表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の双翼  作者: 万卜人
第三章 尾行と追跡
20/57

 好敏が半地下室に閉じ込められていたと思っていたのは、間違いだった。通路に出て、すぐに別の部屋に入ると、そこには外に開いた窓があって、向かいの家が見える。

 窓から外を覗くと、地面が見えるが、石畳で舗装されておらず、剥き出しの地面だ。ということは、好敏の閉じ込められた民家は、斜面に建てられていたのだろう。斜面に食い込むように倉庫が作られ、半地下の構造になっていたのだ。

 部屋は、農家に良くある造りで、天井には太い木の梁が渡され、農具が置かれている部屋もあった。多分、ウイーン郊外の農家に、好敏は連行されたのだ。

 黒服の若者は、黙ってずんずん前へと進んでいく。

 時折、通路の陰から、銃口を覗かせて灰色の男が攻撃するが、すぐに反撃して血路を開く。若者たちの動きは、きびきびとしていて、今まで何度も、このような場面に遭遇していたことを、窺わせる。

 銃弾が、壁にびしっ、びしっと食い込んでも、顔色一つ変えない。冷静に応戦し、相手が怯むと、即座に前へ、前へと進んで行く。

 とうとう、一行は、外へと飛び出した。

 目の前に、メルセデスのリムジンが停まっている。リムジンは無人で、いつでも発進できるよう、キーは刺さったままだ。

 やった!

 こいつを頂けば、楽々と逃走できる!

 一歩、リムジンに近寄ろうとした好敏を、リーダ格と思われる男が止めた。黙って頭を左右に振って「こっちへ!」と指を曲げる。

 躊躇っていると、苛立ったように「しゅっ!」と歯の間から、息を吐き出す。今にも怒りを爆発させそうなので、好敏は訳が判らないままに、若者に従いてゆく。

 そのまま建物の陰に潜むと、若者たちのグループの二人がリムジンに乗り込み、発動機を始動させ、走り出した!

 呆気に取られていると、すぐに好敏たちが拘留されていた農家から、ゴロス少佐を先頭に、灰色の男たちが姿を現す。

 走り去るリムジンを見て、ゴロスは憤懣やるかたなし、といった調子で、何か罵り言葉を口にして、地団太を踏んだ。

 さっとゴロスは、建物のもう一方の陰に機敏に飛び込むと、今度は好敏の二輪車に跨り、リムジンを追跡して行く!

「糞っ!」と好敏は、小声で毒づいた。あの二輪車は、好敏の俸給の大部分をはたいて手に入れた宝物である。それを、むざむざと、ゴロスに奪われるとは……。

「これで、少し時間が稼げる。リムジンに、あんたが乗っていないとは、すぐには、露見しないだろう」

 好敏は振り向いた。

 下手糞なドイツ語である。好敏と、良い勝負だ。

 話し掛けたのは、最初に声を掛けてきた、黒髪の若者だ。精悍な顔つきで、どことなく中近東出身と思われる。年齢は、好敏より、二、三歳は上か?

「それを狙って、黙って行かせたのか? 俺の身代わりになった二人は、どうする?」

 若者は、にやっと笑い返した。

「心配ない。こういう荒仕事は、何度も経験しているからな。程よい所で、車を乗り捨てて、人込みに紛れる術を、心得ているよ」

 若者の言葉に、好敏は密かに、恥じ入った。ゴロスたちの追跡を振り切れず、連行されただけなのに、このグループは、易々と追跡そのものをあしらえると、主張するのだ。

 セーラが囁いた。

「あたしたちは、どうなるの?」

「それも考えている。こっちだ!」

 若者は素早く立ち上がると、足音を忍ばせて歩き出した。

 路地に、荷車が停まっている。荷車には、一杯に残飯が満載されていた。残飯の大部分は腐っているらしく、酷い臭気を発散させている。荷車の先には、驢馬が繋がれている。

 驢馬は、じろりと好敏の顔を睨んで、気に入らないのか「ぶほっ!」と一声、嘶いた。

「下を覗き込んでみろ」

 言われて、荷車の底を覗くと、革製の太いベルトが垂れ下がっている。

「そのベルトに身体を差し込み、隠れるんだ! 後は、安全な所へ連れて行ってやる」

 好敏は、セーラとアドルフの顔を見た。

「どうする?」と呟くと、セーラとアドルフは、黙って頷いた。他に選択肢はない。

 荷車の底に這い進み、ベルトに身体を捻じ込んで、ぶら下がる。

 荷車に満載されている残飯の匂いで、気が狂いそうだ。しかし、この残飯のお陰で、敵の目を晦ませるのだろう。

 三人が隠れると、ぎしっ、と荷車が軋み、ぴしっという鞭の音が聞こえる。驢馬が不平そうに、鼻を鳴らすが、それでも、ゆったりと動き出した。

 後は、じっと、ひたすら我慢するだけだ。

 荷車の揺れに身体を任せ、好敏は考えに沈んでいた。

 ゴロスの口振りでは、ハンス・シュミットと名乗る情報提供者は、生きて活動を続けているらしい。死んだように見せ掛けるなど、諜報活動に勤しむ連中には、当たり前の日常なのかもしれぬ。

 いったい、ハンス・シュミットの正体とは何だ? 何者なのだろう……。

 それと──。

 好敏には、もう一つ、圧倒的に気懸かりがあった。

 セーラである。

 ゴロスが好敏の自白を引き出すためには、アドルフより、セーラを拷問したほうが、遙に効果的なはずだ。

 しかしゴロスは、セーラを選ばず、アドルフを選択した。何か、セーラについては、手を触れるべきではない、と考えている顔つきだった。

 そう言えば、セーラについて、好敏は何も知ってはいない!

 父親は、セーラの言葉によれば、オットー・リリエンタールという、飛行研究家だと主張している。では、母親は誰だ? セーラの実家は?

 普通なら、セーラと好敏の関係に至ったら、お互いの詳しい事情を教え合うはずだ。

 だが、セーラは、一方的に好敏の身辺について質問するが、自身については一言も語っていないのを、改めて悟っていた。

 そのセーラは、好敏の身体にぴったりと寄り添い、ベルトに身を隠している。

 二人の視線が合うと、セーラは微かに頷き、笑顔を見せた。

 セーラは、好敏を全面的に信頼し、総てを委ねている。猛烈な臭気も、好敏がいれば耐えられると、無言で訴えているようだ。

 好敏は、セーラの顔を見詰め、沈思黙考していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