=6話=
ベンチに座って友の乗る電車を待つ。
お互いの学校の話や日々のつまらない話など、とりとめなく会話をしていると、やはり友は完全に女の子だと思った。
魂が間違った器に入ってしまったのだろうか。
ならこれから告げなければならない言葉は友を深く傷つけはしないかと自責の念にとらわれる。
それでも、それなら尚の事きちんと伝えなければならないのだ。
「あの、さ。中里の気持ちはありがたいんだけど、俺はお前の気持ちには応えられない」
すぐ隣で友が体をこわばらせるのがわかった。
「あ、いや、中里は可愛いし、すげえ好みのタイプ……って変か?まあ、正直どストライクなわけだけど……」
これが友への気休めになるのかどうかはわからないが、せめてもの本音を口にする。
もう一つの言葉で終止符を打つ誠意として。
「でも俺、男とは付き合えないから」
友からの声は何も聞こえず、地央は窺うように隣の友を盗み見た。
そこにはポカンとした友の顔。
え?
あれ?
俺、ひょっとして何かイタイ勘違いしてたのか?
地央と目があって、次の瞬間。友の顔がパアッと輝いた。
え?
「それって、普通の女の子の格好したらお付き合いしてくれるってことですか!?」
……え?
なん……ええ!?
「じゃあ、僕ゴスロリじゃなく、ちゃんと女物着ます」
「え、いや、だからそ……」
「あ、電車来ちゃった。あの、あのっ、頑張ります!制服もちゃんと。待っててくださいね!じゃあ、また!!」
勘違いしたまま電車に乗り込む友を引きとめようとしたが、足がひっかかって捕まえることができなかった。
無情にもドアはしまり、キラキラ輝く笑顔は遠く離れていってしまった。
いや、だから、格好の問題じゃないんだって。
全然通じない。
なんなんだよ、いったい。
真直の呆れた顔が浮かんで額を押さえた。
せっかく駅前まで出てきたのだからと思い至って、真直の好きなカレーパンを買って帰ってやろうと、その専門店に出向いた。そうしてかつてない程の長蛇の列に度肝を抜かれる。
そういやテレビで紹介されたって言ってたか。
諦めて帰ろうと思ったが、破顔する真直の顔が浮かび、結局最後尾に並んだ。
まあなんだかんだで、今カレーパンの為に並んでるのは後ろめたさがあるからだ。
……ああ……なんか嫁の機嫌をとるのに手土産を買って帰る浮気亭主みたいだな……。
真直は自分が友のスペックを気に入っていると思っているから――って、確かに気に入っているのだが、今回もちゃんと断っていないことを知ったらもっと面倒くさくなるだろう。
それで待っている間に友へ先ほどの誤解を解くためのメールを送ろうと思ったが、なんと書いていいかわからず止めた。
ものごころがついてから啓太郎以外と密な人間関を構築できるようになったのは本当にここ半年のことで、正直他人との距離の取り方は未だ明確にわかっていない。だからこそ、顔が見えない状況で相手を傷つけるであろう言葉を伝えることはしたくなかった。
多分、友が片足を失っているということも大いに関係しているだろう。
同情などしてはいけないと思っていても、やはりどうしても気持ちを同調させてしまう。地央の目が治らないのと同じように、友の足だって生えてはこないのだ。
最大限の誠意を持って接してやりたい。
だから明日でも明後日でも、とりあえず直接会ってきちんと話をしよう。
友は可愛いがあくまでも男で、女ではない。
地央はゲイではなく、実のところあんなに濃いキスを交わしている真直への気持ちですら未だ咀嚼しきれていないのだ。
カレーパン専門店に目を向け、一向に進まない列にため息がこぼれた。
揚げたてだったカレーパンは、バス停に着いてもまだほんのり暖かかった。
すでに太陽も沈み、光の残滓が夜が帳を下ろすのに無駄な足掻きをみせている。
精神的なものも含め体はとてつもなく疲れていたし、夕方と夜の境目は視界が悪く歩きにくい。
でも、少しでも早く真直にカレーパンを渡したくて、気がつけば小走りになっていた。
ん?
いつも通っている学校近くにコンビニ前まできて、たたらを踏んだ。
「黒川?」
寮にいるはずのデカイ図体が明るいコンビニの店内の雑誌コーナーにあって、図らずも笑みがこぼれた。
真直はすぐに地央に気づき、コンビニから出てくる。
「お前が立ち読みとかめずらしいな」
真直はジャージの腰に手をひっかけ、視線を泳がせた。
「ジャンプの発売日だから」
「お前、ジャンプ読んでたっけ?つか月曜だろ。で、もう読み終わったのか?」
からかうような地央の声に、真直は目を逸したまま自分の襟首を揉んで、拗ねたように口を開いた。
「帰ってくんのおせーし」
地央は上唇に下唇を重ねて笑いをこらえると、カレーパンの入った袋をその胸に押し付けた。
ガサリという音と胸部への圧力に真直が胸元に目をむける。
「え?これって平和軒の?」
「おう。お前好きだろ。すげえ並んだわ。絶対アニメ一回分以上待った」
真直が地央と紙袋を見比べる。
次の瞬間笑こぼれた真直の顔を見て、やっぱり並んだかいがあったと嬉しさで満たされた。
「よし、帰る、ぞっと……!」
「ぐっ」
いきなり地央に背中に飛び乗られ、真直の喉が変な音を立てる。
「疲れた。おぶってけ」
「はあ!?」
「ほら、早く進め」
「いやいや、おかしいっしょ」
文句を言いながらも真直は寮に向かって歩き始める。
肌寒さを感じる夕暮れに、真直の背中から伝わる温もりが心地よかった。
地央は思い出したように真直が後ろで組んだ手からカレーパンの入った紙袋をとると、中の一つを真直の口の前に差し出す。
「いただきます」
真直は驚いたように見たが、パクリと噛みついた。食欲を刺激するスパイスの香りが広がる。
「あ、まだあったかい」
「そりゃ、急いで帰ってきたもん。だから疲れたー。紅茶が飲みてー」
しがみつくことすら放棄した背中の地央の、若干尖っているとはいえ珍しい甘えっぷりに、真直の目尻が下がる。
「あ、そうだ」
地央を落とさないように片側に力を入れて、反対側の腕でポケットからスマホを取り出した。
「虹出てたの見ました?すげえ綺麗の。水族館だと見えてないかなと思って」
地央の動きが止まる。
真直の差し出したスマホを見て、ぐっと真直の首に回す腕に力を込める。そして緩みたがって仕方ない顔をカレーパンを持った手の甲で隠した。
虹なんてリアルで見てナンボだから……。
「うん」
真直への気持ちは中途半端なままだけれど、でも、真直にあの虹を見せたいと思ったのは間違いのない事実で。
同じ虹を見て、同じ気持ちになっていたのだと知るのはものすごく幸せなことで―――。
「……すげえ綺麗だった」