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暁の双翼  作者: 万卜人
第七章 ヘール村
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 目の前に広がる光景を見て、好敏の頭に浮かんだのは〝隠れ里〟という言葉だった。

 まさに〝隠れ里〟で、急激に切れ込んだ崖が谷を作り、小さな清流が流れ、両側に小麦畑が耕されている。

 建物は、ドイツの田舎によくある藁葺き屋根の、まるで童話に出てくる家のような外観をしていた。

 小川にはガタゴトと音を立てる水車が廻り、粉を挽いているのか、石臼の音が微かに聞こえてくる。

 村の中央には、小さな教会があって、ここだけは瓦屋根である。教会の鐘衝き堂らしき尖塔が天を指している。

 畑には、数人の農民らしき姿を見掛けたが、恐らく作業の終了なのだろう、のんびりと農具を荷車に仕舞っている。

「綺麗……!」

 うっとりと、セーラが呟いた。見ると、両目をキラキラさせ、両手を胸の前で組んでいた。

 が、好敏の視線を感じ、慌てて俯く。

 ぐい、と巨体を感じると、グレタが好敏とセーラの間に割り込むように進み出る。グレタは好敏の視線を隠さんとして、自分の巨体をぐいぐい押し付けてきた。

 こんなのと、押し競饅頭は御免である!

 好敏は、むっとなって、飛び退いた。

 しかし眼前の光景に、大公の護衛を勤めている部下は、明らかに狼狽していた。

「ま、まさか! こんなところに、村があるとは……!」

 好敏は、声を出した部下に目をやった。

 年齢は好敏と、同じくらい。ほっそりとした身体つきで、瞳は灰色をしている。大きな両目を、更に大きく一杯に見開き、何度も首を左右にしている。

「あんたが、ここに探索に?」

 好敏の質問に、部下は急いで頷き、言葉を押し出した。

「ああ。大公殿下の命令で、探索の結果、この辺りにやってきたのだ。が、その時は、こんな村は見ていない!」

「前に来たのは、どのくらい、前だ?」

 部下は茫然となって、答えた。

「まだ、一月も経っていない……。本当に、俺が来たときは、こんな村はなかった」

「ふーむ……?」

 奇妙である!

 たった一月で、忽然と、一つの村が丸ごと、出現するものだろうか?

 大公を見ると、顔を紅潮させ、盛んに口髭を捻り上げている。

「とにかく、近づいてみよう……」

 決断するように声を上げると、大股で歩き出した。

 大公を先頭に、全員、ぞろぞろと一列になって歩く。

 なだらかな坂道を下り、村へと近づいた。降りきったところが、村を横切る小川で、小さな橋が架かっている。

 橋を渡ると、畑で作業をしている農民と顔が合った。

「やあ、お客さんですか?」

 年齢は三十代前半と思える、逞しい青年である。青年の横には、二十代初め頃の女性が控えていた。

 二人とも大柄で、輝くような金髪と、ミルクのような白い肌。青い瞳をしていた。

 青年は四角い顎に、がっしりとした身体つきで、ふと好敏は、軍隊の新兵募集ポスターに描かれているような、理想的な男性像そのものだなと、妙な感想を抱いた。

 口を開いた青年のドイツ語は綺麗な発音で、ミュンヘンで耳にしたような発音である。

 大公がずい、と一歩前へ出て、答える。

「この村は初めてでね。村の名前を教えて貰えるだろうか?」

「ヘール村といいます。お客さんは珍しいので、歓迎しますよ! ああ、そうだ! まずは自己紹介しなくてはいけませんね! 僕はゲオルクといいます」

 農具を脇に置き、ゲオルクと名乗った青年は、大公に握手を求めてきた。

「フランツ、と呼んで欲しい」

 大公は青年の手を握り返して、答える。青年は輝くような笑顔を見せると、隣の娘に頷いた。

「マリア、このお客さんを、我が家に案内してお泊め申し上げようと思うんだが?」

 マリアと呼びかけられた大柄な娘は、頬をピンクに染め、頷いた。

「とっても、良い考えだわ、お兄さま!」

 叫ぶと、ぴょんと前へ飛び出した。

「どうぞ、いらして下さいな! あたしたちの家は、お客さんをお泊めする充分な広さが御座いましてよ!」

 マリアの口調は、歌うようで、身動きは踊るようだった。

「さあ、いらして下さいな!」

 マリアの案内で、全員、村を歩いて行く。途中、農作業の村人が、マリアに気付いて口々に声を掛ける。

「マリア! お客さんかね?」

「ええ! 今から私の家に御案内して、今夜は泊まって頂くのよ!」

「そりゃあ、素晴らしい! お客さんたちに、失礼がないよう、気をつけるんだよ!」

「はあい!」と叫び返すマリアの顔は、喜びに輝いていた。

 畦道を歩くマリアの足取りは、まるで飛び跳ねるようだった。背後を振り返ると、肩に鋤を抱えて、ゲオルクが従いてくる。

 やがて二人に案内され、一同はゲオルク、マリア兄妹の家に近づいた。

 村の中では、例外的に大きな家で、二階建てだった。前庭に納屋があり、牛小屋が隣接している。庭には数羽の鶏が、コッコと鳴きながら、餌を啄ばんでいた。

 典型的な、農家である。

 好敏は村の名前を思い浮かべる。

 ヘール村……。

 まさか地獄{ヘル}村じゃあ、ないだろうな……!

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