=9話=(最終話)
女で良かったという内容を肯定されて、背中がわななく。
「いや、ビックリしたわ、男と思ってたから。今日普通に女子のカッコしてたらマジ八坂綾愛ちゃんだった。ヤバかわ」
俺に、それを言うのか…?
ズグリと、切れ味の悪いの刃物で切られたような痛み。
だって俺は…。
なんとか言葉を繋ごうとして口をあけたが、それだけで固まってしまった。
「なあ、お前部活戻るだろ?俺本屋行ってから帰……っと」
すっかり話題を変えて先に行く地央の手を無意識につかんでしまう。
「何?」
地央はたたらを踏んで振り返った。
その顔がいつもと変わらないことが切なくて、手を掴む手に力がこもる。
「あいつと付き合う?」
なんとか絞り出した声は妙に掠れていた。
「は?どーしてそうなるんだよ。だって俺一応おまえ…」
そこまで口にして真直と目が合った地央は、一瞬詰まって、そしてぷいと顔を背ける。
「いや、だから、おまえの中ではなんで俺、中里と付き合うことになってんだよ。つか、痛いんだよっ!お前馬鹿力なんだからやめろって前も言ったぞ?」
掴んだ手を振りほどいて歩き出しす地央。
後ろに続く形の真直だったが、もし地央の頬の赤らみを見ることができていたら、飲み込まれてしまった「俺一応おまえ」の後に本当は別の言葉が続いたことに気づいたかもしれない。けれどそれを目にすることがなかった真直は覆う不安を拭えず、相変わらず掴みそこねた希望を探している。
「八坂あやえ似なのに?」
先を歩く地央は、真直の言葉に肩をすくめた。
「美人は3日見たら飽きるって言葉知ってんだろ?」
知ってる。
でも実際俺は目の前の美人に飽きるどころかドンドン深みにはまってる。
「じゃあ…あいつとは……」
「そもそも俺レベルの人間には中里はスケールでかすぎるんだよ。……今日会ってちゃんと話した」
ああ……。
よかった。
安堵に息が漏れた。
緊張がはじければ力が抜け、その場にしゃがみ込む。
「は……はは」
本当に、良かった。
首の皮一枚つながった関係に心の底からホッとする。
真直の気配が変わったのを気づいたのか、先を歩いていた地央が振り返った。
中腰になり、両手を膝の上に投げ出して脱力している真直を目にし、地央は小首を傾げてから何かに気づいたとでもいうように「……ああ」と頷く。
「…それでか」
何やら合点がいったという表情。
「え?」
「おまえがいつも違う女連れてたのってそういうことな」
え?なんで俺の話?
地央の口から自分の過去の不誠実さを聞かされるのは妙に居心地が悪い。
「外見が好みなら何でもいいってわけじゃないの」
地央はそこまで言うとニヤリと笑って付け足した。
「俺はね」
それは完全に真直への当てつけの言葉だ。
歩き出した地央。
追いかけて否定の言葉を口にしようとしたが、確かに過去を振り返れば致し方なく一歩を踏みとどまる。
好みのタイプで後腐れのなさそうな相手なら、特に深くも考えず付き合いもした過去の自分。地央は真直のそんな過去を知っているだろう。
言い訳をするわけではないけれど。
でも今、譲れないことはある。
「今の俺はあんただけだ」
それだけは間違いない。
芸のない、バカみたいな直球の言葉に我ながら苦笑しそうになったが、前を行く地央の耳が赤くなったのを見て思わず駆け寄る。
単純すぎるほど、一気に浮上する感情。
「照れた?」
「アホ。こっち見んな」
横に並んでその顔を覗き込めば、顔面を手のひらで押しのけられた。
一瞬見えた地央の顔はそれこそ苦い薬を飲んだ後のように歪んでいたけれど、色白の肌は嘘が付けない。
耳も、首筋も、風呂上がりのように染まっていて、言った真直まで照れてしまう。
それでももっと反応が確かめたくて。
「地央さん。好きだ」
もう一度直球の言葉をかければ、今度は頭を叩かれた。