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7.説得


 俺の弟は変な奴だ。

 生まれてから立ったり話始めたりも早かったが、貧困にあえいでいたのを何とかしようと、ほんの三歳くらいから色々なことをやり始めたのだ。


 たとえは雑草を畑の外の土にすき込んで肥沃な土を作ってみたり。

 ため池を作って、畑には畝を立て、水の管理をすることで干ばつや大雨に備えたり。

 なけなしの小遣いで買った果物の種を植え、五、六年かけて果実を取れるようにしたり。


 たまに失敗したりもしていたが、奴はたくさんのアイデアを出し、そのすべてを楽しげにやっていた。

 なんと言うか早熟なだけではない、変な奴だったのだ。



 その弟は成人して家を出た。

 いや、たぶんあいつは冒険者ギルドと契約しただろうから、世間的には家から出された・・・・のだ。


 ただ俺としてはあいつは外に出て良かったと思う。少なくとも俺や一つ下の弟、ましてや小さな妹が家を出るよりは良かったはずだ。

 あいつならどこでもやって行けると思うし、その能力もある。

 もしかしたらギルドでの契約の対価で得るステータススキル法で大成するかもしれない。


 両親は惜しみつつも、俺と一つ下の弟はとてもポジティブな感情であいつを送り出した。

 まあ妹はあいつに良く懐いてたので泣いていたが。見送りにも出てこなかったしな。


 ともあれ、俺たち家族は相応の決意をもって、あいつを送り出したのだ。



 送り出したのに。


 あいつは……半年も経たないうちに戻ってきやがった。 




 ■ □ ■ □ ■ □




「ただいまー」


 村にたどり着き、取りあえず実家に顔を出す。

 と言っても真っ昼間なので畑の方に、だけどな。農作業中なのだ。


「ん? お……お前、なんでここに!」


 これは親父のリアクションだ。ビックリしすぎだろ。里帰りくらいするっつーの。


「レン、てめぇ戻ってきやがったのか!」


 これは一番上の兄、エンガードの言葉だ。なんかちょっと不機嫌そうだ。酷い。


「と、とりあえず休憩だ。エンガード、みんなを呼んで来い」

「……分かった」


 親父は未だに動揺した感じだし、エンにいは機嫌悪いし、もうちょっと感動の再開とかあると思ってたんだけど。まあ、四ヶ月ちょっとしか経ってないしそう言うもんだろうか。



 少しして、そう広くも無い畑に散って作業していたみんなが戻ってきた。

 みんなあんまり変わりない……いや妹のシャルはちょっと背が伸びたか? んなわけないか四ヶ月だしな。


「お帰り、お兄ちゃん!」

「ああ、ただいま」


 ニコニコしている妹に頷き返し、俺はみんなに近況を報告する。

 冒険者としてスタートしたことやスキルのこと。優しい受付嬢さんに良くしてもらってること。それから良く勉強してちょっとした薬を作れるようになったことや、ゴブリンに襲われて先輩冒険者に助けてもらったこと。


「色々道具も買い揃えて、行商でも始めようかと思ってね。せっかくだから、最初にここに向かったんだよ」


 俺は最後にそう締めくくった。

 実際にはここに至るまでのいくつかの村々で商売をしている。道中の薬草採取や調合、そして売り上げは順調で、同じ稼ぎが続くなら低品質の賦活化装備をフルセット買うことだってそう遠い未来ではないほどだ。

 まあもちろん、俺の体力的にも需要的にもそう上手くは行かないだろうが、その分色んなところに足を伸ばせばいい。そう考えている。


「で、これがここに来るまでに稼いだ金だ。受け取ってくれ」


 俺はそこそこの金の入った袋をずいと突き出した。

 これで実家の経済事情もかなり改善されるだろう。短期的なものではなく、色々と備品も買い換えられるだろうからしばらくは楽になるはずだ。ついでに薬も渡そうと思ってるし。


 しかし、俺の突き出した腕は親父にそっと横に逸らされただけだった。


「これは受け取れないよ。お前の稼いだ金だ」


 そうだ、そうよ、と家族から同意の声が上がる。


「でも俺はみんなのために稼いだんだよ。受け取ってくれないと困る」

「お前が家をでる時にはっきり言わなかった俺たちも悪いが、お前には自由に生きて欲しいと思ってるんだ。うちみたいな貧しい農家のことなんて忘れて、な。お前にはもっといろんなことができると思ってるし、色んなものを得られると、俺たちは思ってる」


 なんか似たようなことをレミリアさんにも言われたな。

 色んなものを得られる……俺は自分のそんな可能性になんて目を向けたことは無かったし、そんなものがあるなんてそもそも思っていない。


「みんなのこと忘れてなんてできるわけないだろ? それにそんなあやふやな希望で、先になんて進めないよ。みんなが今の状況で大変な状況にいるのに、俺だけが違うなんて……」


 俺はもう一度袋を持った手を親父の胸に突き付けた。

 親父はその重さに息を飲み、取り落としそうになるほどの重みを受け止めようと手を伸ばす。

 決して親父は金を受け取る意図はなかっただろうが、向こうが手に持ってしまいさえすれば、俺が手を離してしまえばいい。それで今度は俺が袋を返されないようにすればいいのだ。


