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8 乳母ナガノ

 いやいや、それはないですとニニンドが首を振った。


「私もいつもはこのように饒舌じょうぜつではありません。部下には不安なところは見せられないので、岩のようにどっしりと構えてはいますが、中身は風に揺れる柳です。誰にも、心の中のこと、将来の嫁のことなど、話したことがありません。でも、心のどこかに話してみたい、解放されたいという気持ちがあり、もう二度と会うことができないお方を前にして、話してしまったように思います。ですから、私はハヤッタ様の質問に答えるにはふさわしくない人物です。答えがわかりませんから」


 ふたりは顔を見合わせて笑った。


「ところで、医院に行かれたそうですが、どこかお悪いのでしょうか」


「いいえ、私ではありません。一座では、年寄りの半数が持病を抱えている上、三人が重い眼病、ひとりはもう盲目寸前です。この国自体は砂漠ではありませんが、隣国から砂塵が飛んでまいります。砂の中の菌が乾いた眼につくので、たくさんの眼病患者がおります。その全盲になりかかっているのが私の乳母うばのナガノでして、痛さのために、夜も眠れずにいます」


「ニニンド様には、乳母がおられるのですか」


「はい。なにせ母上が姫君なので、この山賊は乳母に育てられました」


 ふたりはまた顔を見合わせて笑った。


「ナガノの眼病をどうしても治してあげたくて、所々で名医を訪ね、高額な薬も試してみましたが、思うような効果がありません。私はこう見えても、稼ぎは多いのですよ。けれど、大半を治療代にもっていかれるので、実は火の車です」


「我々はよく似ていますね」

とハヤッタが苦笑いをした。


「その薬を見せてください」


「これです」


 ニニンドが薬の袋を渡し、こちらが煎じ薬、こちらが洗眼薬だと教えた。ハヤッタは腰を曲げて、黒眼鏡を上げて薬に目を近づけ、指に薬をつけて少し舐めた。


「若い頃の話ですが、私はスルマール王国に来る前、私は祖国で眼科医をしておりました」


「ああ、そうなのですか。祖国とはどこでしょうか」


「エルドリア共和国です」


「西洋の神が国教の国ですよね」


「はい。キリスト教を国教としている国です」


「えー、まさか、あそこですか」

 ニニンドが明るい声を出した。「年寄りのひとりが、あそこには眼病の権威がいるというので、そこに連れて行こうとしたことがあります。でも、その病院はすでに廃業したと知りました。ハヤッタ様は、その権威の先生のことを聞いたことがありますか」


「はい。その先生が誰のことなのか、わかります。その先生から教わったことがあります」

 えーっ、それはすごいとニニンドがのけ反った。


「どうしてその医院がなくなったのですか」


「詳しいことはわかりませんが、権威の先生は亡くなられたと聞いています」 


「ハヤッタ様、もしよかったら、一度、乳母の目を診てやってくれませんか。昨夜も、泣き声が聞こえていました。よっぽど痛いのだと思います」


「みなさまはどこにおられますか」


「町外れの定宿におります」


「では、これからすぐに参りましょう。馬はあるのですが、乗馬はおできになりますか」


 ニニンドがうれしそうに笑って「はい」と答えた。どうも馬は得意らしい。

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