4.気配
「こんちわー」
「おう、いらっしゃい。ってあんたか」
最近行きつけの薬屋で、店主に迎えられる。
俺は『召喚サイクル→半日の日雇労働→勉強』という流れを少し崩して、実際に薬を作り始めていた。
「売り上げはどうだった?」
「中々よかったぞ。まさか低級よりも低い品質のポーションに需要があるとはな」
薬屋は別にポーションだけを売っている訳ではなく、病気への粉末剤とかも作っている。ポーションは保存性と即効性がウリで、かつ他の剤型より割高なためたくさん売れるわけではない。良く買っていくのは戦闘に使用する冒険者が主で、一般家庭には緊急用に一つと言うのが現状らしい。
俺が考えていたのは、そう言う用途とは少し外れたものだ。
「低級ポーションに手が伸びない層にも、即効性のある薬を欲してる人間はいるってことだな」
貧農出身の俺の意見である。
農作業でちょっとした怪我をしても、使うのは民間療法のような微妙な効果の薬だ。全快するには数日かかることも少なくない。その回復までの間も仕事は続くし、微妙な回復具合での仕事は辛い。すぐに回復してくれればと良く思っていた。
冒険者でも似たようなことが言える。
低級ポーションは低級とは言え、俺くらい(レベル4くらい)の体力は余裕で全快する。レミリアさん情報によるとレべル10の戦士職で、ようやく全回復しないというくらいらしい。
つまり、多くの駆け出し冒険者はポーションの回復力を無駄にしているか、貧農時代の俺のように微妙な回復効果の薬でだましだましやっているのである。
「娘の修業にもなるし、良いことを教えてもらったよ」
「俺の方も薬学の基礎を教えてもらったわけだし、持ちつ持たれつってことだな」
「ああ」
店主の言うように、ウィンウィンの関係で良い取引だった。
俺は朝に召喚で経験値を得つつ、午前中の日雇い労働んのあと、娘さんと一緒に等級外ポーション(低級以下なのでこう名付けた)の作成に励んでいる。勉強は隔日だ。
できたポーションについては、娘さんのと混ぜて薬屋に並べて売ってもらっている。俺と薬屋の店主との個人的な取引なので商業ギルドに登録する必要が無く、技術と知識の習得に専念できるからこれも俺にとってはメリットだ。
お金も溜まってきているし、次の装備を買うか。
それとも実家にに仕送りでもするか。
はたまた更なるお金儲けのために、ポーション作成のための機材をそろえるか。
色々と順調で、夢は広がるばかりである。
「レイさん、来てるんですか?」
「アイナちゃん、こんにちは」
「こんにちは。来てたなら言ってくださいよ。さっ、薬草摘みに行きましょう!」
店主と客層とかについて話していると、薬屋の娘、アイナちゃんが現れた。
歳は十二歳。目がくりくりした、栗色の髪の可愛い娘である。
薬草摘みはこれまで両親のどちらかと行っていたらしいのだが、同じ修行中の薬師と言うことでアイナちゃんに懐かれたのと、俺自身の修業のために最近では俺が同行している。
ステータススキル法を使った人間と言うことで、普通の人よりは戦力として扱われていることもあるのだろう。
俺もそれは承知の上で、今日もしっかりフル装備で(と言ってもマントと槍と篭手くらいだが)ここに来ている。
「じゃ、今日も行ってきます。日暮れまでには帰るので」
「よろしく頼むぞ」
店主の言葉に頷き返し、俺は街の外へと出発した。
■ □ ■ □ ■ □
とは言っても、向かうのは街の防壁の外にある農村地帯、のそのまたちょっと行ったところだ。
作るのは等級外ポーションなので、あんまり珍しい材料も使わないのである(高度な薬に使う素材は、店主が別枠で採取に行ったり、買ったり、ギルドに依頼を出したりしているらしい)。
正直言って、魔物のマの字も無いような場所だ。
「レイさんって、冒険者ですよねぇ」
道中はアイナちゃんとの雑談タイムで、いつもこうして取り留めもないことを話す。話題はいつも突然だ。
「そうだけど、それがどうかした?」
「やっぱり少ししたら、街を出てったりするんですか?」
「まあ……それはそうだろうなぁ。俺はちょっと特殊だから、普通の冒険者と違って行商とか始めるつもりだから、街には戻って来るだろうけど」
いちおう、俺はある程度の薬を作れるようになったら旅をしながら商売メインでやって行こうと考えている。冒険者のランクは上がらないかもしれないが、それよりまずはお金儲けを主目的にしたい。
どうせレベル上げに時間かかるしな。レベルが上がらないと戦闘力が上がらないし、冒険者ランクも上げにくいのだ。
「そうなんですねぇ」
「なんか含みのある言い方だなぁ。なんかあるの?」
「なんでもないですー」
べー、と舌を出してごまかしてくる。
可愛いものだ。
実家にいる妹を思い出す。
そう言えば、アイナちゃんはあいつと同い年だな。
向こうはどっかに嫁に出されるんだろうけど、それが決まるまでにできるだけ実家の生活を改善しなければなるまい。幸せな結婚には先立つものが必要だ。
「さーて、今日も一杯とるぞー!」
「それいつも言ってるよね」
そうこうしている内にたどり着いた草むらで俺たちは薬草摘みを開始した。
■ □ ■ □ ■ □
レイたちが薬草を詰み始める、数時間前。
彼らのほど近くの森でのことである。
「すまんっ、一匹逃した! 東の方だ!」
「ばっかやろうっ! 油断すんなっつったろうが!」
仲間の報告に、冒険者の同盟『才気の礎』のリーダーであるフックは怒号を飛ばした。
彼は予想外の面倒くさい状況に、眉間にしわを寄せる。
「ちっ、予想以上に数が多いのか。うちの連中、ポコポコ討ち漏らしやがって……帰ったらシゴキ五倍だな」
フックはそう吐き捨てる。
面倒くさいが、危険はない。それゆえの緊迫感の無いコメントである。
相手は危険度の高い社会性の魔物だが『才気の礎』は月宗国の南方には珍しい、戦闘クランだ。その主戦力は魔物との戦いの最前線である北方でも十分通用する。
しかし『才気の礎』は名の通り、人材発掘と育成を主目的にし、北方への戦力供給を至上命題としている。今回のクエストの遂行は、駆け出したちの登竜門のような意味合いで行われていた。
「それより、漏らしたやつはどうするんだ? 放置もできんぞ」
そばに控えていたサブリーダーの言葉に頷き、フックは考えを巡らせる。
「そうだな。足の速いヤツを呼び戻して各個撃破させるか。他は森の外縁部を張って、農村の方に行かせないようにしねぇと。こりゃまた評価下がっちまうぞ。ったく」
フックががしがしと頭を掻きながら、心底面倒くさそうに吐き捨てる。
クエストはほぼ完了したが、今回の内容では、育成ギルドとしてのクランの評価は下がるだろう。形としては残らなくても、この稼業の性質上、そういうものにも良く気を配らなければならない。
「んじゃ、移動開始だ! 駆け出し共は急がせろよ! 冒険者の端くれなら、非戦闘員を傷つけさせんなってな!」
森の中にフックの号令が響く。
しかし彼にも予想がつかなかっただろう。たまたまこの日、農村から少し足を伸ばして薬草を摘みに来たレイたちが居たことや、討ち漏らした魔物が向かった先がちょうどその場所であったことには。
レミリアの忠告通り魔物が出そうな場所には近づいていなかったレイだが、彼の考えとは裏腹に、戦闘の気配はそこまで近寄っていた。