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ホテルの支払いは、好敏に全面的に任された。カシムは平然と、好敏の懐を当てにしている。
「あんたは、金持ちだからな!」
好敏は日本政府から、留学費用を支給されている。好敏は黙って、支払った。金の支払いで、つべこべ言い争っても、どうにもならない。
好敏とセーラはツインを、カシムとアドルフはそれぞれシングル・ルームに投宿する。
部屋に案内され、ようやく寛ぐと、コツコツとノックの音がした。
何だろうとドアを細めに開けると、アドルフの怯えた表情が覗いた。両目を一杯に見開き「良いですか?」と小声で囁く。
部屋に招じ入れると、アドルフは前屈みの格好で、オドオドと入ってきた。
全身が緊張に突っ張らかっているので、好敏は「座れよ」と椅子を指し示した。
アドルフは無言で椅子に腰掛け、何事か考え込んでいるのか、両手を組み合わせた。身体を前後に揺すり、落ち着かない。
好敏はアドルフの緊張を解すため、ホテルがナイト・キャップのために用意したウイスキーの瓶を手にとった。
蓋を外し、小指一本分ほどを、グラスに注ぐ。
差し出すと、アドルフはぶるっと、頭を左右に振った。
「僕は、酒はやりません!」
「君は禁酒家か! それじゃ、これは俺が片付けよう」
ぐっと一息に呷り、アドルフと向かい合わせに座り込んだ。
「さあ、何か話があるんだろう?」
「ええ……」
アドルフは顔を上げた。眉が迫り、顔色は蒼白を通り越して、真っ白になっている。
いつまで待っても、アドルフが黙っているので、とうとう好敏が先に口を開く。
「尾行者が心配なのか? 大丈夫だよ。今夜は安全だろう」
好敏の慰めに、アドルフは、きっ! と睨み返した。
「どうして、そう、言い切れるんです?」
「俺たちを泳がせているからさ。推察するに、俺たちがハンス・シュミットが写真を撮影した場所へ向かうのを、見張っているのだろう。むざむざ、こんなところで襲撃したら、俺たちに案内させる目論見は駄目になる。俺たちが、目的の場所へ辿り着くまでは、手を出さないさ!」
「そうですか……」
アドルフは虚ろに頷いた。好敏の説明にも、安心した様子は、微塵も見せない。
「おい、何を心配しているんだ?」
好敏の胸に、じわじわと不審が這い登った。アドルフの様子は、只事ではない!
ある疑念が、好敏の脳裏に浮かんだ。
驚愕が、好敏を掴み、思わず立ち上がる。
手にしたグラスがポトリと床に転がり、向かい合うアドルフは、怯えた表情で好敏の顔を見上げた。
「おい、まさか!」
好敏の叫びに、アドルフは情けなさそうに頷いた。
「そうなんです! 何とお詫びを言ったら良いか……。僕は……僕は……」
後は、啜り泣きになった。
途切れ途切れに、アドルフは訴える。
「ハンス・シュミットの撮影場所を知っているなんて、真っ赤な大嘘なんです! 僕は、まるっきり、シュミット氏の撮影場所なんか、知らない……つい、口から出任せを言ってしまった!」
「それは、本当かっ?」
怒鳴り声と共に、ドアが荒々しく開き、ドスドスと大きな足音を立て、カシムが入ってくる。
無意識にカシムは、懐のブローニングを取り出していた。安全装置を外し、銃口をへたり込んでいるアドルフに向ける。
「騙しやがって! 殺してやる!」
アドルフはガタリ! と椅子から転げ落ち、好敏の足に縋りついた。
好敏とカシムは、睨み合った!




