9.第二の旅立ち
「ふあぁぁあ……」
欠伸をしながら、てくてくと地道に歩を進める。
全ての準備が整って、俺はツィーゲの街からアカデミーへ向けて出発していた。
結局あれから十日後の出発である。旅立ちまでに予想以上に時間が掛かったのは、旅の計画を立てるのと道具類の充実はもちろん、アカデミーに提出する資料の一部をまとめていたからだ。
旅に出るため、今まではレミリアさんが記録していたものをこれからは俺自身で記録しないといけなくなる。そのための準備である。
しかしまあ、大変だったけどレミリアさんといちゃいちゃ(相談)しながら過ごすのは楽しかったよ。
なもんで出発が名残惜くはある。
ただこの旅はもっと大きく稼いで行くために必要だから仕方がない。
単純に俺の興味や経験のためと言うのもあるけどな。
ちなみにもっと稼ぐ方法と言うのは、馬車を使った本格的な行商である。
レベルを上げて召喚士のメインスキルで力のある召喚魔を使えるようになれば、馬車を曳く動物を購入する必要が無くなる。つまり初期投資が激減するし、馬車の維持費も低くすむ。魔力さえ許せばたくさん召喚できるし、いいことづくめだ。
そして、それを実現するためのレベル上げ、レベル上げを加速するためのアカデミー行き、と言う訳なのである。
アカデミーでは召喚士の情報を売るのと同時に、魔法関係の勉強をするつもりだ。
それで上手く魔法系、特に魔力増加系のサブスキルを得られればいいと思っている。今俺は魔力増強のサブスキル適正を持っているが、他にも魔力増加系のスキルがあるみたいだしな。
「お、見えてきた」
今、俺が歩いているのはツィーゲから出ている連絡道。月宗国を縦断する『月宗街道』に接続するまでの道だ。
そして小さく見え始めているのがその月宗街道なのだろう。
遠目でも広いのが分かるし、人通りも多い。
旅籠もあるみたいだし、今日はあそこで泊まろうかな。
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「兄ちゃん薬売りかい?」
旅籠の入り口そばで、『薬』と書いた小さめの旗を手にして座っていた俺に声が掛かる。
「そうだよ。街の薬屋には適わないけど、小さく細かく旅に便利なやつが揃ってるぜ?」
俺はそう言って傍らの薬箱をポンと叩いた。
この薬箱は今の俺の荷物のほとんどというか、ほぼこの木箱だけを背負ってると言って過言でないと言うか、そんな感じだ。
今の俺の背嚢は、これまで使ってきたリュックではなく、この木箱の側面に皮袋をくっつけて必要なものを入れれるようにしたものなのだ。
まあ長々説明したが、この木箱は要するに、俺のほぼ全財産だ。
これはポーションの瓶とかを持ち歩くために必要な措置だったから仕方ない。高くついたけど、保存性は抜群だし、鍵かけれる引き出しもあるから金も納めれる。ちょっと重いのが難点だったけど。
俺はその大事な木箱から、売り出し商品を1つ手に取る。
「これなんかどうだい。『等級外ポーション』ってやつだ」
相手に見せるように小瓶に入った液体をちゃぷちゃぷと揺らすと、中に入ったうっすらと緑ががった液体を見て商人風の男が怪訝な顔を浮かべた。
「等級外? 聞いた事ねぇな」
「ポーションってふつうそこそこ値段するでしょ? それを薄めた、ってわけじゃないんだけど、素材やらなんやらのランクを落として、値段と効力を落としたもんだよ。保存性と即効性はそのままだから、打撲や擦り傷、切り傷くらいならたちどころ、ってのは保証する」
「ポーションなあ」
ちょっとした怪我に対するポーション、というのは常識から外れているものだ。
小さな傷は軟膏で。病気や内臓系は丸薬や粉末薬で。多く血が流れるような、大きな外傷はポーションで。そう言う住み分けがなされている。
その隙間のニッチに入り込んでいこうと言うのが、この等級外ポーションなのである。
眉根を寄せる商人風の男に、俺の営業トークが続く。
「意味あんのかって思った? でも馬車で長旅だったら尻が擦り切れてきたりするだろ? 歩きだったら靴擦れも大変だ。そんな時に、こいつで速攻治しちまえば、旅籠の夜も快適快眠ってなもんよ。もちろん素材のランクは落としてるから値段もそれなり。今回は一見ってことで、安くしとくぜ?」
値段は銅貨三十枚。俺の街での肉体労働半日分と同じ金額だ。
中々お高いかもしれないが、瓶の用量的に数回使えて、そこそこの傷が治せるとしたら有用ではある。……はずだ。
そう思う値段設定にした。
少なくとも目の前の商人風……いやもう商人で良いか……にとってはそれほど大きい出費でもないだろう。
この人馬車もってるような商人だしな。
旅籠に入る時に馬車から降りるのを見たから間違いない。
