な力で人の精神を崩壊させて命を奪っていったのだ。


 それを教えてくれたのは、飛鳥。

 「じゃあ、クラウンって、その召喚された魂?」

 「加賀美とキリ爺の2人がいるでしょ。『上界』の存在は2体の魂があるはずはないわ。クラウンの使者よ」

 「それを倒すには?」

 「宿った者の残留思念をなくすこと。使者は体がなければ、本来は下界に留まることができないのだから」

 「今は、誰にも宿っていない?」

 「そうね。最後の犠牲者が出た時点で、彼らは宙にいるわ。魂の破壊者達は」

 それが何を意味しているのかは、そのときは分からなかった。


 加賀美とキリ爺の性質と思念を受け継いだ、石版の仮初の魂はどこにいるのだろうか。目的は何なのだろうか。人の命を奪っているのだから、それが目的だろう。石版を媒介にして召喚された者は人間を滅しようとしている?

 「彼らはどこに?」

 しかし、飛鳥は分からなかった。石版の文字を霊視してくれただけだし。旧校舎に向かう。半壊したそれは、虎ロープが張られていた。池の水は抜かれている。今日はただ、その光景を心の目で眺めるだけにした。


 旧校舎の水の涸れた池の底を眺めていたら、地下室の天井のコンクリートが見えている場所があった。そこでふと足を踏みしめる。コンクリートに穴が開き、下の研究室が垣間見れた。そこで、光の霧が発生して女性の姿の霧が現れる。

 「君が石版で召喚された仮初の魂?」

 「私はSNOW。CLOWNがこの次元に召喚された。1度、ここを追放されることを予期していた彼は、ここである男に彼と彼の使者を人間の命と引き換えに召喚するように仕組んでいたの」

 よく、彼女の意味は分からなかった。

 「君は加賀美やキリ爺の意思を受け継いだCLOWNの使者じゃないんだね」

 「CLOWNは軍曹と呼ばれた男を操り、CODEの石版で加賀美という人間のクローンにCLOWNを召喚させた。石版は魔術書の原版。召喚の意は記されているわ」

 その意味を頭の中で整理するには時間がかかるだろう。携帯に彼女の言う言葉を一時一句メモしておいた。

 「呪いを終わらすには?」

 「CLOWNを倒すことは不可能。彼は上界の存在で死はない永久の時間を費やす」

 「でも、以前は追放されたんだろう」

 「ある少年の特別な血の力で」

 「それをすれば…」

 「まず、人形を作る。それにCLOWNの魂を召喚して定着させる。次に、彼と同じ能力を持った『救世主』と戦わせて次元の彼方に追いやる。それしか方法はない」

 「SNOW、君は手を貸してくれないのか?」

 「私も彼と同様、運命の上界の者。人間を破滅させる目的は一緒。ただし、私は邪悪な人間以外は消滅させるべきじゃないと意図しているけど」

 「何故、僕に?」

 「私にとっても、彼は邪魔な存在だから。さあ、ヒントは与えた。すぐに動きなさい。すでに、貴方は狙われている。すぐに手が出せないのは、彼を追放した少年『救世主』と同じ血を持っているから」

 そのまま、SNOWは霧とともに消えていった。


 携帯に書いたメモを帰って整理することにした。携帯にメモしたデータをノートに整理した。結局、SNOWの話はこうだ。CLOWNという上界という別次元のものがエジプトの石版を原住民に作る。

 その石版がどういう訳か、軍曹の下に届く。軍曹は生物兵器の研究を始めてCLOWNはこの次元に召喚される。


 ここまでで、軍曹が操られていることが分かる。否、軍曹自体、CLOWNに関係する人間であるだったのかもしれない。そして、軍曹はCLOWNの使者、魂の破壊者を召喚していく。生物兵器の人体実験で。

