8.旅立ちの準備
さて、整理しよう。
今の持ち物からだ。
まず身に着けているもの。
布の服、布のポンチョ(後述のリュックを背負うために買い替えた)、皮のブーツ。そして腰のベルトにダガーと採取用のシャベルナイフ。あとは魔力の篭手に杖替わりの短槍だ。
次にリュックの中身。
保存食、服の替え、手ぬぐい類。小鍋、まな板、素材用ナイフ、調合用機材。ロープ、火打石、水筒。あとは嗜好品のお茶とかアメとかその辺少々。
主立ったのはこれくらいか。
これらは一気に揃えたわけではなく、徐々に揃えていったものだ。字面にすると大したことないものばっかだが、思い入れのある品々である。
それから今のステータス。
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■名前:レイモンド
年齢:十五歳
性別:男
レベル:3 → 5
体力 :28 → 38
魔力 :10 → 17(+1)
力 :11 → 12
防御 :8 → 10
速さ :7
クラス:召喚士
アビリティ:学識
メインスキル:召喚ランク1【クロウ】ランク2【ピクシー】
サブスキル:狩猟学レベル1/3、薬学レベル1/3、
生物学レベル1/5、魔法軽減レベル1/5
適正スキル:魔力増強、目利き
装備:皮の篭手(魔力1)
次回レベルアップまでに必要な経験値: 40/300
経験値取得条件:召喚回数×召喚ランク
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■種族:クロウ
召喚ランク1:必要魔力2
攻撃力:2
耐久力:1
アビリティ:飛行(空を飛び、高い回避力を得る)
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■種族:ピクシー
召喚ランク4:必要魔力10
攻撃力:1
耐久力:1
アビリティ:浮遊(宙に浮き、移動できる)
火魔法ランク3(ランク3までの火魔法を使用可能)
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何回見てもステータスの伸びが低いな。上がるだけましなんだろうけど、戦闘職とかはレベル5の時点ですでに20を超えるものもあるらしいし、格差を感じる。まあ召喚士は魔力を使って仲間を増やせるからその分本体が弱めなんだろう。
召喚魔たちはいい感じの布陣だ。
今の俺の魔力だと全展開してクロウ四羽とピクシー一体だ。クロウを回避盾にしつつピクシーの火魔法で射撃する感じだな。
……あれ? 俺いらなくね?
いやいやそれが召喚士なんだろう。
でも後ろでどっしり構えて指示出すだけとか、戦闘職の冒険者にめっちゃ怒られそう。
ステータス外の能力としては、○○学のスキルに補正を受けている知識は割と頑張って勉強した。実家で得た農業系の知識もある。
あとは薬屋の親父とアイナちゃんに教わった薬を作るための技術だな。これが俺の一番の飯の種になる。
これらの情報を鑑みて、俺の旅のプランは以下の通り。
① 徒歩で移動しながら、薬草を採取する。
② 休憩がてら薬品の調合。
③ 行く先々で薬を売る。
④ ついでにレベル上げ。
こんな感じか。
街では備品を揃えたり、冒険者の義務を消費するために討伐クエストを受けたりだな。
「別に討伐クエストを無理に受ける必要は無いんですが……戦闘訓練、つまり召喚魔の使い方を練習できて、お金も貰えて、義務を果たせる。一石三鳥ですよ」
「金策の効率が落ちるのでそればっかりはやりませんけどね」
「いや、冒険者ランクによる報償も考えれば、そうとは言えないかもしれませんよ?」
「そんなこと言って……乗せられませんよ、まったく。レミリアさんだってそうは思ってないくせに。第一俺が討伐メインでやってたら早晩ポックリ逝きそうですからね」
「ふふふ、レイモンドさんってしっかりしてるようで時折抜けてますからね。そうかもしれません」
「事実だけどひどい」
嬉しそうにしていて可愛いのはいいが、俺のディスられ方がヤバい。
「あのー、クエスト受けたいんですけど」
受付でレミリアさんと話し込んでいたのだが、ここで横から声が掛かった。
手にクエストの受注表を持った冒険者である。
ちょっと混んできたみたいだ。話し込んでて気づかなかったが、午後のラッシュも近い時間帯である。あまり受付嬢を拘束するのも良くないだろう。
「じゃあ、レミリアさん続きはまた今度」
「あ、ちょっと待ってください!」
俺が立ち去ろうとすると、レミリアさんから待ったが掛かる。
なんだろう。次の空いてる時間とかを教えてくれるのかな?
