アホな内容の話を真面目に書いてみただけの文
――屈辱だ。
確かに私はあの時、屈辱を感じていた。
それは、いつもの光景のはずだった。
いつもの繰り返しで、日常の延長だった。
だが、その日は『いつも』と少し違っていた。
私は、『いつも』の中での、最大の失態を、犯した。
あらかじめ決められている時間の10分前に私は家から出る。
自転車置き場に置かれている私の愛車――名はエリザベスという――のサドルを優しく撫で、6年間、こんな私に扱われてきた相棒を慈しみ、外への扉を開く。
今日の朝は、秋を思わせるほどに涼しかったにも関わらず、その時間帯、学校を終えた4時頃には昨日のこの時間帯とあまり変わらない暑い日差しが私を照った。
数秒で私の脳を沸騰させる日差し。その元凶の太陽に「死ね!」と悪態を吐きつつ私はエリザベスに跨り、数十メートル先にある建物へと向かう。
昔は私に従順で可愛かったエリザベスは、この6年間でそれはもう見事にグレてしまい、私への嫌がらせのために段差を乗り越えた時などにチェーンを外す。
だが、慣れたものだ。私は、私に些細な嫌がらせをするエリザベスに「買い換えるか」などと呟きチェーンを戻す。
その後はまたチェーンが外れることもなく、私は目的の場所にへと着いた。
コンビニの真横に立てられた小さい5階建てのビル。
エリザベスをコンビニの自転車置き場に置き、私はそのビルへと入った。
建物に入りすぐにあるエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。
エレベーターの扉は閉じられ、目的地に向かって上昇する。
やがて身体に感じる違和感が薄らぎ、チンッ、と音を立てるでもなく開かれた扉を抜け、私は歩き出した。
自動ドアが私を迎い入れるように開く。
その先にはカウンターがあり、そこに座る人間が私を私だと認識すると同時に笑顔を作った。
馴染みのある笑顔。私もつられて笑顔を作る。
「澪ちゃん、こんにちは」
「こんちゃーっす」
鞄から財布を取り出し、そこに挟まれている診察券をカウンターに置く。
カウンターの人間――またの名は、おばちゃん――はそれを受け取り、私はおばちゃんが何かを言う前に、カウンターから見える位置にあるソファにへと身を沈める。
真向かいのソファに座るおじさんと目が合い、私は気まずげに目を逸らした。
おじさんも目を逸らした。とても気まずく、私は内心舌打ちをする。
――前を見なければ良かった。
そしたらおじさんも気まずくはならなかっただろう。
自分の行動に軽く後悔をし、私は顔を横に逸らしたまま待つ。
すると、名前を呼ばれた。
「澪ちゃーん」
「うぃっす」
私は即座にソファから身を離し、近くの段差で靴を脱いだ。
棚に置かれたスリッパを履き、木製の前後に開くタイプの扉のとってを掴み――開ける。
私の目前には、いつもの光景があった。
長年通い続けたおかげで顔見知りになった女の人が、にこにこと笑いながら「こちらです」と言い今日の席を案内する。
今日は一番奥の席のようだ。
リクライニング式の席に座り、鞄を籠にへと放り込む。
席の横に備え付けられた機械に、女の人が小さい銀色のコップを乗せると、コップの上にある注ぎ口から水が降り注いだ。
コップに水が満たされる頃には、私の顎の下にタオルをかけられる。
女の人がにこにこと笑いながら「お願いしまーす」と、私ではない誰かに声をかけた。
その声に男の人がやってくる。
顔をマスクで隠した男は、「はい、では始めますよー」と私ににこやかに声をかけ、私は「オッケーっす」と答えた。
椅子が、私が座る席がゆっくりと倒れていく。
顔を前に向けたままでも天井を眺めれるほど倒された後、私の顔の上にライトがスライドしてきた。
点灯され、その眩しさに思わず呻く。
「はい、では口を開けて下さいねー」
私は促されるまま口を開き、男は私の口に棒を突っ込む。
「今日は上の歯の治療をしますね」
「あい」
頷くしか選択肢が無い私は、肯定を吐く。
その後、男が私の口の中を色々といじくっていたのだが――私はそのときのことをあまり覚えていなかった。
ここだ。私はこの時人生最大の失態を犯した。
不覚だった。よもやこの私が歯の治療途中に寝てしまうなどとは――――
気がついた頃には、私の口の中に棒を突っ込んでいたのは女の人になっていた。
寝ぼけ眼で私は女の人を見、目線で私はどうなっていたのかと問う。
女の人は笑った。
「ぐっすり寝てましたね。大丈夫ですよ、あと少しで終わりますよ」
私は女の人の言葉に驚愕し、次に悔しさに歯噛みする。女の人が慌てた声で「口をあけて」と言った。
その女の人の声は私の耳には届いても、それを聞き入れれるだけの冷静さは、その時の私には無かった。
私は、私は何故寝ていた!
こんな、こんな大事な時に寝ているだなんて、私は自分の歯がどうなってもいいのか!
苛立ちに棒を噛み噛みすると、女の人は先ほどよりも慌てた声と表情で「澪ちゃんカチカチしないで」と言った。
そんなこと、知ったことか!
私は、私はここに通っている間、一度だって寝たことが無かった。
それはちょっとした自慢だったのだ。
どんなに眠くても維持で起き、終わった後の「あぁ、私は起き続けていられたんだ」という清々しい気持ちが私は好きだった。
なのに、なのに、そうだというのに!
私は、寝てしまった!!
「……寝てもうた」
「ぐっすりだったねー」
女の人は笑顔で私にトドメを刺し、私は何も言わず、心の中でひっそりと涙した。
――もう、私は、数十分前の私には戻れない――
その後のことは略。
歯の治療が終わった後、私は鞄に仕舞われたアイポッドを取り出し、音楽を聴きながらとぼとぼと歩き、歯医者を後にした。
なんでこんなのを書いたのかよく分からない。
とりあえずエリザベスの時点で、何か駄目だった。
語録の無さが、もう、ね……。
こんなものを読んでくださり、ありがとうございました。