さて、商人はと言うと、俺の営業トークに目を細めつつ、商品を吟味していた。
その後懐に手を伸ばしたから、どうやら興味は持ってもらえたらしい。
「三つほど貰おう。ウチのメンバーは、みんなそろそろケツが痛くなってるみたいだしな」
「まいどありー」
探り探りの営業ではあるが、上手くいったらしい。商人にも興味を持ってもらえたってことは、俺の話術も捨てたもんじゃないってことだろう。たぶん。
俺が薬瓶を手渡しついでに、気に行ったらツィーゲの薬屋を訪ねてみるように言うと、商人は目を丸くしていた。自分の仕入れ先を教えるとか、普通に考えりゃ商売敵を増やす愚行だからな。
そらまあびっくりするわ。
けどこれは、俺なりの薬屋の親父への恩返しでもあり、商品の知名度を上げる一案でもあり、ついでに農家などの貧しい地域にポーションを行き渡らせる策でもあった。
俺だって色々考えているのだ。
利益最優先じゃないかもしれないが、レミリアさんには俺らしいって賛同してもらえたし、今後も自信をもってやっていく所存だ。
とまあ、泊まる場所での俺の行動はこんなもんだ。
店先で商売させてもらうためにちょっとした下働きをしたりすることもあるが、その辺は宿屋の店主次第だな。
あとは道中の丁度良さそうな草むらで薬のための雑草……じゃなくて薬草採取だ。
いや普通なら雑草とされてしまうようなのを有効活用してるんだよ俺は。
決して詐欺とかじゃない。詐欺とかじゃない。
素材の処理とか調合とかも大体道中で済ませてしまう。休憩とかでちょぼちょぼやるわけだな。
おかげで休憩と言う割に足休め程度にしかなっていないのだが、まあそこは若さか。意外と何とかなっている。疲れは溜まっているので、街に着くたびに少し多めに休む必要があるかもしれないが。
そんなこんなで、さっさと一ヶ月が経過した。
道中、月宗街道から外れた街や村に寄り、商いを行ったので利益もそこそこ上がっている。
途中にまとまった数の薬草(雑草ではない)が生えていて目を疑ったが、やはり専門でもないと見分けがつくものでもないのだろう。等級外ポーション以外の素材を労せず得て、内心ウハウハな俺だった。
そしてたどり着いたのが関所街「ラルドフィーネ」。月宗街道に存在する、初めての大きな街だった。
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ラルドフィーネは関所街である。
月宗街道はその重要性から、国が税金を使って整備・安全の確保を行っているため、こうしてちょくちょく関所が存在しているのだ。
と言っても国側も商売を妨げるようなことをしようという考えは無いようで、関所を通る通行料はごく微々たるものだ。殆どは国民からさまざまな形で徴収されるようになっている税金で賄われている。
この関所の本当の役割は流通量や交通量などの情報を国が把握しておくことらしい。レミリアさんの談である。
実際こうして関所に付随する街を作り、旅籠や市場があれば情報も物も集まってくるだろうし、情報収集などいくらでもできるだろう。他にも色々な意図がありそうだし、月宗国の重要拠点であると言っていい場所なのだ。
もちろん国側の意思とは無関係に、冒険者や商人たちにとってもしっかりとした防壁に守られた関所街は安息の地であると同時に拠点にもなりうる。民間人にとっても重要であると言えるし、つまりは俺にとっても重要だ。
ここでのミッションは第一に冒険者の義務、討伐クエストの消化。これはレミリアさんとも話した通り、義務の消化だけでなく戦闘訓練と金稼ぎもこなせる一石三鳥の行動だ。
ピクシーさんマジヤバいくらい強いから、これもばっちり稼がせてもらおう。ピクシーさんが強くても俺がすぐ死にそうだからあんまり深入りはしないけどね。
そして第二に、賦活化装備の充実。
関所街は重要拠点であるからしてツィーゲの街よりもはるかに賦活化装備の在庫があるだろうし、値崩れ品も需要供給の観点から多く存在する……はず、というのが俺の考えだ。
レミリアさんには胡乱げな目で見られたが、最低品質の装備なのだから値崩れ品以外で入手するなんてもったいない! という考えなのある。ツィーゲでは篭手からこっち値崩れ品で魔力ステータスの装備が見つからなかったため、ちょっとラルドフィーネの市場には期待してたりする。頼むぞ。
「よーし、まずは市場行くか!」
完全におのぼりさんテンションだが、それもまた良し。
俺は意気揚々と市場へと向かうのであった。
やっぱり定期更新は無理そうです。筆のスピード的な意味で、二日置き三日起きがざらになりそうなので。
といっても半端な時間は読者的にうっとうしいと思いますので、
・0時
・6時
・12時
・18時
のどれかに更新するようにします。