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一九六〇年、アメリカに、好敏はパンナム機より降り立った。アメリカ空軍の招きによるものである。好敏を乗せたパンナム機は、ボーイング七〇七ジェット旅客機である。
すでに航空機の主体は、ジェット機になっていた。
日米修好百周年と日本航空五十周年を兼ねた、アメリカ空軍の厚意による招待である。
好敏は七十の齢を越していた。
出迎えたのはパン・アメリカン航空関係者を始め、政府の役人、軍の関係者など、錚々たる面々であった。
これから好敏は、アメリカから欧州へ渡り、再び渡米、さらにインド、亜細亜を回る世界一周旅行に招かれたのだ。総て、欧米各国の好意によるものだ。
欧州では、思い出の地、パリに到着した。パリでも盛大な歓迎を受け、好敏は戸惑いを感じていた。日本最初の航空技術者として、好敏は生きながら伝説の人物として、見られていたのだ。
案内されたファルマン航空学校跡地は住宅地になっていて、何も残っていないが、見上げる空だけは変わりなく好敏を迎えていた。
茫然と周囲を見回す好敏に、随員が声を掛ける。
「ムッシュー徳川。あなたがこの地で飛行術を修得して、五十年がたちます。何でも、同期の学生に、ただ一人女性がいて、ムッシュー徳川と、懇意だったように噂されておりますが……?」
随員の顔には、微かにからかいの色が浮かんでいる。好敏は随員の言葉に、ほんの少し、頷いて見せた。
好敏の顔色を見て、随員の表情に驚きが弾けた。好敏が浮かべた、何ともいえぬ表情のせいである。
好敏の回想は、一気に五十年前に飛んでいた。
二輪車を使って、誰よりも先に飛行訓練を受けたあの頃を、思い浮かべていたのだ。飛行訓練を受けた後は、決まって、セーラが二輪車の後ろに跨っていた……。
数十年ぶりに、好敏はセーラのつんと澄ました、マイセン磁器の、人形のような顔を思い出していた。
耳を突き刺すような轟音に、好敏は回想から覚めて、空を見上げた。
見上げると、三角形のデルタ翼を持った、フランス空軍のミラージュ戦闘機が通過しているのを見た。
好敏は肩を竦め、思い出の地を立ち去った。