「今日は八時に仕事上がりますから、その後すこし話しましょう。善は急げです」
「わ、分かりました」
勢いに押されて二つ返事だったが、まさかの提案である。
仕事上がりに少し話って、たぶんごはん食べながらだよね。
これは何だ、フラグか、フラグなのか。
いやまて、これは罠か。だって俺これから片道半年くらいかかる旅に出るんだぞ? 向こうで一年勉強するとしたら、帰ってきたら二年じゃねーか。
でもレミリアさんのフラグか……事務的な感じだけど笑うと意外なほど可愛いレミリアさんの……。
あーもー。どうすりゃいいの! どうすりゃいいんだ!?
意外過ぎる提案にテンパりつつも、俺はそのままふらふらと資料室に足を運んだ。
これから旅について自分なりに高度にまとめるのだ。そしてレミリアさんの笑顔をゲットするのだ。俺はできる男なのだ。
しかし資料室では半ば妄想に浸ってしまい、気付いたら八時だった。
■ □ ■ □ ■ □
「お待たせしました」
「いえ、今来たところですよ」
「え? ギルドの入り口らへんにずっといましたよね」
「いや、あはは……言葉のあやと言うやつです」
すいません言いたかっただけです。
気を取り直して、俺はレミリアさんと連れ立って近くの飯屋に向かう。
彼女は俺より間違いなくはるかに高給取りのはずだが、レミリアさんの薦めで向かった場所は俺でもまったく問題なさそうな店であった。気を使ってくれたのかね。
「ここはお魚がおいしいんです」
レミリアさんがウキウキしてらっしゃる。
なんか仕事の時とちょっと違う感じだ。オフだからだろうか。
「好きなんですか? 魚」
「え、どうしてです?」
「なんだか嬉しそうでしたから」
「あ、いや、あはは、プライベートでこういうのも、恥ずかしながら久しぶりなので……」
照れてるレミリアさんを見て俺まで照れてしまう。
しかしなんなんだこの可愛い生き物は。
「まあ半分は仕事ですけど、楽しんでできるほうの仕事ですから」
俺たちは話しながら席に着き、ご飯を頼む。レミリアさんは『いつもの』で、俺は『今日のおすすめ』だ。
「楽しめる仕事ですか」
「そうですね。受付嬢は冒険者のレベルに応じて、適切な情報を提供するのが仕事と言われてますが、新人に対しては指導の意味合いも含むんですよ」
「分かりますよ。指導されてる側ですから」
レミリアさんがひとつ頷く。
「新人の指導はとりわけ私、楽しいんです。まあレイさんは素直なのでやり易いですが、色々苦労もありますけどね」
「無謀な冒険者がどうとか、前に行ってましたね。……じゃあ、楽しんでできない仕事と言うのは?」
「事務仕事です」
彼女のその答えに、俺は少し笑ってしまった。
受付での仕事にほとんど愛想というものを見せない、事務的な口調のレミリアさんが!
事務仕事が嫌いとは!