 そう思っていたのだが、金の入った袋は横からエン兄ひったくられてしまう。

 エン兄は金袋の中身を確認してびっくりしつつも、それを突き返してくる。


「返されても、もう受け取らないよ」

「俺は返すとは言ってねぇ」


 エン兄の言葉は俺の思っていたこととは違っていた。


「どういうことだよ」

「俺はこの金を受け取った。外じゃはした金なのかもしれないが、俺らにとっちゃ大した金額だ」

「まあ、そうだね」


 割と稼いだ方だとは思うが、それは今までの稼ぎが日雇労働だけだったからだ。まずもって比較対象がおかしいだけで、世間的には普通くらいだろう。


「それで?」

「この大金・・をお前に預ける」


 あえて大金と言い、兄貴は厳しい顔で俺を睨み付けた。絶対に断らせない顔である。


 親父や母さんはと言えば、「その手があった!」と驚いていて、なんだかこののほほんとした夫婦の感じを思い出してちょっと懐かしい気分になった。


 それより今はエン兄のことだ。


「預けてどうすんのさ」

「もっと儲けろ。お前、お金があればもっと成長できるって言ってたろ。これでもっと成長して、もっと儲けて帰ってこい。こんな程度じゃシャルをいいとこに嫁がせることすりゃできやしねぇ」


 軽く話したつもりだったけど、エン兄は俺を説得するために良く話を聞いてたみたいだ。


 確かにこの金で魔力装備を買えば、成長は恐らく二割増し。レベルが上がってサブスキル『魔法軽減』のレベルを上げればもっとだ。

 他にも使用魔力を減らす方法はちょっと考えていて、それもあわせればレベルが上がるごとに成長速度が加速するはずだ。必要経験値の増加を考えても、それは間違いない。


 それにシャルをいいところに嫁がせると言うのも魅力的な考えだ。

 我が妹ながら可愛いのだ、彼女は。

 ひいき目じゃないぞ?


「でも、やっぱお金は必要だろ? 俺一人の食い扶持が減ったからって、そう楽になるもんじゃないはずだ」


 それは依然としてある懸念だ。貧困が家族を苛んでいる間は、やはり俺は自分のことばかり考えていられない気がする。


「馬鹿言うな。お前が色々やってたことが少しずつ実になり始めてるし、肥料なんかのおかげで今年は豊作だ。だから大丈夫だ!」


 力強く言ったエン兄の言葉に、家族たちが頷く。


 そう言えば、確かに収穫の時期は過ぎていたな。豊作だったのか……。


「お前の口減らしと、豊作とで余裕はある。これからだってもっと頑張って、少しずつ良くしていくつもりだ。気を回してもらわなくても大丈夫なんだよ」


 親父が穏やかな表情でそう言った。

 

「……そうか……分かった」


 いや、本当は分かってなどいない。

 釈然としない、納得しない気持ちはまだ残っているし、不安だってある。


 けれど、これだけ言われて、決意しないなんてできるはずがない。

 それに別に、彼らの生活を俺の手で良くすることを諦める必要なんてないんだ。


「じゃあエン兄の言う通り、俺はこの金を何倍にもして帰って来るよ。絶対にな」


 掲げるように金の入った袋を持ち上げ、俺は宣言した。


 その後俺は餞別代りに等級外ポーションを十本ほど渡し、村を後にするのであった。




 ■ □ ■ □ ■ □




「では、やっぱりアカデミーに?

「はい。恥ずかしながら、家族に諭されました」

「そうですか……」


 レミリアさんはふうと一息吐き、笑顔を浮かべた。


「この近辺でやって行くなんて偉そうに言ったくせに、すみません」

「謝らなくたっていいんです。あなたが決意して下さったことを私は嬉しく思いますよ」

「良かったです。怒らせてしまったかと思いました」

「怒るなんて、そんな。ただちょっと上手く指導できなかったことに落ち込みはしましたが……」


 やっぱり落ち込んでいたのか。大体俺のせいなのだから、レミリアさんは気にしなくていいのに。


「俺はちょっと感情的になってたんだと思います。家族に言われて、そこまで思い詰めなくていいんだと思いました。それで、外に出てみようって思ったんです」


 思うばっかだが、とにかく俺はそう思ったのだ。

 村を出て、自分から肩に載せていた重りが軽くなって、何となく気分がすっきりした。

 まだ何もしていないが、やる気だけは十分だ。


「と言う訳なので、準備を手伝ってもらって良いですか?」


 やる気ついでに、レミリアさんに甘えてみる。

 甘えられるのは嫌いかもしれないけど、前は彼女の意見を突っぱねちゃったから、改めて意見を聞いてみないといけないだろう。


「分かりました。お手伝いいたしますよ」


 笑顔を見せる。今日なんだか期限が良さそうだ。

 彼女のやる気に満ち溢れた顔につられて、俺も自然と笑顔になった。


 さあ、忙しくなるぞ!



不定期ですいません

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