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46 屋根の上


その夕方、ニニンドとサララは屋根の上にいた。オレンジ色の夕焼けが、町の向こうに広がっていた。


「いいね、高いところは」

 

サララは屋根を気にいったらしくて、興奮してあちこちせわしく見回している。


「いいだろう?」


「毎晩、見ているの?うらやましい」


 サララがぐっと身を乗り出した。


「そこ、気を付けて」


 ニニンドがサララの腰に手を当てて、支えた。


「ここにいると、飛べる気持ちになっちゃう」


「それわかるけど、気をつけて。サララは飛べないんだから」


「ニニンドは」


「飛べる」


「ほんと。見せて」


「よし。見ていて」

 

 ニニンドがすっと飛び出して、空で一回転して、着地した。



 ニニンドが戻ってくると、サララは瓦の上に座っていた。


「どうだった」


「すごくよかった。リクイから話は聞いていたけど、……驚いた」

 

 サララがいつになくしおらしく答え、顎を押さえたまま静かになった。


「どうかした?」


「夕日を見ると、寂しくなるのはなぜだと思う?」


「うーん、太陽が沈んで、一日が終わってしまうからではないかい」


「早く終わってほしい日もあるよね」


「それはある」


「哲学者なら、何と言うと思う?」


「何と言うだろうか」


「心の中で、明日が来ないかもしれないと恐れているからかな」


「そうだね。一日の終わりには、過ぎたことをあれこれと思い出して、懐かしくなることがあるかもしれない。たしかに、このままで、いたいと思う時もある」


「ニニンドも、懐かしいと思うことなんか、あるの?」


「それはあるよ」


「悔んだり、悲しがったりすることって、あるの?」


「それはあるよ。そんなことを感じない人間に見えているのかい」


「別のタイプだと思っていたから」


「どんなタイプだよ。今でも、感情欠陥症だと思っているのかい。感情はあるよ」


「ニニンドにとって、幸せって、何?」


「考えたことがないけど、みんなに食べるものがあって、安心して夜が来た時かな」


 サララの目が魚の口のように開いた。どうも呆れているようだ。


「幸せって、何?ほっとするってことじゃないのかい。前は忙しすぎて、幸せが何とか、考えたことがなかった」


「そうか。ニニンドは、苦労したんだ」


「別に。誰でも、そうだろ」


「今はどうなの?」


「今かい。今はいかだに乗って川を流されているところかな。岸が見えたら、飛び降りるかもしれないし、下りないかもしれない。わからないんだ」

 

 サララがニニンドをまじまじと見た。


「あんたのこと、見直したかも。これからはニニと呼んでいい?」


「やっぱりニニンドがいいよ。自由という意味なんだから、ニニでは自由が半分になるだろ」


「わたし、何でも、他人と同じはいやなの。好きな人は特別な名前で呼びたい」


「じゃ、いいよ」


「あっ、いいの?」


 サララはニニンドからそんなにあっさりとオッケーが出るとは思っていなかった。

 

 宮廷の仕事を終えて帰るのだろうか、前庭を男女ふたりが話をしながら、仲良く歩いて行った。


「夕日を見ると、昔のことを思い出すのは本当。あの時、どうして怪我しちゃったんだろうとか思ったりしてさ。ちょっとラクダから落ちただけなのに、こんなことになっちゃって。屋根から飛び降りることもできない」


「飛び降りれる人のほうが少ないんだよ。でも、サララに合うやり方があるはずだから、考えてみるよ」


「わたし、飛びたい」


「でも、サララは何でもできるじゃないか。ラクダ競争の絶対チャンピオンだし、キャラバンを引率して、いろんな所に出かけているし」


「普段はそんなことは思わないんだけど、この夕日のせいかな。わたしは阿呆だね」


「ほら、あそこ」


 ニニンドが宮廷の向こうを指さした。


「サララ、明日、あの市場に行くというのはどう?」


「ふたりでということ?」


「うん。ふたりではいやかい」


「そういうことではないけど」


「じゃ、いいのかい」


「うん」


「よかった。今日はうまく言えた」


「でも」

 

 サララが下を向いた。


「いつものように杖をついて歩けばいいだろう。疲れたらおぶってあげるから」


「ばっか。そんなことしたら、みんながじろじろ見るじゃないか」


「サララはそういうこと、気にする人?」


「気にはしないけど、ニニは有名人だから」


「誰もまだ、顔を知ってはいないよ」


「市場に行って、何をするの?」


「いろんな店を見て、何かを買って、何かを食べて、そういうの、楽しそうじゃないかい」


「うん、悪くない」


「大道芸人が来ているかもしれない」


「懐かしい、その頃のこと?」


「いいや。あの頃は、みんなに食べさせることばかり考えていたから。稼いではいたんだけど、人が多いと出費が多いんだよ」


「意外と苦労していたんだね、ニニは」


「明日、市場で、『恋人の日』の催しがあるのを知っているかい」


「『恋人の日』なんて、馬鹿みたい。ごめんだわ、そういうの」


「そう言うと思ったけど」


「そういうのに行きたかったら、誰かを誘えばいいんじゃないの。喜んでついてくるお姉ちゃんはたくさんいるよね」


「『恋人の日』で母上が父と出会ったんだ」

 

 母のクリオリネ姫は宮廷を抜け出して市場に出かけ、そこで吟遊詩人の父と出会ったのだ。市場には色とりどりの花が飾られ、競技に勝つと、花冠がもらえる。母はそれはもらうことができなかったけれど、とても美しい花冠だと言っていた。


「母上はその花冠がほしかったんだと思う」


「行こう、行こう」

 

 サララが張り切った。


「まかせておいて。わたしがその花冠を取ってあげるから」


「サララ、違うんだよ」


「何が違うの?」


「恋人の日は、男が競って、恋人の女性に花冠を贈るんだよ」


「うわっ」

 とさららが叫んだ。「やってられない」



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