結局、成功したのは、軍曹、加賀美、加賀美クローン、キリ爺。他にもいたかもしれないけど、今は加賀美クローンとキリ爺。軍曹は不明。

 正確には、彼らの性質を持った使者達。彼らは今は魂のみの存在。


 そんなところだろう。

 このままでは、CLOWNの目的どおり、人間の殲滅は続くだろう。SNOWの言っていた、かつてCLOWNをこの世界から追放した救世主を探すか。不可能だろう。

 同じ血を持つこの自分が?対峙して能力を使えるのだろうか。明日、CLOWNのいるだろう旧校舎に向かうことにした。彼と勝負をつけるために。


 旧校舎に来た。すると、飛鳥が待っていた。

 「貴方では道化師に勝てない。それに道化師をなくすことはできない。彼は運命の3柱の1つなのだから」

 「飛鳥、お前、何を言っているんだ?」

 彼女はいつものように無表情で言う。

 「全てが分かったの。私の能力は神隠し以降から覚醒して、今、全てが覚醒したの。と、同時に失われた記憶も取り戻したの。私は阿深流アミル。時を司る上界の者」

 「でも、人間じゃないか」

 「上界の者はその特別な能力を封じることで人間に転生できるの」

 「前世の記憶が蘇って、今までの軍曹のことは過去を覗いて教えてくれたんだ」

 「そうとも言えるわね」

 「でも、かつて、CLOWNを別次元に追放した者がいたらしい。救世主の彼を探せば呪いは解決する」

 しかし、彼女は鼻で笑って呟いた。

 「明日、私の部屋に来なさい」

 そう言い残して帰っていく飛鳥の背中を見て、嫌な予感がしてならなかった。


 飛鳥のアパートに行くと、彼女の他に1人の男性がいた。ちょっと面食らったが、しばらく無言でお茶を飲む時間が過ぎる。改めて、溜息をついた飛鳥が口を開いた。

 「道化師を今、追放できるのは人間では、我神、細波一族でしょう」

 「我神?じゃあ、この僕も」

 「それが間違いなの。貴方は我神棗じゃない」

 唖然として、思わずお茶を零してしまった。彼女が何を言っているのか分からず、外国語のようであった。

 「何を?」

 「本物は彼」

 飛鳥は隣にいる男性に視線を送った。

 「俺が我神棗。お前は俺だという記憶を植えつけられて、状況を設定されたんだ。アミルが覚醒したように、お前ももうじき覚醒する」

 「分かりやすく行ってくれ」

 「お前は冥王ラフェルの使者で、戻ってきたクラウンに対抗するために、人間の体に召喚されたんだ」

 「何を言っているんだ。まあ、100歩譲ってそうだとしても、何故、我神棗として状況を設定されて認識しなければならない?」

 「クラウンに対抗するためだ。お前が俺のような状況であれば、お前は手をそう簡単に出されない。現に回りの人間は死んでいるのに、お前は呪いに近付いても平気だろう」

 「君は?」

 「俺も救世主。クラウンに対抗する力を持つ。変に手を出すと、追放する能力さえあるだろう。その立場を利用してラフェルはお前をクラウンに近づけて、時を見て覚醒させて封印するつもりだった」

 「クラウンを封印するなら、勝てる君を使えばいいじゃないか」

 「ラフェルと俺達スノウコードは立場が違う。属性が違い、敵とまではいかないが、干渉しないのが暗黙の了解だ。いずれ、その均衡も崩れるがな」

 彼らが何を言っているのか意味不明だった。

 SFの話か。上界の存在とかいうものが僕を操っている?この体は別物で魂は上から降りてきた仮初の存在?スノウコード?冥王?属性?

