表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の双翼  作者: 万卜人
第四章 陰謀家たち
23/57

 ウイーンを脱出し、ドイツへ向かうには、変装が必要だと、カシムは主張した。好敏は同意した。

 しかし変装に必要な、カシムの提案は、とてもじゃないが、受け入れられないものだった。

「髭を剃りたまえ」とカシムは宣言した。

「髭を! 冗談じゃない!」

 好敏は思い切り、渋面になった。拒否のために、首を何度も左右に大きく振った。が、カシムは、冷厳に説得を続ける。

「髭を剃らないと、変装できないぞ。そのままでは、人相書きで、すぐばれる」

 隠れ家には、カシムの手下と称する、小柄な男がニヤニヤ笑いを浮かべて、好敏を見上げている。カシムは、小男を、変装術の達人と紹介した。

「まず、髭を剃り、皮膚の色を変えます。タタール人として通るでしょう」

「良いじゃないの。髭を剃れば、若く見えるわよ!」

 セーラは無責任に、カシムの提案を後押しした。

 好敏は窮した。

「さあ、どうする?」

 カシムに迫られ、好敏は不機嫌に黙り込み、長椅子に腰を下ろした。こうなれば、自棄だ!

「えーい、やってくれ!」

 憮然として、顎を突き上げ、小男を睨む。小男は、鼻唄を口ずさみながら、小さな剃刀を取り出し、淡々と好敏の髭を当たり始める。

 しょりしょりと、微かな音がして、好敏の口髭が剃られてゆく。好敏は目を閉じた。

 皮膚に、小男の掌がぺたぺたと、何かを塗ってゆく。皮膚の色を変えると、言っていたから、顔料の類なのだろう。

 細い筆先が動いて、さっさっ、と、好敏の目尻、口許、頬などに線を描き込む感触があった。

「よろしい……」

 声に、好敏は両目を開いた。小男が、小さな手鏡を差し出す。

 覗き込み、好敏は息を呑み込んだ。

 鏡の向こうから、今まで覚えのない、新たな顔が自分を覗き込んでくる。

 好敏はどちらかというと、色白のほうだ。ところが、今は日焼けして、重たげな瞼と、深い口許の皺が、長年、草原で暮らしてきた遊牧民らしさを現している。

 年齢は、一気に十歳は重ねている。

 セーラは気味悪そうに、好敏の顔を見詰めていた。見知らぬ他人が、突然、好敏の代わりに存在するようだった。

「これを羽織って下さい」

 渡されたのは、重たげな背広だった。裏地の、背中側が分厚い。羽織ってみると、自然に猫背になって、妙な具合だ。

 小男は得々と講釈した。

「変装というのは、小手先では駄目で、全体の印象を一変させる必要があります。姿勢を変化させるのが、最も効果的なのです。あなたに渡した上着を着ていれば、自然と肩が下がり、一見しただけでは、見破れないでしょう。ああ、そうだ! 手にも、顔料を塗っておいてください。そのままでは、顔の色と、手の色が合わない!」

 好敏は、小男に顔料を貰って、手の甲に塗り込んだ。小男は、セーラと、アドルフに向き直った。

「では、そちらのお嬢さんと、若い衆の番ですな!」

 セーラの変装は、髪の毛を短くして、亜麻色の髪を黒髪に染めるものだった。さらに、縁無しの眼鏡を架けさせられる。

 ただ、それだけなのに、セーラの印象は別人に一変した。

 唇の色を変え、頬の赤みを消すと、セーラは男嫌いの、オールド・ミスといった感じに変貌する。最後の仕上げに、出っ張った前歯を装着させられた。もう、セーラの面影は、どこにも残っていない。

 手鏡を覗き込んで、セーラは思い切り、顔を顰めた。

 アドルフは、口の中に綿を含み、上着の下に、腹回りを太らせるために、綿を詰めた腹帯を締めさせられた。身につけた上着には、肩と背中に厚みがあり、全体で、肥満した感じになった。

 小男はアドルフの両手を見て「ちっ、ちっ!」と舌打ちする。アドルフの指先は、細くて長い。外科医に向いた指先である。

「その指は、体型に合わないですな。よろしい! では、あなたは変装をしている間、手袋を着けていていてください。それなら、指を誤魔化せる」

 好敏は、面白がって、にやついた顔つきのカシムを見た。

「あんたは、いいのか?」

 カシムは肩を竦めた。

「俺は、ゴロス少佐には、面が割れていないからな」

「そうかよ! それは、良かったな!」

 好敏はむっつりと、頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