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暁の双翼  作者: 万卜人
第四章 陰謀家たち
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 その場の空気を支配した確信に、アドルフの頬は紅潮し、ゆっくりと木の長椅子に腰掛けた。カシムに向かって、指を嗜めるように、何度か振った。

「僕は、煙草の煙が嫌いでね。良かったら、消して頂けませんか?」

 カシムは思い切り、苦い顔になった。だが、それでも無言で口から煙草を毟り取る。床にポイと投げ捨て、丹念に、靴底で踏みにじった。

 カシムもベッドに腰掛け、アドルフと向き合う。

「それで? ハンスは、どこであの写真を撮影したんだ?」

 アドルフは、肩から提げているバッグの中から、水彩画を取り出す。言うまでもなく、ハンスの写真を元に描いた絵である。

 水彩画を目にし、カシムは目を見開いた。食いつきそうな表情になった。

 それでも、手を伸ばすのは自制する。両手を組み合わせ、背中を曲げて、獲物を狙う猛禽類のような姿勢になった。

 アドルフは、水彩画を、ひらひらと見せびらかすようにして、口を開いた。

「シュミット氏は、僕と同じ、独身者寮に住んでいたんですよ。でも、ほとんど姿は見せなくて、部屋代だけを払って、姿を見せるのは、僕たちのような、若者に仕事の口を世話するときくらいでした。僕が描いた水彩画の元になった写真を見たとき、シュミット氏は珍しく部屋に戻っていました。机の上に、何枚か自分で撮影した写真を広げて、整理しているようでした。その時に、シュミット氏が撮影した旅行先を、聞き出したんです」

「どこだ? どこで撮影したんだっ!」

 アドルフが話を区切ると、カシムはすかさず、詰問を挟み込む。アドルフの回想に、苛々しているようであった。

 が、アドルフはひょいっ、と片手を上げて、にやっと笑って見せた。

「その前に、僕が写真の撮影場所を話したら、カシムさんはどうする、つもりです?」

 カシムは唸った。が、それでも、アドルフの質問に答える。

「決まってる! 一刻も早く撮影場所に急行し、開発されているという『新兵器』を手に入れるのだ! それが俺たちに役立てば良し、役立たなくとも、他の勢力に落ちるのを、阻止することはできる」

「なるほど。それでは、話しますが、その前に一つ、約束して貰いたい」

「何の約束なんだぁっ!」

 カシムはアドルフの態度に、遂に怒りを爆発させた。だんっ! と足踏みをして、顔を真っ赤に染めた。

 アドルフはカシムの怒りに全く動じない。平然と、カシムの様子を眺めている。

 好敏は、内心、舌を巻いていた。

 今までアドルフ・ヒトラーという若者を観察して、こんな大胆な一面があるとは、全然気付かなかった。自分が優位に立つと確信すると、豹変する性格らしい。

 アドルフは、自分を芸術家と称していたが、本質は政治家なのではないのか?

 もし、アドルフが政治の世界に向かったら、何が起きるか──。好敏は漠然たる不安を感じた。

「僕も『新兵器』に興味があるんです。あなたが行くなら、僕も同行したい」

 アドルフの回答に、カシムは一瞬、ぽかんと口を開けた。すぐ真顔になり、考え込む表情になる。

 じろり、と好敏とセーラを見る。

「こいつらも一緒か?」

 アドルフは頷いた。

「当然ではないですか? 僕と、徳川さんとセーラ嬢は、あなたがたのおかげで、運命共同体となっているんです。それとも、徳川さん……」

 と、アドルフは好敏に顔を向けた。

「カシムさんが撮影場所に向かったら、徳川さんはウイーンに留まるつもりですか」

 好敏は頭を左右に振った。

「いいや! 俺は、本国から、調査を命じられている。手懸りがあるなら、何としても行かなければならない。アドルフ。本当に君は、撮影場所を知っているのか?」

 アドルフは頷いた。

「ええ。知っています。ところで、僕らが同行するという提案、どうなりました?」

 にやにやと笑いを浮かべ、カシムに尋ねる。カシムはむっつりと頷いて、答えた。

「ああ。約束は承った。あんたら三人を、同行させる。さあ、教えてくれ。どこでシュミットは、写真を撮影したのだ?」

「ドイツ国内、と今は言っておきます」

 アドルフの返答に、カシムはまた、顔を真っ赤にさせた。歯を食い縛るようにして、言葉を押し出す。

「なぜだ! なぜ、詳しい撮影場所を答えない?」

 アドルフは肩を竦めた。

「あんたを信用するには、まだ時期尚早というべきでしょうね。僕がドイツの、どこそこの場所と口にした途端、あなたが懐に呑んでいる拳銃を向けないとは、誰にも、言えないでしょう?」

 カシムは、アドルフの指摘に、思わず服の上から、胸を押さえた。ニヤリと笑って、懐に手を入れ、一丁の拳銃を取り出す。

 ブローニングの、M一九〇〇型だ……。

 好敏は一瞥して、銃の種類を見分けていた。ブローバック式の、三十二口径。装弾数は七発。世界で最初に普及した、自動拳銃である。携行に便利で、軍隊以外では、暗殺にしばしば、使用されている。

 カシムは、少し、掌で弄んで、ゆっくりと懐に収める。

「そうだな。俺も、あんたの立場なら、同じ不安を抱くだろうな。判った!」

 ぱん! と、決断するように膝を叩いて立ち上がった。すでに表情は氷のように、冷静に戻っている。

「一緒に、シュミットの撮影場所へ行こうじゃないか!」

 ぐいっ、と好敏に顔を向ける。

「あんたも異存はないな?」

 好敏は頷いていた。

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