 混乱している。この事実を言わなければ、僕は加賀美の呪いに近付き、クラウンに遭遇して、そこで、前世の記憶を覚醒させてクラウンを何らかの方法で封印したのだ。

 それを防いだのは、彼らがクラウンの封印を妨害したいから?彼らも敵?味方?人間をどうしようというのか。


 全て、かれらの言うことが事実とだとすると、だが。意気消沈のまま、飛鳥のアパートを無言で後にした。


 今日、呆然とまた操られるように旧校舎の水のない池にいた。すると、SNOWが霧とともに現れる。

 「とうとう聞いたのね。あなた自身の実存を」

 そこで、すこしずつ、あるものが覚醒していく。前世の宿命。冥王たる主の命によりクラウンの封印を目指す。そのためだけに存在している。

 「さあ、魂の破壊者達、クラウンの使者達が来たわよ」

 振り返ると、壊れかけた旧校舎の壁の中の隠しドアから、キリ爺と加賀美と思われる魂の存在が現れる。

霧状で白い不定形であるが、それが2者であることは肌で感じられた。

 「君達の主、軍曹はどこだ?」

 僕はそう聞くと、彼らは表情を曇らせた。そして、囁いた。

 「すでに目の前にいる。我々は間違っていた」

 彼らは大きな黒い渦になって涸れた池の中に吸い込まれていった。

 「地下室に彼がいるんだ。でも、どうして、2人は吸い込まれて…」

 すると、SNOWは囁いた。

 「道化師は結界を張ったの。人間を殺す道具を今度は自分を守る道具として」

 池の中の地下室に行こうとするが、見えない壁に阻まれた。

 どう、結界を破るかは、思案に暮れるしかなかった。


 壊れた旧校舎の中から池の下の研究室のドアの前に行く。開けようとすると、ドアが霧に包まれて意識が遠のいていく。気付くと、病室の白亜の天井が目の前に広がっていた。隣には本物の我神棗が呆れ顔で見下していた。

 「お前、使者だろう。人間なんかに憑いているから能力が覚醒できねえんだよ」

 どうも、僕と性質は違うようだ。

 「まず、お前自身、その人間の肉体を脱出して力を出さないと」

 「でも、クラウンを封印して大丈夫?」

 「まあ、それなりの方法ならな。SNOWがいるし」

 「結局、彼らは何なんですか?」

 「上界の者で、クラウンとSNOWは運命を司っている。だから、全ての事象は奴らの能力のせいで、まあ、3体の内1体がいればいいけど、クラウンとSNOWの両方がこの次元から消えれば、全ての秩序は乱れて世界は混沌に飲み込まれる。下手したら、崩壊する」

 「だから、追放でも破壊でもなく、封印なんだ。SNOWがいるから、今は何とかなるが、あいつも味方でも敵でもないし、世界を操っているだけにな」

 「それで、クラウンの能力の全てを封印しない封印をしないといけないと」

 「そういうこと。じゃあ」

 棗はそのまま、寝ている僕をおいて去っていった。


 今日は何故か病室から出る気力もなかった。まるで、体中の力が抜けて、何もやる気がなくなってしまっているかのようだ。きっと、クラウンに何かの能力を使われたのだろう。この体から脱出するには、あの生物兵器がいる。旧校舎の宿直室に行くべきだ。力を振り絞って、立ち上がると部屋を後にした。平衡感覚を若干失いつつ、病院から街に出る。

 すると、ちょこちょこ無表情の人間がこちらに視線を向ける。精神を操作されている?見張られている?

すぐに駆け出してA高校に向かった。そこはすでに異様な雰囲気に包まれていた。旧校舎の中に飛び込むと、破壊された箇所から進み、鎖の砕かれた開かずの間に飛び込んだ。

 そこで、急に空気のない空間に飛び込んだような感覚に陥った。息ができず、もがき苦しんで意識が遠のいていった。


 気付くとそこは霧の中であった。目の前にはほんとうに小さな水の玉が浮遊している。前に進んでいくと透明の世界に紛れ込む。そこは色がない。自分の存在に気付く。自分はあってない。これが魂だけになった存在なのだろうか。

 魂でも肉体のようなものが存在しているというのは、幽体や想像なのだろう。純粋な精神体は風、空気、水のような自然のエレメントになってしまうのだろう。先にクラウンがいることが分かる。でも、そこにたどり着くことができない。


 開かずの間で呪いの魂の存在になった、否、魂を肉体から弾かれて、クラウンの使者がその体に召喚されたのだ。人間の魂であれば、破壊されてその性質を召喚された魂の破壊者に吸収されるところが自分がラフェルの使者、上界の者であるために破壊されずに肉体から弾かれたのだ。


 キリ爺、加賀美の性質を持つクラウンの使者の結界に阻まれているのだろう。「運命」と「冥界」。どちらの使者が上か。覚醒させようと能力を高めた。黒い糸のようなもやが発生して、目の前の水玉は弾けて消えた。透明の粉がもやもやと舞う中で進むと、2人の人影が目の前に現れた。

