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=3話=

「地央さんて、やっぱカッコいいすね」

 地央の部屋を訪れてその私服姿を目にし、思わずというように真直の声が漏れた。

「なんだよ」

 声は不機嫌そうだが目尻が桜色に彩られたところを見ると、少し歪んだ唇は照れ隠しらしい。

 制服以外は基本的にTシャツとジャージ姿で、たまに目にする私服も綿シャツにジーンズいった極シンプルなものだ。

 ところが今日は柔らかい髪の毛先をワックスで遊ばせ、くすんだ暗いグリーンのタイトなパンツに、白地にイエロー系の透かし柄が入ったシャツ。ループタイが上品な地央の雰囲気をもっと優雅にしている。

 もともと見栄えがいいので何を着ても似合うわけだが、少し外見を意識した服装をされてしまうと、普段ダサいと思っていたゴツいフレームの眼鏡までがおシャレに見えた。

「なんか気合入ってないすか?」

 惚れ直すと同時に、自分の為ではない、わけのわからない奴の為のオシャレに真直の心はざわめく。

 しかもそのわけのわからない奴は地央の好みど真ん中で、今日の水族館だってそんなに嫌がっていないように見受けられる。

 小さくて可愛い、真直とは真逆のタイプ。

  告ってきた女子は片っ端から切り捨ててるくせに。

 案外男のほうが好きなんじゃねえの?

「そんなことはないけど」

 濁す地央に真直が唇を尖らせた。

「だって普段そんなんじゃないもん」

 どちらかと言えば真直以上に外見に頓着しない。

「あのなあ」

 子供っぽい真直の言葉に、地央は呆れたようにため息をついた。

「いつも学校と寮の往復なんだから」

「試合見に来てくれた時とかもそんなんじゃなかった」

「つか、この服とか前の下宿先の娘に選んでもらったやつだから、実際俺は良くわからん」

 地央の服を他所の女が選んだということにも腹が立つ。そして真直の知らない半年の間にワックスなんてものを使うようになってしまったことにも苛立ちが募った。

「ジャージで行けばいいのに」

「なんだよ、もう。面倒くさい奴だな」

 ズキリと心臓が痛む。

 だって俺まだ地央さんとデートしたことないのに。

 遠足すら一緒に行けなかったのに。

 あんたは俺のもんなのに。

 勝手な思い込みでも、俺がそう思ってること、あんた知ってるだろ?

 なんで俺の前で平気でそんなんできるわけ?

 こんなに好きなのに、俺の思いは「面倒くさい」で片付けられるんだ。

 言いたくて言えない言葉を飲み込み、ついつい鬱陶しくなるのは自分でもわかっている。

 でも聞き分けよく行ってらっしゃいなんて言えるはずはない。

 そもそも18年生きてきて一人の人間にここまで執着したことがないから自分でも戸惑っているのだ。

 真直はズカズカと地央に近づくと、頭に手を置きグシャグシャとかき回した。

「あああっ、こらっ、てめっ!!人がせっかく見えないながらにセットしたのにっ!」

 そう。地央が自分の髪を鏡で見ながらセットするのは視界の関係上なかなか難しい。なにせ自分の顔を正面から見ることができないのだ。

 やってしまってからさすがにやりすぎたと思ったが、自分ではない奴の為に割いた地央の時間を思いすっかりやさぐれた気持ちになる。

「おまえ、本当にいい加減にしろよっ!」

 地央は頭に手をやり、見事に崩れたそれに「あーあ」と呻き声をあげた。

「だって俺は部活なのに、地央さんはデートなんてムカつくもん」

「いや、忘れてるみたいだから一応言っとくけど、相手は高1男子な」

「ああ、じゃあ高3男子の俺と遊びに行くのもデートと認めてくれないわけね。かなしー」

「いちいち揚げ足を取るな」

 その答えは、高3男子の自分と遊びに行くのはデートって認めてくれる、と受け取れるもので、ほんの少し機嫌は直るのだけれど……。

「ふん。じゃあ、俺とあいつの立場の違いを教えてくれたら素直に見送る」

 地央は肩を落としてため息をつくと、真直の前で背伸びをして片腕で真直の首を抱き寄せ、その手で真直の背中をトントンと叩いた。

「はい。これでいい?」

 耳のそばで響く声。

 友の為のワックスの甘い香りが鼻につく。

 何より、なおざりに済ませようという地央に苛立ちが膨張した。

「こんなん外人の挨拶じゃん」

 地央は真直から体を引くと心外だというように、大げさに目を見開いた。

「俺日本人だからこんなもんだろ」

「ひでー。鬼だよ、あんた。もう俺の心はズタズタだよ。俺なんてそのへんのジョンと同じ扱いだんだ」

「その辺のジョンってどの辺のジョンだよ」

 真直の言いがかりがわけのわからないものになって、地央は思わずというように吹き出した。

「ジョンがダメならマイクでもいい」

「もう何の話かわかんねーよ」

 地央はクスクスと笑いながら、真直の首を今度は両腕で抱き寄せその唇に羽のように軽く自分の唇を合わせた。

「これは?」

 腕を回したまま最大限まで体を離し、上目遣いでこちらを見上げる地央。

 それは中心外視力のせいなのだろうが、いかに小悪魔的でそそるかを本人はわかっていない。

 何より地央からキスを与えられることなど皆無と言っていいほどで、どんなに軽いものでも胸が捩れるほど嬉しかったが、それでも意固地になった部分でなんとか笑崩れるのを止めることができた。

「これも外人の挨拶。エリックレベルの」

「だから誰だよ」 

「アレッサンドロ的なのだったら許す」

「そのランク分けがもうわかんね」

 真直の首に両腕を回したまま目の前で楽しそうに笑う地央にたまらず、真直は自分の唇を押し当てた。艶めいた唇の表面を舌先でなぞり、そのまま薄く開いた口の中に差し込んで歯茎に滑らせる。

 上顎を舐め上げ、舌を絡ませ、舌の裏を強弱をつけて擦ると、回された地央の手がギュッとシャツを掴むのがわかり、一層情欲が刺激された。

 何度も角度を変えて口内を求める。

「ん…んん……」

 鼻から抜ける地央の甘い声に込み上げるのはいっそ押し倒したいという欲望。それをいつものように鋼の理性でなんとか押さえつつやっと唇を放すと、目尻を赤く染めて俯く地央の耳元で囁いた。

「これがアレッサンドロ的なやつ」

「……意味わかんね」


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