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パリから、ウイーンへは鉄道を利用した。が、丸々鉄道を使うわけではなく、貨車に二輪車を積み、ドイツ国内から、鉄道を降りて二輪車で向かう。二十一世紀の現在でも、二輪車や、自転車で欧州旅行をする旅人用の貨車が利用されている。
二人とも、二輪車の旅行のため、革のジャケットに、ぴっちりとした革ズボン、革製の飛行帽に、ゴーグルという出で立ちだ。
二輪車には、長期旅行の荷物を積むため、側車{サイド・カー}を装着していた。側車には、二人の着替えと修理道具、予備の燃料タンクなどが積んである。
何しろ、数キロも走ればすぐガソリン・スタンドがある時代ではない。燃料のガソリンは、薪木や、石炭を販売している燃料店で手に入れなくてはならないのだ。
ミュンヘンから郊外へ向かう幹線道路で、後席で好敏にしがみついていたセーラが、不意に手を挙げ、叫んだ。
「見て、あれを!」
セーラの叫びに、好敏は二輪車を停車させた。セーラが指差す方向を見上げると、薄曇の空に、葉巻形の物体が、悠然と浮かんでいる。長さは百メートルほど、直径は二十メートルほどで、全体は白銀色に輝いている。
ツェッペリン飛行船である。硬式飛行船という形式で、アルミ合金の船体に、浮揚用の気嚢が収められ、船体の下には操縦席と、ゴンドラがある。
「綺麗ねえ……」
セーラはうっとりと、呟いた。好敏も同意見である。
飛行機の操縦技術修得のため、フランスへ留学を命ぜられた好敏は、飛行船についても興味を持って調べたことがある。
フェルディナント・ツェッペリン伯爵が、自身の設計した飛行船の飛行に成功させたのが十年前。以来、ツェッペリン伯爵の下、ドイツで最初の──いや、世界初の乗客を空輸する、航空会社が一年前に発足した。
好敏は軍人でもあるから、軍用飛行船にも興味がある。ドイツは、ツェッペリンの飛行船を、軍用として購入している。
これから、飛行機械は、続々と軍事利用されていくだろう。高名な飛行家、サントス・ディモンは、飛行機の平和利用を唱えたが、結局はその願いは、虚しいものになるに違いない。
二人の目の前から、ゆったりと飛行船が遠ざかり、好敏は再び、二輪車の針路を、ウイーンへと向けた。