6
「この絵は、君が描いたのか? 場所はどこだ? 城のある場所を言え!」
好敏が矢継ぎ早に質問すると、アドルフは顔を強張らせ、腰を浮かせた。つい尋問口調になったのに、はた、と気付いた。好敏は大きく息を吸い込むと、平静を取り戻した。
「失礼……。あまりに突然だったので、前後を忘れてしまった。これを見てくれ」
好敏は、松岡から預かった謎の写真を懐から取り出し、アドルフに見せた。アドルフの表情が、驚きに変わった。
「それは……! シュミット氏が撮影した写真では? そうです。僕は、あなたの持っている写真を見本に、城の絵を描いたんです」
写真には、山嶺を背景に、古城が写っている。前方には、針葉樹の森が広がり、寂れた雰囲気が、一種の廃墟美を構成していた。
「どこで撮影したか、シュミット氏は何か言っていたかね?」
アドルフは俯いた。
「それが……。実は、写真を黙ってシュミット氏から借りて、大急ぎで描いたんです。ですから、どこで撮影したか、本人には訊ねていません」
詳しく事情を聞くと、アドルフは、たいてい、写真を基に、一晩で一枚を仕上げるという。しばしば徹夜することもあり、長い間、同じ写真を手にするのは、ほとんど、ないのだそうだ。
好敏は決意した。こうなったら、洗いざらい、打ち明けるしか方策がなさそうである。
「なぜ、俺がこれほど、重大な関心を寄せているかというと、シュミット氏が写真を日本の関係者に持ち込んだ際、この場所で秘密の新兵器を研究している、という情報をもたらしたからだ。その新兵器がどのようなものか、あるいは単なるガセネタなのか、それさえも判らない。が、情報の真偽を確かめるのは、俺に任された重要な任務だ。頼む! シュミット氏について、詳しい話を聞かせてくれ!」
「新兵器ですか? それは、どんなものなんです? 誰が研究しているんです?」
アドルフの表情が、突然、好奇心を剥き出しのものに変わった。さきほどまでの、おどおどした態度は一瞬に消失し、頬に赤みが差して、人格が一変する。
好敏は呆れた。いったい、この、アドルフ・ヒトラーという青年の、本当の性格はどのようなものなのか?
「何も判らないよ。本当に、新兵器なんてものが存在するのかどうかさえも、疑わしい。何しろ、話の出所は、シュミット氏しかいないからね。ところが、本人は死亡し、本当のところは、誰にも判らないんだ。手懸り一つ、残ってはいない……。だから、君に聞きたい。シュミット氏の、詳しい話を」
「そうですか」
アドルフは物思いに耽り、腕組みをした。しきりに、何かを思い出すような気むずかしい表情になる。
「僕が、初めてシュミット氏と知り合ったのは、先ほどお話したように、ウイーンで、住む所もなく、放浪していたときなんです。シュミット氏は、僕と同じように、職がなくて金のない若者に声を掛けて、いくばくかの金と引き換えに、仕事を世話してくれました。たいていは、シュミット氏からメモを渡され、そのメモを、ウイーンのあちこちに密かに運ぶ、というものです。メモは暗号で書かれていて、珍粉漢粉で、受け取る相手も、その度に違っていました」
好敏の、軍人としての本能が、ぴくぴくと刺激された。アドルフの話が本当ならば、恐らくシュミットは、ウイーンにおいて、独自の諜報網を作り上げていたのだ。
「シュミット氏は、どんな人物だったかね?」
アドルフの顔が、回想に虚ろになる。
「話す言葉は、綺麗なドイツ語でした。多分、ミュンヘン辺りの言葉だと思います。年齢は、見当がつきませんでしたが、僕よりは十歳以上、年上でしょう。いつもぱりっとした服装で、金には全く不自由していない印象があります。それなのに、住む所は僕と同じ、独身者寮でした。僕が今年の二月になって、メルデマン通りにある独身者寮に移り住むようになったのも、シュミット氏の紹介なんです」
好敏は唸り声を上げ、考え込んだ。
アドフルの話は、確かにシュミットが、秘密情報を扱う、特殊な一員であると告げていた。わざわざ、独身者寮に住んでいたのも、自分の身分を隠すためだろう。また、独身者寮に居を構えていれば、職にあぶれた若者を確保しやすい、という理由があったと思われる。
「他に気付いたことは? たとえば、シュミット氏は、特定の相手と会っていた、などということは、なかったかね?」
「さあ……」と、アドルフは黙考に沈んだ。
ちらっと好敏の顔を見て、頷く。
「そういえば、あなたと同じ、アジア人の男性と、最近よく顔を合わせていました。あなたは日本人だと聞きますが、その男性が、日本人かどうか、判りません。もしかしたら、スラブ人かもしれません。スラブ人のうち、タタール系の人は、完全にアジア人と区別つきませんからね」
「詳しく、相手の特徴を聞かせてくれ」
アドルフが語る、謎の相手の特徴を聞くうち、好敏の脳裏に、一人の人物が浮かび上がった。
がっしりとした身体つき、大きな顔。鋭い目付きの、豊かな口髭を蓄えたアジア人。
それは、日野熊蔵の特徴に、ぴったりと一致していた!




