5.初戦闘
始まりは突然であった。
「ギィ! ギギィ!」
ほんの二メートル先に現れた小柄な影。
ハゲ頭と鷲鼻、尖った耳、緑の肌。ゴブリンだ。
何でこんなところに。何故この近さまで気づけなかったのか。
疑問は多く浮かんだが、何よりやつらが現れた場所が問題だ。
奴が現れたのは、アイナちゃんを挟んで向こう側だったのだ。
「きゃああっ!」
間に入るのが間に合うのか?
手に持った短槍を投げてでも牽制するべきだろうか。
一瞬判断に迷ってしまったが、ゴブリンにしても唐突な邂逅だったのだろう。
「危ないっ!」
ゴブリンが飛び掛かるのと、俺がアイナちゃんの襟首を掴んで引っ張るのはほぼ同時だった。まさに間一髪でゴブリンが振った剣先がアイナちゃんを掠める。
「いたっ!」
引きずり倒す形になったアイナちゃんがうめき声を上げる。
しかし俺にはそれを頓着する余裕は無い。
彼女とゴブリンの間に入り、槍を構える。
「ギィィ! ギィィ!」
相手は小剣と盾、胸甲を身に着けている。俺よりも良い装備だ。
ゴブリンは社会性の魔物で、個々の戦闘能力は大したことないが道具や集団戦闘が厄介なのである。
「でろ! クロウ!」
取りあえず俺の最大の長所である召喚を行使する。
くるっぽー、と気の抜けた声を上げて漆黒のハトが姿を現した。
さて、ここで本邦初公開。クロウのステータスである。
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種族:クロウ
攻撃力:2
耐久力:1
アビリティ:飛行(空を飛び、高い回避力を得る)
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召喚魔のステータスは簡略だ。なぜそうなっているのかは分からないが、『攻撃力:1=力:5』『耐久力:1=体力:5』くらいの計算らしい。
体力は心もとないが、飛行による回避力と、今の俺と同等の攻撃力があるのが召喚魔クロウの能力と言えるだろう。
しかし……初実戦が厄介な社会性の魔物とは運が悪い。クロウがどれほどやれるのかも分からないし、不安と緊張感はいや増す。
だが、やらねばなるまい。後ろにはアイナちゃんがいるのだ。
「ギギィッ!」
ゴブリンの攻撃は飛び掛かりからの振り下ろし。
短槍を横にして受け止める。しかし、
「ぐあっ」
受け止めた直後に盾でぶん殴られた。ちくしょう、技持ってんじゃねぇか。これも社会性の魔物の怖さか。
だがこっちもやられてばかりではない。スキルによって生み出された俺の第三の手がゴブリンに襲い掛かる。
「クロウ、いけっ!」
「くるっぽー」
「ギッ、ギギャアアアアア!」
気の抜けた鳴き声は余計だが、ゴブリンの右眼にクロウの嘴が突き刺さった。
ゴブリンは尚も鉤爪を顔に突き立てるクロウに対し剣を振り回して対抗するが、ひらりと舞ってクロウは難なくそれを回避する。やばい、かっこいいぞハト野郎!