 この対峙は何時間も続いた。


 思い切り息を吸うと、まるで全ての魂を破裂させるように、魂全体で力を放った。すると、キリ爺は霧の姿を散らして消えた。所詮、彼の芯など煩悩そのもの。もろいものなのだ。加賀美の方は氷の壁を作っている。

 まっすぐそれでも歩いている。すると、氷の中を水の中のように通っていけた。その先は闇が広がっている。それでも、無心で進むと、やがてほの明るい場所に出る。精神世界の中では全ては純粋なのだ。そのスポットライトの中には、道化師がいた。

 その表情は残虐で、全ての人間を恨んでいるように視線をこちらに向けた。

 「とうとう来たか、ラフェルの僕」

 その言葉は邪悪に当たりに響いた。


 クラウンのいる場所は徐々に変化して、周りが金色に輝き初めて、ピラミッドが現れた。いな、最初からあって、それに気付かなかったのかもしれない。レリーフには、様々な上界の者の逸話が描かれているが、

人間が作ったような感じであった。その中に、死神のようなものとドラゴンが巨大な梟の元で、大きな男性が剣を握っている。その男性の前に少年が手を向けている。

 「それはラフェルが堕とした竜王の儀式だ」

 僕も口を割った。

 「記憶は少しは覚醒している。エイシェントドラゴンの王、ノガードと、時を司るホーロウが死を司るデスの儀式で竜王が剣に強大過ぎる力を込めている。そうだろう?」

 「まあな。これが全ての原因だろう。上界の均衡を保つために、唯一大きな力を持つ竜王が剣に力を封印して、神格を落として竜王の使者に転生したまではいいがな」

 「その剣が大きな力を持っていると、ロー混沌カオスの陰なる争いが始まる。そして、下界までおよび、大いなる戦いが始まってプロローグが進んでいる」

 「その序章のたった1つのエピソードが我の召喚とこの人間の魂に宿ることで、新たな人間殲滅の方法を見つけて実行ができた訳だ」

 「加賀美の呪いのことか。それにしても、主のラフェルが僕を使いに出したのは、お前が危険だと察した訳だ」

 「光栄だな。あのラフェルに目を付けられるとは」

 ピラミッドに近付いた僕は、それがクラウンの本体であることに気付いた。

 「さて、軍曹どのの魂も劣化し過ぎて、宿り主としては役に立たなくなったしな」

 「このピラミッドは、まさか」

 クラウンは無表情を少し緩めた。ここでは時間はなく、人間の体から抜けてどこくらい立ったのか分からないし、そんな概念はなくなっていた。

 「今まで滅した人間の魂で作ったオブジェさ。それに憑くのは、プライドが許さんが、まあ、計画のためには仕方ないだろう」

 「上界のレリーフは意味があるのか?」

 「人間への戒めでな」

 僕は初めて、『人間』としてクラウンに憤怒の視線を向けた。


 クラウンは笑った。

 「使者が司る者に勝てると思うか」

 「天使が神に挑むようなものだからな」

 しかし、僕には冥王ラフェルの能力を少し使える。クラウンは今、軍曹の魂、否、性質、残留思念に宿っている。それさえなければ、この世界に留まることができず上界に帰るしかない。勿論、僕自身もそうなのですが。

 軍曹の魂をなくす。死の世界の冥王のラフェルの能力では、難しくない。力では勝てなくても、無理に戦う必要もない。彼は今、油断している。しかし、今、ここまで近付いている。そして、彼は油断している。

