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暁の双翼  作者: 万卜人
第四章 陰謀家たち
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 好敏と、カシムの間には、目に見えぬ火花が飛び散っているようだった。

 カシムは顔を真っ赤に染め、怒りに表情が歪んでいる。アドルフに向けた拳銃の、鉤金に掛けた指先は、今にも引こうとしているかのように、真っ白になっていた。

 好敏は凝然と固まり、カシムの一挙手一投足を見逃すまいと、息を殺した。

「殺してどうなる。尾行者がいると、あんたは俺に忠告したじゃないか。銃声を聞きつけられたら、お終いだぞ!」

 好敏の言葉に、カシムは指先を、鉤金から外した。それでも、懐には収めず、だらりと腕を下げる。

「吐け!」

 アドルフを見下ろし、高々と命令する。

 のろのろと、アドルフは身を起こした。なぜか、阿るような、薄笑いを浮かべている。

 カシムはかっとなって、爪先をアドルフの横腹に食い込ませた。

「ぐえっ!」とアドルフは呻いて、床に蹲った。げえげえと、何度も吐いて、絨毯を汚した。

「そっちの、吐くじゃないっ! すっかり、正直に話すんだ! 貴様、俺に嘘を吐いたそうだな。なぜ、そんな巫山戯た真似をする?」

 げほげほと咳き込みながら、アドルフは弱々しく答えた。

「だって、本当に何も知らないと、あなたに言っても、信じちゃくれないからです! ゴロス少佐だって、頭から徳川さんが何か知っていると誤解して、僕を拷問しようとしました。あのままじゃ、僕が酷い目に遭うのは判り切っていました。それなら、撮影場所を知っている振りをして、旅をすれば、その間に逃げるチャンスがあると思ったんです……」

 カシムはぽかんと口を開け、頭をゆるゆると何度も左右に振った。アドルフの能天気さに、完全に呆れ返っている。

「こんな馬鹿には、初めてお目に掛かった!」

 どすん、と背を壁に着け、ポケットを弄る。紙巻煙草を取り出し、口に咥えた。マッチを擦って、一口、吸い付ける。

 わざとのように、煙をアドルフに向かって吹き掛けた。アドルフは何か言い掛けたが、黙って耐えた。

 じろり、と好敏に視線を向けた。

「あんた、どうする? この阿呆に引っ張り回され、のこのこ、ミュンヘンまで来たが、この先、撮影場所を探る当ては、何にもないんだぜ。このまま、危険を冒して、ウイーンに戻るか?」

 好敏は「いいや」と首を振った。

「ウイーンに戻っても、当てがないのは、同じだよ。それより、何とか手懸りがないか、こっちで探るほうが実際的だ」

「手懸り? そんなもの、あるのか?」

「アドルフの描いた絵がある。あれは、シュミットの写真を写したというじゃないか。手懸りがあるとすれば、それしか考えられない!」

 カシムは、好敏の返答に、考え直したようだった。

「そうか……。そうかもな……。しかし!」

 ぎろりと、カシムは再び怒りの視線をアドルフに向けた。

 さっと、銃口を、アドルフに向ける。

「この馬鹿野郎は、生かしちゃおけねえ! 銃声を聞かれたって、構うもんか!」

 目の隅に動きを感じ、好敏は素早く目玉を動かした。

 何と、セーラが、壁にある照明のスイッチに手を伸ばしている。

 止める間もなく、セーラはスイッチを倒していた。

 照明が消えた! 部屋は真っ暗になる。

 カシムの喚き声が響き、好敏の目の前に、ぱっとオレンジ色の火花が燃え上がる。

 ぱあんっ! という銃声が轟いた。同時に、ドアが開かれ、さっと室内に廊下の照明が差し込んだ。

 どたどたどたっ! と足音がして、アドルフの痩せた身体が、廊下に飛び出していく。

「くそおっ!」

 カシムは呻くと、アドルフを追って、廊下に飛び出した。

 好敏も、自分でも訳の判らない罵り声を上げて、外へ飛び出した。

 廊下を、あたふたとアドルフが駈けて行く。アドルフを追いかけるカシム。アドルフの姿が、廊下の角に消えると、入れ替わりに、すらりとした上背のある男が姿を現した。

 ぱりっとした金の掛かったスーツに、念入りに整えた髪形をした、年齢四十絡みと思える男性である。口許には、カイゼル髭を蓄えている。

 男の登場に、カシムは、ぴたりと足を止めた。男は素手であり、何も武器は持っていない。しかし、男の迫力は、カシムの足を留めるには充分であった。

「銃声が聞こえたようだが……」

 男の視線が、カシムに向かった。カシムは喚き返した。

「それが、どうしたっ! お前に、何の関係があるっ? どけっ!」

「あの若者は、放っておきなさい。私は、そこの、日本人に話があるのだ」

「何だと……」

 男は、好敏に向かって笑い掛けた。

「あなたが、徳川好敏大尉ですな。お初にお目に掛かる。私は、フランツ・フェルディナント・フォン・エスターライヒと申す者です。あなたがウイーンから、ミュンヘンに向かったと報告を受け、追い掛けて来たのです」

 長ったらしい自己紹介に、好敏の記憶が刺激された。

 フランツ・フェルディナント……だと?

「あんた、まさか!」

 フランツは頷いた。

「そうです。予が、皇位継承者である、フェルディナント大公である!」

 フランツ大公は、ちらっと、好敏の背後に目をやった。

 振り返ると、セーラがドアから半身を覗かせ、凍り付いている。

 大公の顔が驚きに弾けた。

「エイラ! そこで、何をしている?」

 エイラ、と呼び掛けられたセーラは、小声で呟いた。

「伯父様……」

 好敏はセーラを見詰めた。

「伯父様だって? それじゃ、君は……。セーラ・リリエンタールというのは……?」

 大公は顔を顰めた。

「セーラ・リリエンタール? そんな変名を使っているのか! いいや、そこの娘は、セーラなんて名前じゃない。エリーザベト・フランツィスカ・フォン・エスターライヒというのが、正式な名乗りである。私たちは、エイラと呼んでいるがね」

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