「笑いましたね?」
「いえ笑ってませんすいません」
ちょっと眉根を寄せたので土下座外交で返す。
彼女はそれを見てくすくす笑っていた。
「それにしても……前から思ってましたがレイさんは大人びてますね。十五歳でしたか」
「そうですよ。レミリアさんはオフの時は少し子供っぽく見えます。まあ年齢相応とも言いますけど、レミリアさんこそ普段が大人びて見えるので……」
「年下に大人びて見えるって言われるのも不思議な気分です」
雑談をしている内に食事が運ばれて来て、箸をつける。
……箸があるんですよこの国。こういうのを見るにつけ、やっぱりなんかのパラレルワールドなんかじゃないかと思う時がある。ちなみに魚は見たことないやつだ。
「ところでこれは先に聞いておこうと思うんですが」
「なんですか?」
「どうして今日は声を掛けて下さったんですか? オフの時間に」
「うーん……なんと言いますか……」
レミリアさんは魚の身をほぐしながら、考え込む。
俺も同じ動作だが、動作のクオリティは俺の方が上だ。今の年齢は下だが、元おっさん舐めんなだぜ。
「肝入りの冒険者、というやつです」
箸の根元をあごに当てながらレミリアさんがポツリとつぶやいた。
「なんですかそれ」
「流行なんです。ギルド内での」
レミリアさんが説明を述べていく。なるほど面白い話だった。
国が有望な冒険者に肩入れすることがあるらしいのだが、どうやらそれを真似て、地域単位、ギルド単位、果ては個人単位で肝入りの冒険者を作るのが流行っているらしい。
別に制度的に何かあるわけではないが、活躍する冒険者を育てたギルドなどには報償金が出るという慣例がある。国からの報償だから名誉にもなるため、肝入り冒険者を持つことが流行になったのだと言う。
最前線から遠い南方では特にその傾向が強いようだ。南方で人材を発掘して、最前線に送り込む、って言うイメージだな。
フックさんの『才色の礎』なんかがその一例である。同盟に対して報奨金が出るのかは知らないが。
「有能な冒険者は国全体の利益になるため誰も損しないし、良い流行ですね」
「私みたいに個人でやるのは、ちょっと単なる感情的な贔屓みたいでアレですけど」
そう言って少し恥ずかしげに視線を外す。
というか、彼女個人の肝入りだったのか俺は。レアスキルが出たからギルド的にちょっと世話してやれ的な指示が出てるのかと思った。
レミリアさんにそう言うと、
「ウチのギルドの肝入りはジュリアスさんに決まりました。私はレイさんを推したんですけどね」
ジュリアス。お金持ちでステータススキル法の触媒を自分で準備できると言う彼だ。
確かに強そうな雰囲気は漂っていた。まあ俺には強さを測るだけの能力は無いが、こういう世界の貴族層って強い人の子孫とかで才能にあふれてたりするもんだし。あながち俺の予想も外れてないだろう。
いや、ごめん。ギルドの肝入りなんだから予想どころか答え出てたわ。
まあ彼らはそれに値する実力があったと言うことだ。凄いもんだ。
「彼らにはギルドから幾ばくかの支度金と、情報支援がなされるらしいですね。後は他のギルドでちょっと優遇されるとかですか。レイさんの場合は……」
ジュリアスたちへの支援は中々のもんだと思うが、俺にも何かあるのか。
「私が個人的に応援します」
やったぜ。
じゃない。いや嬉しいけど、でもつまりそれってこれまでと同じだよな。
「これまでと同じ、ではないですよ。今日みたいに時間外も使って相談しましょう。新人育成の縛りも外して、私が全力で情報支援します。王都で学んだ知識を存分に吐き出しますよ。何でも聞いてください」
そう言ってレミリアさんがどんと胸を叩いた。中々豊かな胸である。
取りあえず、かなり本気で応援してくれるみたいだし、色々細かいこと聞いて、アカデミーまでの道筋も立てて行こう。移動ルートとか販路を完全に立ててしまうのも面白そうだ。日数と魔力からレベルアップの過程を計算するのもありだろうし、色々胸が熱くなるな。
「じゃあ、遠慮なく聞いちゃいますかね。取りあえず食事を下げてもらって……」
「お酒でも飲みますか?」
「議論が迷走しそうだからヤなんですけど……」
「まあまあブレインストームには変な偏見を取っ払わないといけませんからね。今日はとにかく意見を出し合う買いにしたいと思ってたんです。すいませーん!」
ギルドでは見ない強引なレミリアさんに流されて、酒を飲む羽目になった。
その後俺たちは、店の閉店間際まで気炎を吐いて議論を重ねた。
その議論のほとんどは露と消えた(ゲロッて記憶の彼方にいってしまった)が、有用な案は残り、その後一週間ほどかけて俺とレミリアさんは旅のプランを立てたのだった。
すこし時間がかかりましたが、ようやくぶらり旅に出発です。