僕は精神を集中して、精神波を放とうとした。

 すると、我神棗が現れて、それをはばんだ。

 「何故、人間の君がこの精神世界である次元の狭間に?」

 「俺はSNOWCODEの血を引くもの。しかも、救世主。次元を超える力を持っているのさ」

 それを知っているかのように、棗の出現にクラウンは驚いていなかった。

 「何故、クラウンを助ける?」

 「いいや、あいつも俺の敵さ」

 棗の意図は分からない。三つ巴の対峙が続いた。


 我神棗は僕の前で言った。

 「こいつは人間を殲滅することが目的だ。だが、ラフェルは人間の行く末抜きに敵であるクラウンを葬るつもりだ。こいつの存在の消滅は、この世界の秩序の崩壊につながる」

 「違う、封印するだけだ」

 「どうやって?今、お前が放とうとしているのは、冥界の黒い炎だぞ」

 僕は混乱した。

 「ラフェルに洗脳されているんだな。人間の魂に召喚することで、人間に肩入れすることを見越してな」

 「上界の存在はこの世界をなくしてどうする?」

 すると、代わりに奥にいるクラウンが言った。

 「我は世界の害である人間を殲滅させて世界を修正させるつもりだ。だが、ラフェルはこの世界は修復不可能と判断したんだろうな。あらたな世界に作り変えるつもりだ。壊すだけ壊して、生み出すのは法と混沌に任せる腹積もりだろうが」

 「わかったら、お前ら、消えろ」

 我神棗は突如、物凄い力を放ち始める。SNOWCODEの能力だろうか。すると、この精神世界の次元の狭間に隙間が発生した。吸引力が発生してクラウンはすぐにピラミッドの裏に逃げる。僕はそのまま空間の隙間に引き込まれていく。

 すぐに波動を放った。棗には当たらず、ピラミッドは黒い炎で燃え上がった。クラウンは表情を変えて、引力に負けてこちらに来る。僕は力を込めて引力に逆らってクラウンの足を掴んだ。

 「離せ、今なら2柱とも助かる」

 しかし、聞く耳を持たなかった。このまま、呪いの元凶、クラウンと僕がこの世界、次元から消えてもいいと思った。次元の切れ目は僕達を吸い込んで閉じた。その向こう側で本物の棗は憂いな瞳を向けていた。

次元の穴を漂い、意識はそのまま遠ざかっていった。

 これで全てが終わったのだろうか。


 気付くと、病室の天井が目の前に広がっている。まだ、視力がはっきりしないが、それが徐々に白みが取れてカーテンレールが見えた。

 「ここは?」

 起き上がろうとしたが、力が入らない。そう、肉体が存在していた。確か、本物の我神棗の最大の能力で次元の彼方に吸い込まれたはず。

 「私が戻したのよ」

 阿深流こと飛鳥がいた。

 「私は時の流れを操ることができるの。貴方の時間だけを戻したのよ」

 「どうなったんだ」

 「次元の彼方に行った時から、呪いに掛かる前、つまり、肉体から魂が抜ける前に戻ったの」

 「でも、状態が戻ったにしても、次元移動は?」

 「貴方の主体は肉体にあったの。だから、肉体と魂が戻る時、主体のあるこの次元に戻れたの」

 「あいつの話では、僕はある人間に宿っていたんだろう。肉体は別人で、僕は魂だけの存在だろう。召喚された使者…」

 すると、飛鳥は少し憂いな養生を見せた。

 「彼はすでに死んでいたの。だから、貴方が召喚できたの。冥王は死を司る。死者に召喚したので、体は貴方自身なのよ」

 「だから、小さい頃からの記憶があるのか。母親に言われたけど、1歳のときに心停止したって聞いた」

 飛鳥は頷いて微笑んだ。安心してそのまま眠ってしまった。


 全てが終わったのだ。加賀美の、否、軍曹の呪い、その正体はクラウンという上界の者のたくらみだったが、それも次元の果てに消えた。

 久々に例の建築途中で止まっていたビルに行ってみた。すると、しばらく来ていなかったが、そこはすでに完成したアパートが存在していた。

 ここで、人が亡くなっているなんて、住人は知らないだろう。周りの民衆は事件を知っているので、住むどころか近寄らないが、大学に入った地方の学生はここに住むだろう。住人募集の看板を見てみる。すると、月4万円と記載されていて、驚いた。

 普通の人なら何かあると思うだろうが、それでも学生は迷っても住むだろう。僕自身、ここに住む気がしてきた。引越しするかどうか、今日1日考えることにした。


                    完               

途中で旧日本軍の実験によるウイルスと思われたのですが、実はCODEシリーズの上界の存在の仕業であったという落ちになっていました。

我神が主人公なので、最初から予想がついていた人もいるかもしれませんね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーテリングに説得力とエンターテイメント性があり、文章もホラーにあった構成ですごくいいです。 先が楽しみです。
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