クロウが顔の周りを飛び回り、ゴブリンが狂ったように剣を振り回す。
チャンスだ。そう思った時には飛び出していた。
「うらあっ!」
ためらいを感じたりはしなかった。
体重を乗せ、背後から鎧に覆われていない脇腹へと切っ先を突き刺す。
生々しい感触と共に、槍先はゴブリンの体へと吸い込まれた。
「しねぇぇ!」
「グゥッ! ゴブッ、ゴボッ……」
断末魔の代わりに口から血を噴き出しながら、ゴブリンは地に倒れ込む。
槍が抜けなかったため俺もそれに巻き込まれて転倒した。
「はあっ、はあっ」
ゴブリンは動かない。間違いなく死んでいる。
それを確認して俺は立ち上がろうとしたが、上手くいかない。
槍が抜けない……いや、力が入ったままになって槍から手が離せないのだ。そのせいで中々上手く立ち上がれなかった。
「レイさんっ!」
アイナちゃんが駆け寄ってくる。
彼女は少し震えていて、完全に怯えてしまっている。無理もない。
「ご、ご、ゴブリンの討伐証明は、み、耳だったっけか?」
俺も彼女と同じく震えが来ていて、互いの安否より先につい変なことを口走ってしまった。
……この震えは恐怖と言うより興奮から来るものだろうな。殺意ある相手と闘争し、打ち勝った末に生命を奪うという興奮。あまり気分のいいものではなかった。
「そ、そうですね、今日はもう帰りましょう」
アイナちゃんに手を貸してもらって槍から手を放し、立ち上がる。
ふうと一息。
ふとそこで、来歴不明な強烈な違和感が、俺の身体を襲った。
「うっ、ああっ」
「そ、そんな……」
酩酊感に似た意識の旋回と共に膝を付く俺の隣で、アイナちゃんが絶望したような声を上げる。
一体なんだ。
「ギギィ」
「ギッ、ギィッ」
二体のゴブリンがそこには居た。片方が持っている剣の先にクロウが串刺しにされている。
召喚魔へのダメージは多少召喚士にノックバックするらしいが、身体の違和感の正体はあれか。
いや、それよりも。
まずい状況だ。クロウは死んでも魔力が再召喚できる。俺も戦えないことはない。だが、ゴブリン二体を相手にする余力は、恐らく無い。
万事休す。
だが、ゴブリンとの邂逅から急転直下で進んだ状況に終止符を打ったのは、横合いから現れた黒い影であった。
「しっ」
「ギッ」
「ギャッ」
ほんの二振り。閃光にしか見えない斬撃でゴブリンたちは両断され、息絶える。
戦いの興奮や、その後現れたゴブリンたちの醜悪な顔、それを見た時の絶望感などそもそも無かったかのような。そんなあっけなさだった。
「ふう、危ないところだったな。おめぇら大丈夫か」
突如現れた黒い鎧の軽戦士は曲刀の血のりを払いながら、事も無げに言う。
ギルドで何度か見たことがある。『雷刀』の異名を持つフックという凄腕の冒険者だったはずだ。
「あ、ありがとう。助かった」
「いや、礼はいい。ゴブリンをここまでやっちまったのも、俺の責任だからな。むしろ謝らなきゃいけねぇくらいだ」
礼を言うと、『雷刀』はバツが悪そうに苦笑いを見せる。
どうやら向こうにも事情はあるらしい。
「とにかく、俺の同盟から護衛をつけるから、あんたらは街に戻りな。で、ギルドで待っててくれると助かる。改めて謝りてぇからな」
謝罪にこだわる意味は良く分からなかったが、今の俺とアイナちゃんの二人だけで街に戻るのは心細い。彼のクランは戦闘メインだったはずだから、護衛も頼りになるだろう。
「それは助かるが、あんたは?」
「俺は後片づけをしてからだな。なに、日暮れまでには帰るさ」
彼の言葉から、いまだその辺にゴブリンが残っていることが推測できる。だから護衛を付けると言ったのだろう。
「そうか。……ありがとう、じゃあお言葉に甘えて先に帰らせてもらうよ」
「ああ、また後でな」
フックのその言葉と同時に護衛役の戦士が到着し、彼に送られて俺たちはツィーゲの街へ戻った。
■ □ ■ □ ■ □
「それは災難でしたね」
アイナちゃんを薬屋の親父のところに帰したあと、俺はギルドでレミリアさんに報告を済ませた。
