カーゼル・セルゲレント Ⅰ
カーゼルはエディが出ていった扉を眺めながら物思いに耽っていた。
少し、甘やかしすぎたのかもしれん。
カーゼルは心の中で唸りながら過去へと思いを馳せる。
エドワードが生まれた当時、妻であるライオットは病弱だった。彼女はカーゼルの領地より内地に寄ったエバンス家の出身で、地盤を固めるために縁談を持ち込まれたのが出会いのきっかけだ。
辺境伯などという大層な称号を貰ったのはいいが、実際は体の良い矢避け程度の存在だったはずだ。少なくともカーゼルはそう思っていた。
しかし、傭兵から成り上がっただけのカーゼルが急に最高位の貴族に名を連ねるのは他の貴族からすれば面白くなかったのだろう。あからさまな敵対行為こそなかったが、陰湿な嫌がらせは何度も受けてきた。
大抵のことは笑って許せたが、唯一、身長のことを蔑んだ者には一切の容赦がなく刃傷沙汰にまで発展することがあった。本来ならば断罪されるところを親交のあったディベニロの口添えのおかげか咎なく済んだこともある。
カーゼルが低身長な理由は先祖にドワーフがいるからであり、彼にとっては低身長であることは祖先の血筋を示すための誇りだったのだ。
その誇りを嫁いできたライオットは笑わなかった。自分は病弱であるためベッドに臥していることが多く、カーゼルが話しかけてくれる目線が丁度良いと答えたのだ。
不思議と、病に臥しているだけの女が、気丈に振る舞っているだけの女が、少しだけ眩しく思えた。
程なくして長男のエドワードが産まれた。病弱なライオットから生まれたとは思えないほど元気な声で泣く我が子はとても愛おしく見えた。妻は出産の影響かひどく憔悴していたが、カーゼルの励ましに応じて優しく微笑んだ。
二年後、第二子を孕んだライオットは出産に耐えかねて死亡した。エドワードの弟もついぞ顔を見せることはなかった。
その時に放たれた妻の遺言こそ、エドワードには優しく接し、決して怒ることのないようにとのことだった。そのためカーゼルはエドワードを見ると亡き妻の姿が重なり、強い口調を出すことができなくなってしまったのだ。
危機感を覚えたカーゼルは息子の教育にディベニロを通じ、ケイドを送ってもらった。言葉使いこそ軽薄だったが、剣の腕は立つ良い教育係だと思った。
客観的に見てもエドワードは優秀だった。周囲が寄せる期待という重圧に耐え、応えるように成長していった。その過程において、ディベニロは息子をいやに気に入り、愛娘であるモラトーラとの婚約を申し込んできた。
息子の為を想うと悪い話ではないし、断る理由もなかった。
時は流れ、エルンとメシュドドの戦争の気運が高まった頃。カッカリアは同盟国であるエルンのため参戦するかを決めかねていた。というのも、ある理由から北に人口が流れてしまっていたため戦争に割く人手を確保することが難しくなっていたのである。さらに開戦初期にはエルンが圧勝するであろうという見方が多く、余計な手出しはしない方針が取られた。
しかしカッカリアの見解とは裏腹に戦争は長引き、ついにはエルンの要であるバレッドが戦死したという噂まで流れ始めた。カッカリアは真相を確かめるべく派兵を決意。指揮官にはディベニロが選ばれ、エルン、メシュドド、両国の内情を探ることが目的だ。
数ヶ月後の調査報告ではエルンは想定していたよりもかなり危ういことが判明した。エルンの滅亡を予見したカッカリアは早々に手を引き、エルンの魔法使いの引き抜きを画策し始めた。ディベニロの得た情報をすり合わせ、ウィンベン・ハルロードという男に白羽の矢が立った。
水面下の交渉の末、エルンが滅びる直前でウィンベンの引き抜きに成功したカッカリアだったが、本人から天敵の存在を知らされたのだ。話によるとその村の住人は高い戦闘力を持ち、魔法に対する完全耐性を持つと言った眉唾モノだったが、終戦後に調査隊が派遣されることとなった。