=8話=
行ってどうなるとかそんなことを考える余裕はなく、ただバスで3停留所先にあるガストまで走った。
走ることの苦しさなのか押しつぶされそうになる不安なのか、胸がジリジリと苦しくて、焼け付きそうだった。
―――だって、それは話が違う。
あいつは男で、だからいくら地央さんのドストライクでも問題なくて……。
女って。
なんで?
地央さんは知ってたのか?あいつが女だってこと。
だって今日は寮でいるって言ってたのに。
なんであいつとガストにいるんだ?
俺に嘘ついて会ってるってこと?
嘘つかなきゃいけないような話になってるってこと?
……意味わかんね。
だって話が違う。
あいつが女なんて、そんなん反則だ―――。
地央さんは決してゲイってわけじゃなく普通に女がイケるわけで、そんで好みの女から告白されたら。それは。
グルグルグルグル同じ所を回る思考。
吐きそう。
だって俺は男で、あの人の好みとはかけ離れてて。
同情半分でそばにいてやってる男と、ストライクの女を天秤にかけたら?
そんなのは……。
そんなのは。
ガストに着いた時には、もう二人の姿はなかった。
恐怖にも近い不安が真直の思考を脅かす。
息を切らして訪れ、店内を見回す真直にアルバイト店員がどうしたものかと視線を送ってくる。それに会釈して店を出ると、ガストの壁に背中を預けて片手を顔を覆い苦しい息を整えた。
上下する肩が落ち着いても胸の動悸はおさまらない。
今どこにいるんだ?
何やってるの?
あいつの肩を抱く地央の優しい表情が浮かび、どうにか脳裏から消し去ろうと頭を振った。
そうすれば―――。
もう二度と話かけるな。こっちを見るな。
そう言われた過去が蘇る。
おまえなんかいらない。
そんなことを言われても真直には地央が必要で、あんなキスを与えられた今となってはとても距離をとることなんてできなくて……。
震える手でスマホを取り出すと地央の番号を画面に表示させた。
死刑判決を待つような気持ちに、たった一つの発信ボタンを押すことができない。
これで、この電話で、あっさり「ラッキーなことに女だったからあいつと付き合う」なんて言われたら?
押しつぶされそうな苦しさが、一層最悪の想像を駆り立てる。
―――でも、それでも俺はあんたは好きなんだ。
想いに縋るような願いを載せ、発信ボタンを押した。
発信音が耳に響く間中、息を止めていたのだろう。
発信音がやみ、通話が繋がったと思った瞬間、真直は声を出すことができなかった。
「もしもし?」
変わらぬ、いや、電話を通して少し変質いた地央の声。
何も返さない真直へ、訝し気にもう一度もしもし?と繰り返した。
「……あっ……の」
何とか絞り出した声は、言葉にならない。
少しの無言の後、地央が少し驚き呆れたように笑った。
「サッカー部だな?……ったく」
「え?」
思わぬ言葉。
サッカー部?
理解ができない。
「部活さぼんなよ。全国大会優勝するんじゃなかったのか?」
ほんの少しだけいたずらっぽさの混ざった、耳元でクスクスと甘く響く笑い声。
痼のようになった不安が、特効薬のようなその声にほんの少しだけ解された。
それにしても――。
「今、どこにいるんすか?」
部活を抜けていることを知っていて、サッカー部と会ったことを知っている地央。
何故なのかとかろうじて出した声は情けない程頼りなくて。
「どこって……」
地央の笑みを含んだ声が、なぜか別の場所から聞こえてくる。
「ここ?」
今度こそハッキリとした肉声。声の方を見れば、そこには片手を越しにあて、あさっての方に顔を向けて笑っている地央の姿があった。
「……あ……」
その傍にあいつの姿はなく、ほんの少しだけ心臓の捩れがマシになる。
「なんて顔してんだよ」
まったく違う方へ向いて笑う地央。
でもそれはこちらを見ているせいだ。
地央が、目の前にいて、自分を笑顔で見てくれているという事実。
自分の体の中の細胞の全てが喜び戸惑って、そして残酷な現実の影に切なく縮こまって―――。
どんな顔をしているのか。
そりゃあ自分でも見たことないほど間の抜けた顔をしてるのだろう。
「そこのATMから出てきたらお前見えてさ」
郵便局を示す地央。
「郵便局ってマジ便利な。休みの日に金おろしても手数料いらないの知ってた?」
何事もないように、そんなことを言う地央。
今日は寮でいるんじゃなかったわけ?
それが何でこんなとこにいるんだよ。
あいつに会ってるってなんなの?
そんなこと一言だって言わなかったのに。
それともあんたにとっては、俺は言う必要もない関係だったりする?
俺がそれを怒るとかしたらおかしい?
ねえ、俺って結局あんたのなんなの?
言えないこと、聞けないことで頭の中がいっぱいになる。
言いたい。聞きたい。
でも怖くて結局地央から目をそらして口にするのは自分の首を絞めるようなこと。
「よかったじゃないすか。好みの……女で」
頷かれたらどうしよう。
あいつと付き合うことにしたって言われたらどうしよう。
そんな風に思いながら拳を握る手に力を込めたとき、地央が「ああ」と声をあげた。