ゴブリンを倒しとことを話すと『雷刀』のクランが受けているクエスト報酬から少し融通してくれると言っていたが、そんなことができるのだろうか。
というか、さっきから話しているレミリアさんの笑顔が怖い。何なんだ一体。
「レミリアさん、何か怒ってます?」
「怒ってますよ。レイさんに対してではないですけど」
それは良かった。
……いや良くない。
たぶんこれフックさん(とそのクラン)に対して怒ってるんだろうな。
フックさんに待ってろって言われてるからここにいるけど、このままだと俺もレミリアさんの怒りを目の当たりにする羽目になってしまう。
こんな当事者扱いされたら俺まで怒られてる気になりそうだから凄い嫌だ。
嫌だが、どうしようもない。
仕方がないので話題を変えよう。現実逃避だ。
「それにしても……召喚魔はかなり役に立ちましたよ。ダメージのノックバックはきつかったですけどね」
召喚士は珍しいスキルで情報が少ないからか、俺の言葉にレミリアさんがピクリと反応する。手ごたえありのようだ。
「そう言えば召喚魔と意識は繋がっているんですか? 前から気になっていたんです」
「あー、そんな感じはありましたね。俺自身の五感をふさげばもっと深くリンクできそうな感じでしたし、説明的な命令しなくてもちゃんと動いてくれましたよ」
半自動で動いてたとは言え、「いけっ」とかで割とまともに攻撃できてたのだから召喚術は大したものである。いやこの場合凄いのはステータススキル法か。
「同時に複数の場所に意識があると言うのは想像できませんね。レイさんだと三つとか四つとかですよね? どんな感覚なのか……興味深いです」
「え? 召喚は一体だけしかできませんよね?」
「え? 同じ召喚魔でも最大でレベルの数だけ召喚できるはずですが」
えぇ、知らなかった。ノックバックあるとは言え召喚士強すぎるでしょ。
「でもあの時はどうせ一体しか召喚できなかったし……あ」
「へぇ、つまり事前に経験値稼ぎをしてから街の外に出たわけですか。可能性が低いとは言え魔物が出る可能性のある場所に?」
やばい、藪蛇をつついた。
複数召喚のことといい、完全に俺の準備不足じゃねーか。
レミリアさんのお怒りポイントを直撃しているぞまずい。
「レイさんの考える、冒険者の危機管理について改めて伺いたいですね。さあ、おっしゃってみてください?」
「はい、いえその」
その後、俺はみっちりレミリアさんに絞られることになった。
まあ確かに経験値稼ぎのための召喚を薬草摘みの後にしておけば、そして複数召喚のことを知っておけば、もう少し楽な戦いになったのは確かだろう。重要な情報に関して示唆をしなかったことについてはレミリアさんに謝罪されたが、俺の責任であることに違いはない。
反省である。
更にその後、フックさんが帰ってきて俺以上の説教タイムが開始された。
いろいろ事情が明らかにされていくが、危険な社会性魔物の群れの討伐を新人教育に使ったのは、確かにあまり褒められたものではないとは思う。
予想外の敵の数、予想外の新人のできの悪さ、そして俺が見通しの悪い草むらにのこのこ行ってしまったこと。色々要因はあるが、『才色の礎』というクランがクエストを最優先にするならば、本来森からゴブリンが出ることなど有り得ないのだ。
最低限それを達成できなかったことは間違いなく責任問題ではあるだろう。
ただ。ただ、である。
「えーと、レイモンドだったか。本当に、すまなかったな……」
「あ、あはは……なんと言うか、お疲れ様です」
レミリアさんに正論をぶつけられて疲労困憊のフックさんに追い打ちを掛けることは俺にはできなかった。だって可哀想だもん。横で見てただけの俺ですら凄いプレッシャーを感じたくらいだったし。
俺はフックさんと苦笑いを交わした後、なぜかブリリアントベースの反省会(という名の飲み会)に参加することになったのであった。
ちなみに翌朝二日酔いでギルドに行ったことについては、特にレミリアさんに怒られる事は無かった。
なんでも「息抜きは必要です」とのこと。ムチにアメが加わって天使に見えるな。間違いない。




